私たちは、常に評価の目に晒されて暮らしています。「いいね!」という言葉にも、「おまえを評価してやる」という意味が含まれています。人間関係が希薄になる中で、裁きの目を浴びている。今、あなたに必要なのは、あなた自身を全力で肯定する言葉です。私はコミュニケーション・コンサルタントとして、小学生から政治家までを「言葉の力」で応援してきました。現場で培ったノウハウで、エールを送りたい。あなたを、丸ごと、全力で肯定します。
【第5回】「ダメ上司です。」
部下を信用できません。仕事を頼むと遅いし失敗するし、報告や相談もしてこないし、面倒だから自分でやるのが一番早いです。だけど、上司からは「お前は上司としてなっていない」「部下を成長させるのが上司の仕事」と言われてしまいました。はいはい、どうせダメ上司ですよ。
(元新入社員 40歳)
元新入社員さん、メッセージ、ありがとう。
「信用できない」「遅い」「失敗」「相談にこない」「面倒」「上司としてなってない」「ダメ上司」……
短い文章の中に、ネガティブな言葉が満載!
こうした言葉が、ご自分の心や脳にもあふれているとしたら、さぞつらいでしょう。
しかも、元新入社員さんの言葉は、「断定」が多い。
「こうだ!」と決め込んでいる。
そして「どうせダメ上司」と、あきらめに似た言葉まである。
まずは、こうした言葉のネガティブスパイラルに入った状態から抜け出すことから始めましょう。
五感にまつわるポジティブワードを実感を込めて言う
頭と心に溜まったゴミ。
ネガティブワードを簡単に一掃する方法を教えます。
お風呂に入った瞬間に、大げさに「気持ちいい〜!」と叫んでください。
おいしいものを食べたら、「うまい!」と声に出し、美しい景色を見て「きれいだ!」と感動しましょう。
難しい人間関係ではなく、五感にまつわる「気持ちいいワード」を声にする。
すると脳は、「そうか、今は気持ちのいい時なんだ」と思いこみ、過去の「気持ちのいい状態」を必死に探そうとします。
「気持ちいい」「楽しい」「おいしい」……そんな言葉が増えるにつれ、元新入社員さんのネガティブワードのダウンスパイラルが止まるはず。
試してみてください。
自分でやるのが一番早い、を捨てよう
次に元新入社員さんの置かれている状況を考えてみましょう。
あなたは、部下から見れば上司です。
でも、あなたには上司がいて、その人から見れば部下です。
つまり元新入社員さんは、「部下」と「上司」の二役をやらされています。
あなたの上司は、あなたを見て「部下を成長させるのが上司の仕事」と言います。
しかし、その上司は、部下である元新入社員さんを成長させる仕事をしているでしょうか。
「部下育ての方法」を伝授してくれましたか。
たぶん、していない。
もししていたとしても、昭和の教育しか受けていない上司には、令和に働き出した「Z世代」を育てるノウハウはもっていないはずです。
こう考えると、部下を育てられないのは、元新入社員さんのせいばかりではなく、会社全体の「社員教育」の問題でもあるのです。
だから、元新入社員さんが問題を抱えこんだり、劣等感を感じる必要はない。
上司に「部下を成長させるのが上司の仕事」と言われたら、「今のZ世代を効果的に育てる方法を教えてほしい」と言ってみてください。
たぶん、知らないと思います。
もうひとつ、元新入社員さんの言葉には、この世代が語る典型的な言葉があります。
「自分でやるのが一番早い」
上は、昭和の右肩上がりの人たちだ。
下は、会社は自分がキャリアアップするための一手段としか考えていない「Z世代」。
その双方から責任を押しつけられたり、疎んじられる結果、「自分でやるのが、上からも下からも文句を言われない、一番丸く収まる方法」と考えて、何もかも抱え込んでしまう。
結果、心身を壊す中間管理職がどれほど多いことか。
部下の仕事が、遅く、失敗が多く、報告も相談もない理由のひとつに、
「やらなくたって、どーせ元新入社員さんが最後にはやってくれる」
という甘えや、責任委譲が中途半端な面もあるのではないか。
私は、長く大学で教えています。
卒業生たちが今ちょうど、元新入社員さんの部下にあたる新人から35歳くらいの間にいます。
彼らの悩みを聞くと、直属の上司である元新入社員さんたちの年代が「信用して仕事を任せてくれない」「上のことばかり気にしていて頼りがない」なんて言葉がすぐに返ってくる。
元新入社員さんたちの苦労も知らずいい気なものだと思いつつも、一度「自分がやるのが一番早い」という考えを捨て、彼らにすべて任せてみてはいかがでしょうか。
人は、大きな失敗をしない限り、なかなか学ばないものです。
人は人、自分は自分
最後に「ダメな上司」という言葉について書きます。
これは私見ですが、「上司」という意識は、自分をつらくするばかりです。
「上司=リーダー・えらい人・仕事のできる人」ではないですよね。
過去のやり方は通用しない。
価値観は刻々と変わる。
スキルはすぐに古くなる。
そんな中で、「上司だから、業績を上げ、部下を牽引せよ」と言われても、昭和世代のようにはいかない。
上から完璧に権限が与えられ、その責任に対する報酬が明快な欧米のような企業が少ないのも現状です。
だから、「上司」という肩書きに振り回される必要はない。
肩肘張ることもない。
“会社におけるひとつの役割”程度と考える。
元新入社員さんが、自分の権限と実力で、少しだけ背伸びをすれば届きそうな理想の仕事、自分の未来のための果実を求めて働く。
それでいいのではないでしょうか。
昔読んだ週刊誌に、ビジネスパーソンとして生きていく極意を「人は人、自分は自分、犬は犬」と割り切ることだと書いてありました。
元新入社員さんも、それこそまったく肩書きのない新入社員の頃を思い出し、「自分は自分」以外のなにものでもない頃に立ち戻ってほしいです。
好き勝手書きました。
もしかしたら「私の環境をなにもわかってないくせに!」という気持ちをもたれたかもしれません。
でしたら、またメッセージを送ってください。
とことんお話ししましょうね。
元新入社員さん、
ありがとうございました。
ひきたよしあき
(イラスト 江夏潤一)
連載一覧
- 第1回 あなたを全力で肯定する理由
- 第2回 私は自己肯定感が低いです。
- 第3回 コミュ障です。
- 第4回 コスパの悪い人間です。
- 第5回 ダメ上司です。
- 第6回 本気で人を好きになれません。
- 第7回 夢がありません。
- 第8回 若い子には勝てません。
- 第9回 社畜です。
- 第10回 不寛容な人間です。
- 第11回 老害でしょうか。
- 第12回 母親失格です。
- 第13回 モテない男です。
- 第14回 口下手です。
- 第15回 都合の良い女です。
- 第16回 ネガティブ思考です。
- 第17回 アピールポイントがありません。
- 第18回 妻に怒られてばかりです。
- 第19回 親を大切にできません。
- 第20回 自分、性格悪すぎです。
- 第21回 問題意識が強すぎて疲れます。
- 第22回 向上心がありません。
- 第23回 私は変わるべきなんでしょうか。