私たちは、常に評価の目に晒されて暮らしています。「いいね!」という言葉にも、「おまえを評価してやる」という意味が含まれています。人間関係が希薄になる中で、裁きの目を浴びている。今、あなたに必要なのは、あなた自身を全力で肯定する言葉です。私はコミュニケーション・コンサルタントとして、小学生から政治家までを「言葉の力」で応援してきました。現場で培ったノウハウで、エールを送りたい。あなたを、丸ごと、全力で肯定します。
【第9回】「社畜です。」
とにかくやることが多く一日の大半を仕事に費やしています。仕事を振られるうちが花だし、そうじゃなくなったら居場所なくなりそうだし、他に打ち込むこともないし、自らこの道を選んでいるからいいんです。でも「おまえほんと仕事好きだな」とか言われると、さすがに心が折れそうになります。
(枯れ枝 26歳)
枯れ枝さん、メッセージをありがとう。
「社畜」という言葉が使われるようになったのは1990年代のはじめ頃だといわれています。
バブルが崩壊し、高度経済成長のときに使われた「ビジネス戦士」「仕事人間」「企業戦士」といった言葉と実態がかけ離れてきた。
思うがまま仕事を進めることができなくなり、理不尽な命令が増えた。
自分の意志を殺して、会社と株主のために尽くすイメージが強くなったところで「社畜」という言葉が広まるようになりました。
でも、この言葉、平安の昔から使われていたそうです。
当時は、神社が邪気を祓うために柱に一生括りつけられた家畜がいました。
それを「社畜」と呼んでいました。
なんだか今の「社畜」と似ています。
「仕事が振られなくなったら居場所がなくなる」と考えている枯れ枝さんも、イメージがダブるのではないでしょうか。
仕事場から離れたところに住む
私ごとで、すみません。
バブル期に広告会社に勤めていました。
土日もなく、夜遅くまで働いていました。
しかし、もともとは学校に行くのも嫌いで、集団生活も苦手だった私は、社畜にならない工夫をあれこれしました。
一番効果があったのは、住む場所です。
会社と家が近いと、土日でも会社に行ってしまう。
終電近くまで働いても、苦になりません。
便利だと思って会社の近くに住んでいたのですが、これをやめました。
あえて、会社から1時間近く離れた場所、それも多摩川を渡って帰るところに引っ越したのです。
遠いので、帰ろうと自然に思います。
川を隔てるので、「二子玉川を過ぎたら、仕事はしない」と決意できる。
土日はできる限り、川を渡って会社に行くことを避けました。
今はリモートワークができるので、近かろうが、離れていようが、関係ないかもしれません。
しかし、ビジネスとプライベートを物理的に分けることによって、私は「社畜」から逃れようとしたのです。
仕事の効率が下がるように思いますが、むしろメリハリがついてよかった。
わざと物理的な距離をつくって、会社に長居できない状態をつくる。
精神衛生上もかなり有効な手段でした。
仕事以外のことをやる
枯れ枝さんのお悩みに
「他に打ち込むこともないし、自らこの道を選んでいるからいいんです」
と書かれています。
ちょっぴり「あきらめ」や「開き直り」を感じます。
「おまえほんと仕事好きだな」と言われると心が折れそうになるところを見ると、心底、「これでいい」と思っている状態ではないようにお見受けします。
「社畜」と言われる人を数多く見てきた私は、何度もこうした発言を聞きました。
「他にやることないし」
「趣味なんかないし」
「仕事やってないと不安になります」
「暇ですから」
「好きで入った世界だし」……
自虐的でもあり、自分に言い聞かせているような言葉を「社畜」を自称する人の多くが口にします。
解決策として「趣味を持ちましょう」なんてアドバイスする人がいます。
しかし、趣味もなく、旅行も大して好きではなく、何をやってもモチベ(=モチベーション)が上がらなかった私からすれば「それが持てれば、苦労はしないよ!」と言い返したくなる。
「社畜」に悩む人の多くは、仕事以外にやることがないから打ち込まざるをえないのではないでしょうか。
私は50代を迎えるまで「なんとなく仕事だけに打ち込んでいる」状況を続けていました。
気がつかないうちに社畜に陥りかけていたのです。
その境遇を変えたのは、「趣味」ではなく、「仕事」でした。
世間に「副業」という言葉が出てきた頃の話です。
暇に任せて書いていたFacebookを読んだ方から、
「小学校で授業をやってくれないか」
というお誘いを受けました。
翌年、廃校になる小学校の最後の卒業式。
児童の一人ひとりが、学校の思い出のキャッチフレーズを作ろうとしている。
そのアドバイスを依頼されました。
「面倒だなぁ。別に子どもが好きなわけでもないし」
というネガティブな思いがまず先立ちました。
仕事が忙しいので断ることもできた。
しかし、先生の熱意に押されて教壇に立ってみました。
子どもたちが真剣な眼差しで私を見ています。
会議の発表やプレゼンテーションと同じようなシチュエーションです。
咄嗟に私は、
「これは、仕事だな」
と思いました。
趣味ではない。
収入の多い少ないは関係なく、私は「教育現場」という仕事場に立ったのです。
自分の仕事以外の仕事をもつ。
これが「社畜」から抜け出す起爆剤になりました。
この一回の授業で、私は子どもを相手に話すことが好きになりました。
この一回の体験から、会社に勤めながら、朝日小学生新聞にコラムを書いたり、出張授業に参加するようになっていきました。
別の仕事をもつと、片方の仕事をより効率的にやろうと考えます。
無駄な時間を極力排除し、人間関係の断捨離も進みます。
精神的な会社依存症から抜け出せる。
その上、子どもに授業をすることで、会社の仕事にもよい影響がでました。
子どもにわかりやすく語ろうとする努力が、仕事のプレゼン力向上にもつながったのです。
枯れ枝さん。
今は私の時代よりも、簡単に副業を見つけることができるはずです。
見つけるコツは、
・今、すべての制約をなくして、どんな仕事でもできると言われたら何がしたいか。
・会社生活を終えたあと、死ぬまで続けたいと思う仕事は何か。
と、「もしも……」を考えていくこと。
その中に、枯れ枝さんの「やり遂げたい仕事」が入っているはずです。
それが見つからなくても、「この仕事を選んだのは自分なのだから、これでいい」という「あきらめ」や「開き直り」の気持ちが薄らぐはずです。
それだけで十分効果があります。
パレットの上の色数を増やす
枯れ枝さんは、まだ26歳。
まだまだ人生は長い。
その上、世界の未来は不透明極まりない状況です。
あなたの年齢で、「この会社しかない」と決めて「社畜」になるのは、あまりにももったいない。
これからの枯れ枝さんの人生を考えれば、パレットの上に「これでいいのだ」と決めた一色だけで絵を描くのではなく、成功や失敗、寂しさや悔しさ、怒りや嫉妬、あの仕事、この仕事とたくさんの絵の具の色があった方がいい。
人生に陰影を作り、深みを増すためにも経験が必要です。
「私にはここしかない!」
と決めつけて、意固地になるのではなく、早めに帰って夕焼けや夜空の星を眺める。
世界の広さと自分の可能性を、もう一度味わってください。
「社畜」=ひとつの仕事に打ち込む自分も素敵ですが、それ以外の場所で活躍する枯れ枝さんの姿も私は見てみたい。
すべてのものに「気持ちのいい距離感」を保ちながら、前へ進んでいきましょう。
枯れ枝さん、ありがとう!
ひきたよしあき
(イラスト 江夏潤一)
連載一覧
- 第1回 あなたを全力で肯定する理由
- 第2回 私は自己肯定感が低いです。
- 第3回 コミュ障です。
- 第4回 コスパの悪い人間です。
- 第5回 ダメ上司です。
- 第6回 本気で人を好きになれません。
- 第7回 夢がありません。
- 第8回 若い子には勝てません。
- 第9回 社畜です。
- 第10回 不寛容な人間です。
- 第11回 老害でしょうか。
- 第12回 母親失格です。
- 第13回 モテない男です。
- 第14回 口下手です。
- 第15回 都合の良い女です。
- 第16回 ネガティブ思考です。
- 第17回 アピールポイントがありません。
- 第18回 妻に怒られてばかりです。
- 第19回 親を大切にできません。
- 第20回 自分、性格悪すぎです。
- 第21回 問題意識が強すぎて疲れます。
- 第22回 向上心がありません。
- 第23回 私は変わるべきなんでしょうか。