私たちは、常に評価の目に晒されて暮らしています。「いいね!」という言葉にも、「おまえを評価してやる」という意味が含まれています。人間関係が希薄になる中で、裁きの目を浴びている。今、あなたに必要なのは、あなた自身を全力で肯定する言葉です。私はコミュニケーション・コンサルタントとして、小学生から政治家までを「言葉の力」で応援してきました。現場で培ったノウハウで、エールを送りたい。あなたを、丸ごと、全力で肯定します。
【第11回】「老害でしょうか。」
自分たちの頃とは時代が違うことはわかっています。
ガッツも野心もない、でも美味しい思いをしたこともない、そんな部下たちに自分の論理は通じないのかもしれません。
しかし、志は高く持ってほしいし、この願いを伝えるのが自分の役割だと思っています。
時に厳しい物言いになってしまうこともありますが、反骨精神で頑張ってくれることを期待しています。
ただ、正直に言うと、最近「老害」という言葉を目にするとドキッとするようになりました。
自分は老害なのでしょうか。
(与作 55歳)
与作さん、メッセージ、ありがとうございます。
私も同じ世代です。
与作さんの気持ちが痛いほどわかります。
「もうちょっと踏ん張れば、到達できるのに」
「自分が思っている以上に実力はあるんだから、もう少し目標を高くもてばいいのに」
と、彼らの話を聞くたびに思います。
批判しているのではなく、「親心」に近いものですよね。
心の奥底では、与作さんの思いに、「その通りだ!」と共鳴しています。
しかし、世の中の流れは、思った以上に早いようです。
大学で講義をするたびに、生きてきた時代、価値観の違いに愕然としています。
学生にわかりやすいだろうと思って「ドラゴンボール」の話をしたら、ほとんどの学生が知りませんでした。
「北斗の拳」はさらにひどい。
一度「巨人の星」という昭和を代表するマンガの画像を見せたことがあります。
お父さんが、息子を殴りつけている。
ちゃぶ台がひっくり返り、料理が宙に舞っている。
それを見た瞬間、学生の顔が凍りつき「こんなDVをテレビで流して問題はなかったのか」「暴力といい、料理の扱いといいSDGs的に問題がある」と、真剣に怒りだしました。
こうしたものを喜んで見ていて、精神論ばかりを押しつける、「老害の極みだ!」みたいな感じに講義がなっていきました。
軽い気持ちで見せた私は、正直ゲンナリしましたよ。
無意識の思い込みが「老害」を生む
しかし、学生や若い社会人と長く接していて、「なるほど、彼らが我々を『老害』と言うのも一理あるな」というのが私の実感です。
これだけインターネットが生活に入り込み、今やリアルとバーチャルの境目がないような生活をしている彼らと、リアル一辺倒で、「がんばれば、報われる」と信じていた私たちでは価値観が違うのは当然のこと。
それは十分わかっているつもりでも、態度や発言に、若い世代に対する偏見が滲み出てしまうのです。
注意しなければいけません。
与作さんは、「アンコンシャス・バイアス」という言葉をご存知でしょうか。
「アンコンシャス」は、「無意識」、「バイアス」は「障害」です。
「アンコンシャス・バイアス」とは、知らず知らず無意識のうちにでてくる思い込みや偏見のこと。
これは今、あらゆる企業が、ビジネスコミュニケーションの課題に位置づけています。
では、どんな「アンコンシャス・バイアス」があるのでしょう。
胸に手を当てながらきいてください。
実際には200近くあるそうですが、代表的なものを4つ挙げます。
1. ステレオタイプ(決めつけ)
・今の若い奴らは、辛抱が足りない。
・女は、無駄口が多くて、話が長い。
・若いから、ITは得意だろう。
まるで常識であるかのように決めてかかる。
これは誰もがやってしまいがちです。
特に与作さんが社会生活を始めたのは、女性が本格的に社会参画することを定めた雇用機会均等法が施行された時代。
まだまだジェンダー、セクハラ、パワハラに対する意識が高くない時代から働いてこられています。
つい無意識のうちに「女は」「若い連中は」「理系出身は」「営業の奴らは」などを主語にした「決めつけ」をしていないでしょうか。
その決めつけが、時代とズレていないでしょうか。
細心のチェックが必要です。
2. 慈悲的差別(よかれて思って)
・お前の将来を思って「今、がんばれ」と言っているんだ。
・産休あけだから、大変だろうと思って、この仕事から外した。
・お前は外で経験すればもっと成長できると思って、転勤してもらう。
これ、多いんです。
相手の気持ちを考えず、自分ひとりで「よかれと思って」発言したり、行動する。
自分では、相手のためを考えてよいことをしていると信じきっている分、修正がむずかしいんです。
いかがですか、やっていませんか。
3. 確証バイアス(都合のいいチョイス)
・あの会社もやっているから、うちがやっても大丈夫だろう。
・太田専務も山崎局長も言っているからやろう。
・晴香も愛美も由奈も、みんな「あの言い方はひどい」と言っていたよ。
自分の思い込みを正しいものであるように見せるために、自分にとって都合のいい情報ばかりを集める。
上位者が権力のある人の名前を並べれば、即パワハラです。
4. 生存バイアス(成功者の偏見)
・俺の時代は「24時間戦えますか」と言われて働いたもんだ。
・俺だって、今のお前みたいに辛い時期はあったよ。でも、それを乗り越えて強くなってきたんだ。
・野球に強くなれ。俺は得意先が、大のジャイアンツファンだから必死に野球を覚えて、相手の懐に入っていったんだ。
いわゆる「自慢話」。
老害とは、タイムパフォーマンスの悪い自慢話を若者に聞かせて悦に入ることです。
自分では気持ちよく、相手のためになると思っている分、始末が悪いです。
「自分には、アンコンシャス・バイアスがある」と強く思うこと
与作さん、いかがですか。
あなたの発言「ガッツも野心もない、でも美味しい思いをしたこともない」は「決めつけ」ではないですか。
「志は高く持ってほしいし、この願いを伝えるのが自分の役割」は、「よかれと思って」やっていませんか。
きっと与作さんに悪気はないし、本当に部下を思い、自分のもっている知識や経験を活かしてほしいと願っているのでしょう。
しかし、それを相手が生きてきた時代背景、環境、価値観を知らぬままに話していると、相手に「老害」と思われる確率は高くなってしまいます。
解決方法は、たったひとつです。
「自分には、アンコンシャス・バイアスがある」と強く思うこと。
同時に、若者もその時代の「アンコンシャス・バイアス」にかかっていることをよく理解して、語りかけていくこと。
これを心がければ、与作さんの経験談を聞きたいと思う若者も増えると信じています。
与作さんの思う「反骨精神のある若者」が元気に育っていくといいですね。
与作さん、同世代として応援していますよ!
ありがとうございました。
ひきたよしあき
(イラスト 江夏潤一)
連載一覧
- 第1回 あなたを全力で肯定する理由
- 第2回 私は自己肯定感が低いです。
- 第3回 コミュ障です。
- 第4回 コスパの悪い人間です。
- 第5回 ダメ上司です。
- 第6回 本気で人を好きになれません。
- 第7回 夢がありません。
- 第8回 若い子には勝てません。
- 第9回 社畜です。
- 第10回 不寛容な人間です。
- 第11回 老害でしょうか。
- 第12回 母親失格です。
- 第13回 モテない男です。
- 第14回 口下手です。
- 第15回 都合の良い女です。
- 第16回 ネガティブ思考です。
- 第17回 アピールポイントがありません。
- 第18回 妻に怒られてばかりです。
- 第19回 親を大切にできません。
- 第20回 自分、性格悪すぎです。
- 第21回 問題意識が強すぎて疲れます。
- 第22回 向上心がありません。
- 第23回 私は変わるべきなんでしょうか。