私たちは、常に評価の目に晒されて暮らしています。「いいね!」という言葉にも、「おまえを評価してやる」という意味が含まれています。人間関係が希薄になる中で、裁きの目を浴びている。今、あなたに必要なのは、あなた自身を全力で肯定する言葉です。私はコミュニケーション・コンサルタントとして、小学生から政治家までを「言葉の力」で応援してきました。現場で培ったノウハウで、エールを送りたい。あなたを、丸ごと、全力で肯定します。
【第16回】「ネガティブ思考です。」
常に最悪のパターンを想像して、行動できなくなってしまいます。このメールを送ったら相手は怒らないか。知らないと言ったら教養がないと思われないか。発言したら変人あつかいされないか。指示されたことの意味がわからなくても聞き返せない上に、自分の解釈で合っているのか不安が募り、指示通りに動いたつもりでも報告するのが怖いです。自分であれこれ考えるのに時間を取られ、仕事が進まず、そのことをまた怒られます。わかっているのに、ネガティブ思考が止まりません。
(石橋 33歳)
石橋さん、メッセージありがとうございます。
ネガティブ思考でお悩みのようですね。
その気持ち、よくわかります。
こうして多くの人の相談を受けている私も、実はネガティブ思考です。
毎日考えていることの80%は、ネガティブじゃないかと思っています。
私が若かった頃に「ネアカ(根の明るい人)」、「ネクラ(根の暗い人)」で人を二分して分析することが流行しました。
どう考えても「ネクラ」だった私は、なんとかして「ネアカ」のふりをしようと思いましたが、ダメでした。
笑って、元気な声をだして、相手にポジティブな言葉を返す。
すると、自分の中で
「無理していると見透かされてるんじゃないか」
「キャラが突然変わったので、変に思われているんじゃないか」
という声が聞こえてきます。
大抵はこの「内なる声」に負けて、相手にただ合わせて、時が過ぎゆくのを待っている自分に戻っていました。
今でも決してポジティブシンキングとは言えません。
しかし、長く生きている中で、無理にポジティブに考えなくてもいいんだ、ネガティブ思考も大切なんだと理解する出来事が2回ありました。それをお伝えしますね。
備えていることしか、役に立たない
これは、東日本大震災に見舞われたとき、当時、国土交通省東北地方整備局で局長として指示をされていた方の話です。
私は、震災の最中に、この人と仕事をする機会に恵まれました。
未曾有の災害にどこから手をつければいいのか、全くわからない状態でした。
その中で、道路が意外に早く復旧したのは、彼の働きによるところが大きかったのです。
私は、なぜこんな環境で、これだけ的確な指示が出せるのか、不思議でなりませんでした。
お話しする機会を得た時、局長がメモを見せてくれたのです。
それは、災害が起こった直後に書かれたものでした。
メモの上段には、いろいろなところから集まる報告が書かれています。
中段に目を転じて驚きました。
「これから想定される最悪の事態」
が、びっしり書き込まれていたのです。
正直、まだ余震がやまない時点で、よくこれだけネガティブなことを考えられるな、と、感心しました。
苦しかったと思います。
本当に恐ろしいとき人間は、根拠のない楽観に逃げて、気持ちを安堵させようとする動物です(この心理を「正常性バイアス」と呼びます)。
それをやらず、ネガティブ思考を貫いたのです。
局長は、私にこう語ってくれました。
「備えていることしか、役に立たないんですよ」
そうなんです。
私が「ネガティブ」ととらえたものを局長は、「備えておくべきこと」と捉えていたわけですね。
私の心にこの言葉は深く残りました。
「こうなったらどうしよう」「こんなふうに見られたら困るな」とネガティブに考えることは、決して悪いことではない。
むしろ危機管理にとっては、こうした思考の方が大切なんだと学んだのです。
脚下照顧に基づく現状否認の実行
もうひとつは、200年を超える伝統をもつ会社のスローガンです。
「脚下照顧に基づく現状否認の実行」
脚下照顧(きゃっかしょうこ)とは、禅の言葉で、「足元を注意深く見る」という意味です。
「足元を注意深く見て、現状を認めないことを実行せよ」
これって、ある意味、究極のネガティブ思考です。
今の自分を否定せよ、と言っているようなものですから。
長く繁栄するためには、これくらい自分を戒めないといけないのかもしれません。
しかし、この言葉、自己否定のように見えながら、実はとても積極的なんです。
よく読めば、「殻をやぶれ」「積極的になれ」と言っているようにも見えます。
今の自分を認められない、ネガティブに考えてしまうということは、裏を返せば「新しい自分に生まれ変われ」と言っているようなもの。
いつもポジティブで、「今の私のままでいいんだ!」「今の私、最高!」と考える人には伸び代がないですからね。
ネガティブ思考は、自分を変えるための積極的な態度とも言えるのです。
どうすればいいだろう
さて、2つの事例を紹介したところで、「ネガティブ思考」を止める方法を考えましょう。
石橋さん、私は、こんなふうに考えます。
「ネガティブ思考は、決して悪いことではない。自分が生存するための『備え』を準備すること、そして『現状を打破して』新しい自分をつくるために必要不可欠な考え方なのだ」と。
「ネガティブ思考」を止めるのではなく、「ネガティブ思考」そのものをポジティブに捉え直す。
相手に怒られないか、自分の解釈があっているか、これで指示通りに動いたことになるか、とあれこれ不安になる。
それは、自分を向上させる極めてクレバーな考え方なのです。
それを理解した上で、ポジティブに考えられるようにするには、ネガティブな考えが浮かんだらすぐに、
「では、どうすればいいだろう」
と考えてみること。
「知らないと言ったら教養がないと思われないか」
「では、どうすればいいだろう」
1.「教養がなくて申し訳ありませんが」「間違っていたらごめんなさい」などと頭につけて話す。
2.スマホで調べられるものなら即座に調べる。
3.現時点では黙っておいて、あとで調べる。
などの解決策が「どうすればいいか?」という言葉に引きずられてでてくるはずです。
「どうすればいいだろう」と考えて、「どうしようもないこと」だったらそこで考えるのをやめればいい。
自分の力でどうにもならないことを悩むくらいの時間の無駄はないはずです。
石橋さん、「ネガティブ思考」は決して悪いことではないですよ。
成功者の多くは、小心者でネガティブ思考です。
しかしそれに加えて「どうすればいいだろう」と自分を行動に促す言葉を持っているのです。
石橋さん、積極的なネガティブ思考でまいりましょう。
応援しています。
ひきたよしあき
(イラスト 江夏潤一)
連載一覧
- 第1回 あなたを全力で肯定する理由
- 第2回 私は自己肯定感が低いです。
- 第3回 コミュ障です。
- 第4回 コスパの悪い人間です。
- 第5回 ダメ上司です。
- 第6回 本気で人を好きになれません。
- 第7回 夢がありません。
- 第8回 若い子には勝てません。
- 第9回 社畜です。
- 第10回 不寛容な人間です。
- 第11回 老害でしょうか。
- 第12回 母親失格です。
- 第13回 モテない男です。
- 第14回 口下手です。
- 第15回 都合の良い女です。
- 第16回 ネガティブ思考です。