私たちは、常に評価の目に晒されて暮らしています。「いいね!」という言葉にも、「おまえを評価してやる」という意味が含まれています。人間関係が希薄になる中で、裁きの目を浴びている。今、あなたに必要なのは、あなた自身を全力で肯定する言葉です。私はコミュニケーション・コンサルタントとして、小学生から政治家までを「言葉の力」で応援してきました。現場で培ったノウハウで、エールを送りたい。あなたを、丸ごと、全力で肯定します。
【第19回】「親を大切にできません。」
歳の離れた末っ子で、家族の愛を一身に受けて育ちました。たいそう可愛がられた自覚があります。でも、親に何でも話せたかというとまったくそんなことはなく、子どもの頃から家は居心地の悪い場所でした。その理由は今でもわかりません。大人になって、親との意見の違いで大きな口論を何度かしました。その時に、「もう一生分かりあうことはない」と確信し、一定の距離を保つようになりました。今、年老いた親が、私や子ども(孫)に会いたいと連絡をよこしてきても、実家に帰りたいと思えません。子どものために、盆と正月くらいは帰りますが……。このままだと、親が死んでから後悔するのでしょうか。
(ねこみ 43歳)
ねこみさん、メッセージをありがとう。
親の問題は、ほんと、難しいです。
本やネットで心理学や教育の専門家が色々アドバイスをしています。
それらを読んで勉強もするのですが、相談に来られる人の環境、背景、親子双方の性格や言動があまりに違って一般論では対応できない。
もちろん、私がこの分野の専門家ではないこともあります。
ねこみさんとは、生きてきた時代も親子の環境も違います。
自分の経験も知識もあまり役に立たない。
ですので、今から話すことは絶対ではなく、一個人の意見だと思ってください。
感情がむき出しになる親子関係
母親から電話がかかってきた時に、ぶっきらぼうな声で、「今、忙しいから!」と不機嫌な対応をしてしまう。
せっかく作ってくれたもの、送ってくれたものに対して「こんなのいらない」とつっけんどんな態度をとってしまう。
「どうして親に対しては、こんな態度をとってしまうのだろう」と思うこともしばしばです。
しかし、私は最近、「こういう態度こそが、本当の私じゃないだろうか」と思うようになりました。
心の声に従えば、どんな人にも親と同じように「うぜぇ」「めんどくせぇ」「知られたくねぇ」なんて思っている。
しかし、外の人に対してこんな態度をとったら生きていけないので、少しお化粧した言動をしています。
でも、親は、そうじゃない。
生まれた時から私を見ている親子関係にはある意味、嘘がない。
嘘がないからこそ、「ここは隠したい」と思うところは平気で嘘をつく。
都合のいい自分を演じる。
悪態ついて喧嘩もする。
本当の自分が丸出しになる。
感情がむき出しになる。
それが親子関係じゃないか、と私は思うのです。
きっと、そんな人は少なくないんじゃないかな。
自分勝手に心配して、人の都合も考えずに電話をしてくる親に対して、子どもの頃からずっと優しく応対ができるなんて変ですよ。
どこかに嘘がある。
親は、自分の感情をむき出しにし、嘘のない自分に気づかせてくれる存在ではないでしょうか。
社会の矛盾の原型が親子関係
さらに親子関係を考えます。
血で繋がっているということを一旦横において、共同体を営む構成員として家族を考えると、苦しくなるのが当たり前のように見えてきます。
まずは、生きてきた時代が全く違うこと。
ねこみさんのお母さんの世代なら、日本は高度経済成長の真っ盛り、「努力さえすれば、明日は必ずよくなる」という空気が日本中に漂っていた世代です。
それでいて、明治以来の家父長制度が残っていたり、良妻賢母的な価値観が残っている。
ねこみさんが育ってきた環境とはかなり違うはずです。
世代、価値観が違うにも関わらず、共同体のパワーバランスは、圧倒的に親が強い。
子どもの意見など微々たるもので、「家族」という共同体は親の力に支配され、そこから逃れることのできない立場に子どもはいます。
養ってもらっているので、大きなことは言えない。
しかし、子どもにとっては成長し、自分なりの価値観で生きていこうとするためには、この古い共同体から抜け出そうとするのは当然のこと。
ねこみさんが、一定の距離を保つようになったのは至極自然なことで、親より長い時間を生きていくために必要不可欠なことに思えます。
こう考えてくると、親を大切にできないというねこみさんの悩みは、多かれ少なかれ、誰もがもっていることのはず。
そして、それこそが、嘘いつわりのない自分の感情なのではないでしょうか。
決して悪いことではありません。
普通のことなのです。
罪悪感とのつきあい方
それでも腑に落ちないのが、親子関係の難しいところです。
「親を疎んじるのは、人間の正直な感情なんだ」
「家族という共同体を子どもが出よう、壊そうとするのは当たり前のことなんだ」
とわかっても、残るのは「罪悪感」です。
ここまで育ててもらった恩、なんやかんや言っても、衣食住を与えてくれ、それなりの教育を施してくれた恩に対して、冷たい態度をとっていいものか。
その罪悪感を拭い去るのは難しいでしょう。
ここで私が、とある中学校の卒業式で校長先生から聞いた話をご披露します。
「あなた方は、親に、生まれて喜び、手を握り返したあたたかさ、初めて立った時の感動、ご飯をいっぱい食べ、かわいい寝顔を見せここまで生きてきたことでたくさんの幸せを与えています。いわば、産んでくれた恩は、こうした気持ちを親に抱かせることで返しているのです。だから、巣立ちましょう。自分の思い通りの道を進んでください。これからは、それが親への感謝になるのです」
「親の恩を忘れるな」という話ではなく、「すでに恩は返している」。
これからは自分の自由な道を進め。
それを邁進できる体力と知力と人柄をつけてくれた親に感謝をして、自分の道を歩めという話です。
過干渉の親が多いといわれる中、実に思い切った祝辞でした。
ねこみさんも、愛情いっぱいに育った人です。
その時点で、あなたは親に「産んでくれた恩」を返しています。
あとは、罪悪感をもたず、自分の道を進んでいい。
ただし。
最後にひとつ、言わせてください。
親は、あなたが若い頃に接していた親ではありません。
残された時間は無限ではありません。
これまでの親子の感情とは別に、親に残された時間の中で、あなたが何をできるかは考えるべきでしょう。
盆と正月に帰るだけでもいい。
ねこみさんにとって、親との気持ちのいい距離感を保つこと。
断絶しないこと。
日々、老いていく人間に、あなたがどう接するかについて、きっとねこみさんの本当の感情が心の奥底にあるはずです。
時は驚くほど早くすぎ、人はそれに抗えないことも忘れずにね。
ねこみさん、応援しています。
ありがとうございました。
ひきたよしあき
(イラスト 江夏潤一)
連載一覧
- 第1回 あなたを全力で肯定する理由
- 第2回 私は自己肯定感が低いです。
- 第3回 コミュ障です。
- 第4回 コスパの悪い人間です。
- 第5回 ダメ上司です。
- 第6回 本気で人を好きになれません。
- 第7回 夢がありません。
- 第8回 若い子には勝てません。
- 第9回 社畜です。
- 第10回 不寛容な人間です。
- 第11回 老害でしょうか。
- 第12回 母親失格です。
- 第13回 モテない男です。
- 第14回 口下手です。
- 第15回 都合の良い女です。
- 第16回 ネガティブ思考です。
- 第17回 アピールポイントがありません。
- 第18回 妻に怒られてばかりです。
- 第19回 親を大切にできません。
- 第20回 自分、性格悪すぎです。
- 第21回 問題意識が強すぎて疲れます。
- 第22回 向上心がありません。
- 第23回 私は変わるべきなんでしょうか。