私たちは、常に評価の目に晒されて暮らしています。「いいね!」という言葉にも、「おまえを評価してやる」という意味が含まれています。人間関係が希薄になる中で、裁きの目を浴びている。今、あなたに必要なのは、あなた自身を全力で肯定する言葉です。私はコミュニケーション・コンサルタントとして、小学生から政治家までを「言葉の力」で応援してきました。現場で培ったノウハウで、エールを送りたい。あなたを、丸ごと、全力で肯定します。
【第20回】「問題意識が強すぎて疲れます。」
世の中で起きている問題や、自分の身に降りかかる理不尽など、大きいものから小さなものまでが気になって、ひとつひとつに問題意識を持ってしまいます。適当に受け流すことができず、改善しようと頑張ってしまったり、闘ってしまったりして、疲れます。自分のことならまだしも、同僚が上司から非合理的な叱られ方をしていたりすると、本人に代わって上司にもの申したくなってしまいます。自分で、正義感が暴走していると感じるときがあります。だからといって、納得いかないことを放置していて良いのでしょうか?放置したり泣き寝入りしても疲れそうだし、今のまま何かにつけて問題意識を持って生きるのも疲れます。
(もんもん 38歳)
もんもんさん、メッセージをありがとうございます。
小さなことでも受け流すことのできない問題意識。
非合理的な叱咤は、自分でなくても容認できない。
納得できないものを泣き寝入りしたくない。
合理的で、正義感の強いもんもんさんの性格が、文章ににじみでていますね。
すべての人が、もんもんさんのように、真面目で、まっすぐな人ばかりなら仕事はとても効率的で、期待通りの成果を出し続けることでしょう。
しかし、人間社会はそうはいかない。
いろいろな背景を背負った人の様々な感情と仕事への情熱が渾然一体となって動くのが社会です。
もともとまっすぐ進めないようにできているようです。
ベストよりベターをめざせ
私は、長く広告会社で働いてきました。
たくさんの企画書や絵コンテを描き、300近い得意先に提案してきました。
そこで学んだことは、ひとつとして「ベストよりもベターをめざせ」というものがあります。
どういうことでしょう。
仕事は、縦軸に論理、横軸に感情で布を織るようなものです。
縦のロジックだけで進めば、実に簡単にことが運ぶ。
しかし、理不尽な感情という横軸が入るおかげで、ロジックは曲げられ、色を変えられてしまう。
例えば、今回の企画が、WEBサイトを訪問してくれたにも関わらず、離脱した人を再訪問させるリターゲティング広告にすべきという提案だったとします。
しかし、上司が「先方は、WEB広告に明るくないので、会場を借りたイベントの方が採用されやすい」と言いだした。
あなたは、「それではターゲットに刺さらない!認知度をあげることは不可能」と猛烈に反論する。
しかし、WEBには詳しくない得意先に、どんなにリターゲティング広告について話しても意味がない。
むしろ、一生懸命やっているあなたを「うざい」「生意気」と受け止めてしまうかもしれません。
正しいのは、間違いなくあなたです。しかし、上司や得意先の知識、経験、感情と横糸をいれないと布(=企画)は成立しないのです。
長く広告の世界で働いてきたけれど、こうした対立を何度経験してきたことか。
結局はベストに程遠いものが出来上がって、後悔する毎日でした。
しかし、今になって思えば、妥協の産物であっても、これは貴重な経験でした。
対立の結果、自ら降りたり、得意先から出入り禁止になったりしたこともあります。
ベストをめざしすぎて、ゼロになった。
これは双方にとって遺恨を残し、自らのキャリアを大きく傷つける結果になりました。
ここから学んだことが、「ベストよりベターをめざす」こと。
自分の正義だけのベストをつくるのではなく、人の思いや経験を折成して、これ以上ないベターをめざす。
それを続けるうちに、「おまえの言うことは正しい」「お前なら任せられる」と信頼を得ることができる。
こうなって初めてあなたのベストを尽くせるのではないでしょうか。
ミニマル思考で行こう
もうひとつ、もんもんさんに聞いてほしい話があります。
それは「ミニマル思考」というものです。
「ミニマル」とは、なんとか十分な量という意味。
「ミニマル思考」とは、論点を最小限に絞る考え方です。
ゴールは何か。
何を達成すればよいのかを考え抜いて、無駄は一切排除する。
多少、小さな矛盾や考え方の違いがあっても実害がないのならスルー。
変えられないものは、無理に変えようとしない。
もんもんさんの質問に答えるならば「実害がないなら小さい問題はスルーする」「自分の正義よりも目的達成の確実度と速度を優先する」ということでしょうか。
もんもんさんも、この件については随分悩んだ経験があるようですね。
それがうまくいかなったのは、「放置の罪悪感」や「泣き寝入りの敗北感」といったマイナス思考にとらわれたからではないでしょうか。
目的達成のために、多少の問題をスルーことは、とてもポジティブな行為です。
大事な要点を抑える力「ポイントアップ能力」に長けていると私は考えます。
ミニマルに、なんとか十分な量で戦う術を学びましょう。
漂えど、沈ます
最後に、私の好きな作家・開高健さんに教えてもらった言葉を、もんもんさんに贈ります。
「漂えども、沈まず」
これはパリの市民憲章だそうです。
パリは、長い歴史の中で幾度となく他民族に侵略されてきました。
しかしパリは、その度に他民族の文化を飲み込み、侵略されることで、より重厚な、比類のないパリの文化を築いてきました。
まさに、「漂えども沈まず」です。
もんもんさんも、人の意見や感情に流されて、漂っても沈まず、それらを受け入れてなお輝く人になってほしいです。
人間関係のストレスは、心をやられがちです。
気をつけて、ほがらかにお過ごしください。
もんもんさん、ありがとうございました。
ひきたよしあき
(イラスト 江夏潤一)
連載一覧
- 第1回 あなたを全力で肯定する理由
- 第2回 私は自己肯定感が低いです。
- 第3回 コミュ障です。
- 第4回 コスパの悪い人間です。
- 第5回 ダメ上司です。
- 第6回 本気で人を好きになれません。
- 第7回 夢がありません。
- 第8回 若い子には勝てません。
- 第9回 社畜です。
- 第10回 不寛容な人間です。
- 第11回 老害でしょうか。
- 第12回 母親失格です。
- 第13回 モテない男です。
- 第14回 口下手です。
- 第15回 都合の良い女です。
- 第16回 ネガティブ思考です。
- 第17回 アピールポイントがありません。
- 第18回 妻に怒られてばかりです。
- 第19回 親を大切にできません。
- 第20回 自分、性格悪すぎです。
- 第21回 問題意識が強すぎて疲れます。
- 第22回 向上心がありません。
- 第23回 私は変わるべきなんでしょうか。