名著『アナログレコードにまつわるエトセトラ』がWEB連載で復活! ディスクユニオン店長兼バイヤーがいざなう、さらにディープなレコード天国(地獄?)へようこそ!



お馴染みのあのアルバ……あれ? なんかおかしい……。アナタは何個間違いを見つけられるかな!? あ、ロシア盤です。
レコードが気になって仕方がないみなさま、そもそもレコードってどうやって生産されているのかご存知でしょうか?
まぁ、このコラムをお読みいただいているということは、カッティングしてプレスして云々といった、「レコードができるまで」みたいなプロセスはすでになんとなく知っていると思いますし、他の記事とかでもたくさん解説されているでしょう。あ、なんなら私も前著で解説してましたしね!
ただ、もう少し解像度を上げてレコード生産のことを知ると、より深くレコードの楽しみ方が分かると思います。さらに、なんなら「こんなに好きなら自分でもレコード作っちゃおう!」みたいな感じになって、より深くえぐるようなレコードの愛し方が分かっちゃうかもしれません。
「レコードは複製芸術」、この華麗なる美辞を正当化させるためにも(?)、レコードそのもののことをもうちょっと掘り下げてみましょうよ! みんなで渡れば怖くない!

ついでに関連メモラビリアもご紹介。これは1966年アメリカ製のプロモーション用ポスター、通称「BANG!」です。
巷で「レコード・ブーム」と呼ばれるようになってしばらく経ちましたが、確かにここ10年のレコードの生産量は右肩上がりです。しかも急激な。
「アジアで唯一の大規模プレス工場」の異名を取る、日本が誇る東洋化成を筆頭に、世界最大の生産数を誇るチェコのGZ Media、近年ではソニー(ソニーDADCジャパン)や、P-VINE(VINYL GOES AROUND PRESSING)も参入、さらにはかつてソ連で栄華を誇った元国営レーベル、Melodiyaまでもが2025年に再稼働を果たし、どこも追っつかんとばかりにフル稼働しているのです。
とはいえ、この状況を「レコードの生産量が〇〇倍に!」みたいなことを掲げて煽る方もいますが、ちょっとその比較はチートともいえます。
というのも、1990年代に入るとレコードは誕生して初めての大規模氷河期に突入、2000年代に入るとまさに地の底のような生産数だったのです。そのため、そんな時代との比較で、「生産数も数倍になって、レコード屋もうかってるでしょ⁉︎」なんて言われると、こっちも思わずモゴモゴしちゃうワケです……。
まぁ、感覚であーだこーだ言うのもあれなんで、ここで数値を出して具体的に比較してみましょう。
日本を例にすると、2010年のレコード生産枚数(※一般社団法人 日本レコード協会調べ)は約10万枚、2025年で約340万枚。15年で30倍強と確かにすごい伸び率ではあるんですが、さらに遡ってみると、レコード氷河期に片足突っ込んだ1989年で約1千万枚、最盛期の1976年は約2億枚……うーん、今とじゃ市場規模が違いすぎますわ! まさに月とスッポン!
では、もっと理解を深めるためにも、実際のレコードを例にしながら、かつての規模感を解説していきたいと思います。
例に挙げるレコードは、みなさん大好きThe Beatles『Revolver』。すでにレコードに詳しい方であればお察しかもしれませんが、この作品を挙げた理由は本作が「いわくつきの一枚」だからに他なりません。

そびえ立つリビング・レジェンド、Abbey Road Studio。ここで作られた数々のマスターは、レコードとなり世を動かす名盤へと昇華されていったのです。
アルバム『Revolver』がミックス・ダウンされたのは1966年6月22日のこと。その後、7月中旬にはロンドン郊外の産業エリア、ヘイズにあるEMI保有の大型プレス工場(通称ヘイズ工場、現在は「The Old Vinyl Factory」へと改称されています)にてプレスが開始されています。
The Beatlesの最新作ということもあって工場はフル稼働だったんですが、初日にして事件が起きたのです。
ガンガンとプレスしていた現場に、けたたましく鳴り響いたのは1本の電話。それは、ロック界が誇る偉人プロデューサー、ジョージ・マーティンからの通達でした。
「おいおい、使われてる音源が違うみたいじゃねーか! RM11じゃない、採用音源はRM8だぞ!」
※ 「RM」は「Remix Mono」の略語
とまぁ、細かい言い方とシチュエーションは私の妄想入ってますが、とにかく実際にプレスされ始めた際に使用されていた音源に手違いがあったのです。そのため、プレス開始した初日で最初に採用されたラッカー盤(ないしスタンパー他)はボツとなってしまいました。



今回のサンプルはこの個体。UKオリジナル盤、マリトクス「2/1」の微妙コンディションです……いや、単に美品が手元になかったんですけど。
翌日、カッティング・エンジニアを担当していたハリー・T・モスが出社すると、机の上には「リカットせよ」との指示書が置かれていたそうで、「急だなぁ」とは思ったものの、なにせよくあることなんでスイスイと2枚のラッカー盤をカット、プレスは滞りなく再開したのでした。
なお、その手違いで問題があったのはB面です。ボツになったラッカー盤はB面のマトリクスが「1」となっていて、翌日リカットされたものはマトリクスが「2」と「3」になっています。さらに、A面も加えて説明しておくと、A面の最初のマトリクスは「2」となっていて、しばらくそのまま続くので両面のマトリクスは「2/1」、「2/2」、「2/3」と変化していくという塩梅です。
また、「マトリクスの違いで実際のサウンドはどれぐらいの差があるんだろう……?」と思っている方も多いかもしれませんが、このケースは非常に分かりやすい好例です。つまり、マトリクスの違いでそもそも採用された音源が違うということなのです。
もうちょっと具体的にその違いにも触れておくと、B7収録の「Tomorrow Never Knows」のミックスが異なっています。タンバリンの音があったりなかったり、最後のピアノの長さが違うとかがあったりするんですが、説明し出すとすごい字数になっちゃうんで、気になる方はご自身で調べてみてくださいね……すいません!

B面のマトリクスが「1」。言ってしまえば、ただ数字がひとつ違うだけ。でも、そこには夢と希望が詰まっているのです……って言い過ぎか。
そして、ここからがある意味本題です。
このB面にマトリクス「1」を持つ盤は、1日だけプレスされたことから俗に「First Day Pressing」と呼ばれ、状態が良好であれば軽く6桁円を超えてくるレア盤なんですが……では、果たしてどれぐらいの枚数が存在するんでしょうか?
当時のヘイズ工場には約120台のプレス・マシーンがあったとされています。確かな資料こそないんですが、今現在のソニーやP-VINEでの配備台数は2〜3台程度、東洋化成で20台程度と噂されていますので、さすがはレコード全盛期、かなりの規模感ですね!
さらに、The Beatlesのニュー・アルバムともなると、工場も全ての生産能力をブッ込むと思いますので、いくら1日だけのプレスといえども相当数です。当時のヘイズ工場での生産枚数は1日1台につき約1,000枚といわれており、そうなると単純計算で約12万枚の『Revolver』が生産されたと推測できるワケです。
また、アルバムはMonoもStereoも作られていますが、(私の経験則に沿うと)おそらく8:2ぐらいの割合で生産されていると思うので、「First Day Pressing」といえども10万枚近くはプレスされたと思われます。
ちなみに、2000年台以降のレコード氷河期では、1,000枚以下しかプレスされなかったアルバムなんて山のようにありますし、全世界で2,000万枚オーバーのCDを売り上げた1990年代ロックの金字塔、Oasis『(What's The Story) Morning Glory?』でも、レコードは約2万枚しかプレスされていません。もちろん、時代が時代なので同列に並べて考えるのは少し違うのかもしれませんが、レコードとして生まれてきた数がこれほどまでに違うのです。
『Revolver』のマトリクス「2/1」のマザー/スタンパーって、意外に進んでるよなぁ……と思っていたマニアックなアナタ、こうやって順を追ってみるとその理由は「単純にプレス枚数が多い」ということが分かっていただけたと思います。加えて、レコードの市場価格と生産枚数は単純に比例するワケではない、ということも分かっていただけたと思います。
あと、あくまで「生産数が何倍云々」は新品の話なので、中古市場はまた動きが違う点も押さえておかなければいけませんね!

次回はさらにレコードの製造に迫ります。
ということで最後になりますが、そもそもなぜ私がこうして長々と語っているのかというと、今現在の「レコード・ブーム」と呼ばれる状況の中でも、レコ屋が「左うちわ」なんかではないことを分かっていただきたいのです。ブームとか何倍とか言われようとも、いかんせん市場規模自体が小さくて、私たちバイヤーの懐がホックホク、そんなことは到底起こり得ないのです……悲しい!
まぁ、そんな恨みつらみっぽいことばかり言ってもしょうがないので、今日もこうしてレコードの市場規模の拡大を祈ってコラムを書いているのです……みんなにもっとレコードを!
P.S. もし『Revolver』のプレスの具体的な日付をご存知の方がいれば教えてください!
■編集=大浦実千
■バナーデザイン=柿沼みさと
【書籍紹介】 本書の購入はこちらから 【著者プロフィール】 1979年生まれ。神奈川県出身。2003年より(株)ディスクユニオン所属。バイヤーとしてレコードを追い求める日々の傍ら、レコード文化の発展に寄与すべく各種媒体にてコラムや漫画を執筆中。著書にソ連音楽ディスクガイド『ソ連ファンク 共産グルーヴ・ディスクガイド』、『アナログレコードにまつわるエトセトラ』、『レコードジャンキー富和 孤高のアナログ・レコード・コレクター』、編著に日本初のサイケデリック・ロック・ディスクガイド『PSYCHEDELIC MOODS‐Young Persons Guide To Psychedelic Music USA /CANADA Edition 』などがある。 X(旧Twitter):https://twitter.com/@_Akira_Yamanaka

『アナログレコードにまつわるエトセトラ』
著者 山中明
発行 辰巳出版株式会社
定価 2,530円(本体2,300円+税10%)
発売日:2023年4月24日
体裁:A5判/208ページ(オールカラー)
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4777829723/
楽天:https://books.rakuten.co.jp/rb/17426763/
山中 明(やまなか・あきら)
■ レコード・バイヤー/ライター/漫画家
Instagram:https://www.instagram.com/akira_yamanaka_/
Facebook:https://www.facebook.com/akira.yamanaka.585