『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』 奥野克巳×国分拓 特別対談 「ボルネオとアマゾン、森の民の生き方に学ぶ」第1回

私たちの当たり前をひっくり返し、新しいものの見方と考え方を示してくれる文化人類学。長年、文化人類学者として、ボルネオの森に生きる狩猟民プナンの人々とともに暮らし、研究してきた奥野克巳さんが、これまでの人類学の知見に基づいて昨年6月に上梓した『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』は、現在3刷となっています。

昨年11月には、ジュンク堂書店池袋本店にて、NHKのディレクターで、ヤノマミをはじめとする南米アマゾンの先住民を長らく取材し番組制作を手がけた国分拓さんをゲストに迎えたトークイベントが行われました。今回は、その模様を「コレカラ」にて特別公開いたします。

12年ぶりの再開となるお二人の初対面時の印象、似ていると感じたところなどから、第1回目はスタートします。

【第1回】フィールドワークが持つ暴力性

人類学者のフィールドワークとドキュメンタリーの取材

奥野克巳(以下、奥野):国分さんとは今から12年前に一度、お会いしていますね。以前に勤めていた大学で、学生たちが「文化人類学研究会」というものを組織して、勉強会を行っていたのですが、国分さんが手がけたNHKスペシャル「ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる」が放送されたのを機に、大学で国分さんをお呼びして、文化人類学者の池田光穂さんと対談をしていただきました。

国分拓(以下、国分):ご無沙汰しています。

奥野:12年前にお会いしたときの印象なのですが、こんなに自分の感性と近い人に会ったことが、それまでなかったなあと思いました。国分さんがさまざまにお話しされたことを今でもよく覚えていて、特に印象に残っているのは、「圧倒的な他者に出会いに行きたい」とおっしゃっていたこと。私も同じようなことを感じていました。非常に感性が似ている。国分さんにお会いして「あ、私だ」と思いました。

国分:現地に行くと人類学者の方もたまにいらっしゃるのですが、皆よく似ている印象がありました。非常に自意識が高く、能力も高くて、先住民の集落にどんどん入ってきて、すぐに友人関係になっています。特にブラジルがそうですが、観察するというよりも、先住民の集落を自分たちの色に染め上げてしまう。自分たちが求めている情報が集まるように進めていく能力が高く、言ってみれば企画経営ができるということでしょうか。それが嫌だなあと(笑)。12年前に桜美林大学でお話しした当時は、そういう人類学者に対して否定的だったと思います。けれども、奥野さんはちょっと違いますね。ガーッといくようなタイプの人ではないように思えるんです。

奥野:じっくりと時間をかけるほうですね。

国分:そこに3日間座ることから始めるというか。実は、僕らもそうなんです。集落に入って挨拶を済ました後は、とりあえず、そこにいて、ただ観ているだけです。その地域の礼儀や慣習というものがよくわからないので、まずそれを知るためにじっくりと観て、「あれはやっていいんだ」とか、そういうかたちで覚えていこうと決めました。奥野さんのプナンのフィールドワークの話を聞くと、僕らの取材のやり方とよく似ているなと思いました。12年前にお会いしたときには、僕もそのような印象を覚えました。

奥野:なるほど、そういうふうに言われるとそうかもしれませんね。人類学者はマネージメントがうまいのかもしれません。

国分:お金を引っ張ってこないといけないわけですしね。

奥野:そういうことですね。ただ現地に入れなくて挫折してしまうような人が半分ほどいます。うまく現地に入っていくことができた人たちはそこでラポール(信頼)を作る。つまり、仲良くなり、調査することができる人が、うまくデータを持ち帰ってくるわけです。

国分:その取材力が凄いわけですよね。もうひとつ、印象としては、僕らからすればですが、先住民に物を与えすぎだなと思うことがありました。彼らには彼らなりの世界観があるわけですが、青い球体の地球の映像を見せて、「これが地球だ」と言ったりしている。私たちはガガーリンが実際に見たような、地球が青い球体であることを知っていますが、先住民たちの中には、そういう実感を持たない人たちもいるわけですよね。それをいきなり見せるというのは、僕は暴力的だなと思うわけですが、ブラジルでは結構、学者がそういうことをやっているように感じました。

奥野:植民地主義的な営みも含めて、人類学とはそうした暴力性が多分に残っている学問であり、フィールドワークにもそうした暴力性があることに、改めて気づきますね。

国分:ヒューマニズム的な配慮、というものもありますね。彼らを救ってやらねばならないという使命感がどこかにある。どこか、救ってあげることは正しいと感じている。例えば、子どもがマラリアになって、高熱で苦しんでいる。解熱剤があれば楽になるから、次に来たときは解熱剤をたくさん持ってこようとする。それが正しい道だと考えている。

奥野:自分が正しいと思うことに向かって突き進む感じがするわけですね。

国分:ええ。NGOなんかは特にそうだと思いますが。

SDGsは「信じられない」

奥野:NGOに関連すると、『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』の中では、いわゆる地球における人間の活動が、地質学レベルで大きな影響を及ぼし、今日では「人新世」と呼ばれる新しい地質年代について議論を呼んでいる点に触れています。持続可能な社会の実現を目指して、近年、日本ではSDGsということがよく言われますが、国分さんはどんなふうにお考えでしょうか。

国分:あえて、乱暴に言ってしまうと「信じられない」というのが率直な感想です。これまでの反省を踏まえるということで言えば、SDGsの取り組みや考え方の中には、正しいこともたくさんあるはずです。ところが、それを周知させるための、いわば広報的なところで、アイドル歌手を前面に立ててSDGs大使のように番組に出演させるというのが、果たして問題の本質にとって本当に必要なのだろうかと思うことがあります。有名な女優をメインキャラクターに据えて、世界のSDGsを紹介する番組を先日拝見しましたが、パリのマルシェでは量り売りで1個からでも買えるので、無駄を無くせるということでSDGsの旅を始めていました。どう見てもそれはセレブの優雅な1日にしか見えない。そういう意味では信じられないというか、気持ち悪いというか、そんな印象です。

持続可能な未来が隠蔽してしまう人間の暴力

国分:奥野さんはどうですか。

奥野:アナ・チンという人類学者が『マツタケ』という本を書きましたが、日本でも翻訳、刊行されています。これは、『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』でもご紹介した、「マルチスピーシーズ人類学」における重要書の1冊です。別の書籍になりますが、Anthropology of Sustainability、『サステナビリティの人類学』という論集の中で、彼女は「サステナビリティとは人間と非人間の生存可能な未来についての夢だ」と述べています。人間と非人間がいて、その両者にとって生存可能になるための「夢」が、サステナビリティというものだという。

国分:夢ですか。

奥野:ええ、英語のDreamです。彼女はさらに、サステナビリティということで、地球の生態を破壊してきた人間の慣習・習慣が隠蔽されてしまっているのではないか、ということも述べています。人間と非人間の生存可能な地球というスローガンは、未来に対して目を向けさせるわけですよね。そのことによって、私たち人間が、過去に環境を破壊してきたという事実そのものを隠蔽してしまうのだと言うのです。未来に目を向けさせることで、過去の所業を隠蔽してしまうわけですね。
もうひとつ、人間と非人間のために生存可能な未来を築くと言っているにもかかわらず、実態は人間のために行われている部分に偏っているとも言えるわけです。人間が破壊してきた地球というものがあり、人間だけでなく非人間も含めた全てが生存可能な未来に向けてどういうふうにしていくのかが議論されているのですが、結局は人間のことを中心に考えてしまっているのではないかと問題提起をしたのです。
それを踏まえてSDGsを考えると、イデオロギーとしては非常に弱いというか、私自身も共感したくない部分もたくさんあるなと思っています。

国分:人間の快適な生活を持続するために、という感じが非常にしますね。

奥野:そういうことですね。人間のために、という要素が大きいわけです。その裏で、実は私たちが地球生態を破壊してきた事実が隠蔽されてしまっているのではないか。そういうことも言えなくはないのではないかと思います。

(構成◉大野真)

本連載は毎週火曜日更新の全五回となります。

プロフィール

奥野克巳(おくの・かつみ)
立教大学異文化コミュニケーション学部教授。1962年生まれ。20歳でメキシコ・シエラマドレ山脈先住民テペワノの村に滞在し、バングラデシュで上座部仏教の僧となり、トルコのクルディスタンを旅し、インドネシアを一年間経巡った後に文化人類学を専攻。1994~95年に東南アジア・ボルネオ島焼畑民カリスのシャーマニズムと呪術の調査研究、2006年以降、同島の狩猟民プナンとともに学んでいる。単著に『一億年の森の思考法』『絡まり合う生命』『モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと』『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』、共著・共編著に『今日のアニミズム』『モア・ザン・ヒューマン』『マンガ人類学講義』『たぐい』Vol.1~4.など。共訳書にコーン著『森は考える』ウィラースレフ著『ソウル・ハンターズ』インゴルド著『人類学とは何か』など。

国分拓(こくぶん・ひろむ)
1965年宮城県古川市(現大崎市)生まれ。1988年早稲田大学法学部卒、NHK入局。NHKディレクター。手がけた番組に『ヤノマミ』(ニューヨークフィルムフェスティバル銀賞ほか)『ファベーラの十字架 2010夏』『マジカルミステリー“工場”ツアー』『あの日から1年 南相馬 原発最前線の街に生きる』『ガリンペイロ 黄金を求める男たち』(ギャラクシー賞月間賞)『最後のイゾラド 森の果て 未知の人々』(モンテカルロテレビ祭入賞ほか)『ボブ・ディラン ノーベル賞詩人 魔法の言葉』『北の万葉集 2020』ほか。著書『ヤノマミ』で2010年石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、2011年大宅壮一ノンフクション賞受賞。他の著作に『ノモレ』『ガリンペイロ』がある。

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