本屋はいつでも僕を笑顔にする!
「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を
開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。
【第11回】出張帰りにゴルゴに感情移入を
特急で松本清張を読むと、妄想力がアップする!?
新幹線に乗るときは必ず本を持っていきます。通勤時間とは違う長距離の移動は、時間をしっかりとって読書ができますからね。鉄道の絶妙な振動が快適な読書のためのリズムになるのもいいですね。そういえば、高校生のとき読書をするために山手線一周とかしていたことも思い出しました。喫茶店の雑音もいいけれど、鉄道は生活音に振動が加わるのがミソですね。読書環境としてはかなりいい場所なんじゃないでしょうか。
それに加えて、地方に向かう特急列車とかは、普段とは違う非日常的空間に感じられるところもいいですよね。これから知らない街に行くんだという気分になる。
みうらじゅんさんはエッセイの中で地方に行く特急に乗るときには松本清張の小説を読むことをすすめていました。窓から雪が降るのをチラチラと眺めながら、松本清張の短編なんかを読み進めると、車内の中年男性と若い女性が急に不倫カップルの犯罪者に見えてきたりと、世の中を見る想像力というか、もはや妄想力ですね、が格段にアップするらしいのです。松本清張の代表作「点と線」は鉄道の時刻表トリックをつかった名作ミステリーで、清張さん自信も鉄オタだったわけで、松本清張のミステリーは鉄道文学と言ってもいいですね。
駅ナカ書店ならではの品揃えを楽しむ
そんな読書体験をするためにも駅ナカの本屋はかなり重要な存在です。もちろん旅行や出張の準備をしっかりする人もいるでしょう。パッキングなど事前に完璧にやっておくタイプの人。時間がとれたら読もうと思っていた長編小説とか、ガッツリ勉強しようと思って購入したビジネス書とかを出張や旅行のときに持っていくのはもちろんありなんですが、一方で列車に乗る前にちょっとのぞいた駅の本屋でピピッときた本を購入する楽しみもありますよね。
駅ナカ書店はスペースが限られているため販売点数が少ない店が多いけれど、たとえば新幹線の駅にある書店の店員さんは、2時間くらいの移動時間にちょうどクライマックスを迎える小説をセレクトしていたり、出張するサラリーマン向けにAIやフードテックなどビジネスで押さえておきたいテーマの最新本を揃えてくれていたりと、駅ナカならではの選書をしてくれています。最新コミックスも東京駅や品川駅の「BOOK COMPASS」など駅ナカ書店でチェックすることが多いですね。へぇ、今こんな漫画が流行っているのかと平積台を見るだけでも勉強になります。「BOOK COMPASS」などJRが運営母体の書店には鉄道の本も多く揃っていますね。駅ナカの独特のセレクトは普段出入りする本屋と違う魅力があります。
「ゴルゴ13」で感じる謎の連帯意識
駅ナカ書店、ましてやキヨスクなどの売店の書籍棚は小さなスペースの中に売れ筋を投入しているわけですが、しかし、そんな中にもとんでもない品揃えの店があったりするんです。関西のある駅の書店には「ゴルゴ13」のコミックスが全巻揃っていたです。リイド社が出版する「ゴルゴ13」は2021年7月に単一漫画シリーズでは世界一の210巻という記録がギネス登録されているコミックスですよ。これが、小さな売り場に揃っているわけだから、かなり偏った品揃えです。「列車に乗るならゴルゴ13!」というかなり強引な決めつけです。
でも、「ゴルゴ13」は出張帰りにビールでも飲みながらサラリーマンが読むコンテンツとしてはそうとうイケてるコンテンツじゃないかと思います。ヒットマンとしての任務を黙々とこなす姿、そのうえ女にモテる。そんなゴルゴに自分を重ねて、出張というミッションをコンプリートしたサラリーマンが缶ビールをプシューっとあけるのは最高じゃないですか。そういう独自の選書をする販売員さんがいるお店も素晴らしい。
そんなわけで、その売店に対するリスペクトもこめて、その駅を利用するたびに一冊づつ購入し東京への帰路にゴルゴシリーズを読んだことがあるんですね。でも、そうすると気づくんですよね。同じことをしている人が何人かいるんだって。先輩方もきっと気づいたんでしょうね。ここにはゴルゴが全部揃っているって。彼らはすでに10冊先、50冊先を読み進めているんです。それが店頭の欠番でわかるんですよ。今日も日本のどこかへ移動しながら出張の成果を噛みしめるサラリーマンがいるんだっていう謎の連帯意識が湧くんですよね。「いい日旅立ち」のサラリーマンバージョンですよ。駅で本を一冊買うだけで、明日も頑張って働くかと思わせてくれたわけです。
頭を悩ますサンドウィッチ駅弁の問題点とは
鉄道での読書といえば、駅ナカ書店での本と同じようにおつまみの確保も重要です。僕の定番はやはりサンドウィッチ。大船軒のサンドウィッチが気に入っています。鎌倉ハムをつかって作られた日本で最初のサンドウィッチ駅弁。誕生は明治32年。名前の通り大船で製造されて湘南エリアの駅で販売されているんですが、東京駅でも売っています。なので、東京から新幹線を利用するときは必ず購入しています。小型サイズで片手でつまめるから読書にぴったり。ハムサンド4つとチーズサンド2つが入っていて、ハムサンドのマーガリンの味がなんだか懐かしい気分にさせてくれます。
ハムサンドをつまみながら読書を始めると、気分は村上春樹の「風の歌を聴け」や「ノルウェイの森」の主人公。村上春樹の小説にはサンドウィッチがよく出てくるし、新幹線で移動する登場人物は必ずハムサンドを食べてビールを飲んでいますからね。でも、ひとつ問題があるんですよ。大船軒のサンドウィッチを食べる順番です。「ハムハムチーズ、ハムハムチーズ」といくか「ハムチーズハム、ハムチーズハム」といくのか毎回悩むんです。今のところは、ハムで始めて、ハムで締めるのがいいんじゃないかと思っていますが、皆さんはどう思われますか。
嶋 浩一郎
クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。
連載一覧
- 第1回 本を「地産地消」で楽しむ
- 第2回 書店における魔の空間
- 第3回 待ち合わせは本屋さんで
- 第4回 絶滅危惧種、24時間営業書店を応援したい!
- 第5回 本屋の後はカレーかサンドイッチか それが問題だ!
- 第6回 あの書店のあのフェアがすごかった!
- 第7回 完全に振り切れた大阪の本屋、 波屋書房のすごさとは?
- 第8回 地野菜と外国文学の未知との遭遇
- 第9回 無人店舗で本を買う
- 第10回 「この本、読み忘れていませんか?」痒いところに手が届く盛岡の本屋さん
- 第11回 出張帰りにゴルゴに感情移入を
- 第12回 本は見るもの触るもの
- 第13回 座って本を売ってもいいですか?
- 第14回 本を読みながら飲む最高のビールに出会ってしまった話
イラスト◎みずの紘