本屋さんの話をしよう【第8回】地野菜と外国文学の未知との遭遇│嶋 浩一郎

本屋はいつでも僕を笑顔にする!

「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を

開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。

【第8回】地野菜と外国文学の未知との遭遇

池袋から電車で30分弱。東久留米駅で降りるとラーメン店〈福しん〉がまず目に入る。同店は西武線沿線にチェーンを展開していて、自分の生活圏ではなかなか出合わない。お、西武線ワールドに旅してきたぞという感じがする。そして、その先にブラック・ジャックとピノコの銅像があるではないか。へぇ、東久留米は兵庫県宝塚出身の手塚治虫が終の住処(ついのすみか)にした街なんだ。なんだか、本屋を訪ねるのに、手塚漫画のキャラクターがお出迎えなんていい感じだ。その銅像のすぐ目の前に、今回のお目当ての書店〈野崎書林〉がある。この本屋さん、地域に愛される街の本屋さんとして充実した棚揃えなのだが、実は野菜の品揃えも充実している。

そう、〈野崎書林〉は近郊の農家で採れた野菜を売っている。しかも、本格的な売り場があるのだ。店頭にはシンプルに「FRESH & LOCAL  NOZAKI SHORIN」と書かれた内照式の看板が置かれている。ローカルはともかく、新鮮です!とアピールしている本屋があるなんて、それこそなんだか新鮮だ。店に入ると、椎茸、オクラ、なす、ピーマン、空芯菜と種類豊富な野菜が並んでいる。しかも、イタリアレストランで使われるようなこだわり品種のトマトや、おかひじきなんて珍しい野菜も扱っていたりする。ダビデの星と名付けられた太めのオクラも気になるぞ。

まずは野菜だ! 本を見てる場合じゃない

自分が訪れたのは午前中だったのだが、本売り場よりも野菜売り場の方がお客さんが多いではないか。どうやら、野菜は近所の農家が毎朝届けてくれているようで、午前中に来れば新鮮な野菜が手に入るのだと、事情通の近所の人たちは知っているらしい。ピーマンを手にして眺めたり、野菜の食べ方などが書いてあるPOPに見入るお客が5、6人もいるではないか。そうか、午前中はまずは野菜だ! 本とか見てる場合じゃないぞ。

普段は各書店の顔である平積みコーナーをじっくり吟味することから本屋探訪はスタートするのだが、FRESHな野菜のおかげですっかりペースが乱される。芥川賞・直木賞の受賞作のディスプレイを尻目にまずは野菜売り場だ。シャキシャキした食感が特徴のおかひじき。茹でても炒めてもいい感じのつまみになりそうである。購入決定! 小金井の茂木商店という店が作っているしらたきもサラダに入れたくなってきた。こちらも購入決定! すっかりホクホク顔で野菜の戦利品を抱える自分。

レジに野菜と文芸書を同時に差し出す

ここでやっと体制を整えて本売り場へ移動である。住宅地の書店らしい主婦向けの生活情報誌、料理本から児童書、絵本が充実しているのが一目でわかる。

一方で人文、文芸のコーナーも全然手を抜いていない。町田康の超絶ヤンキー現代語訳が話題の『口訳 古事記』が面陳されていたり、芥川賞『ハンチバック』もしっかり積まれている。もちろん駅前に手塚治虫の銅像があるわけだから『ブラック・ジャック』をはじめコミックも充実。書棚は低めで統一されていて店内が一望できる開放的な空間が広がり気持ちいい。手作りの野菜が売りだけあって、なんと書棚もお店の方がDIYで作っているんだとか。

外国文学のコーナーで足を止める。『素粒子』や『地図と領土』などでディストピア的なフランスの未来を描く異色の作家ミシェル・ウエルベックの新刊『滅ぼす』の上下巻が面陳されていたので思わず手に取ってしまう。購入決定! まさか、ウエルベックも自分の本が武蔵野の地野菜とともに買われるとは思わないだろう。レジ野菜と文芸書を差し出すとき、見たことない風景に「ここは何屋さん?」と一瞬何がなんだかわからなくなる。

長野にはメダカは売る書店が出現した!

野崎書林に来ようと思ったきっかけは、先月、長野県の岡谷市にメダカを売る書店が現れたというニュースを見たから。植物や昆虫や魚など自然科学系の本や、生き物をテーマにした『たくさんのふしぎ』など児童向けの本も意外に売れる自分が経営する本屋B&Bなのだが、スタッフに「うちもメダカとか売るのはどうよ?」と声をかけたところ、「西武線に野菜を売ってる本屋がありますよ」と教えてくれたのだ。

ちなみに、メダカを販売している本屋は岡谷市にある創業90年以上の老舗である笠原書店。これまた近所に住むブリーダーが店に電話をかけてきてメダカを売りたいと直談判、メダカを持ち込んできたそうだ。メダカの飼育を趣味にしている人はかなり多いそうで、品種改良の腕を競い合っている。実際、笠原書店でも「忘却の翼」や「柿色夜桜」なんていう、本屋だけになかなか文学的なネーミングのメダカが売られている。本を買ったお客がついでにメダカを買ったり、メダカ目当てのお客も増えているというから、世の中いろんなことが起きるんだなあとつくづく思う。

いろんなチャレンジをする本屋が増えてほしい!

両店ともに共通しているのが野菜やメダカを持ち込んでいるのが近所の人だってことだ。野崎書林の看板に書いてあるとおり「ローカル」ってキーワードが重要だ。

本はあらゆる人・モノ・コトとコネクトすることができる媒介だ。実際、野崎書林の野菜売り場には『散歩の達人』の東久留米特集号が置かれていたり(同誌には東久留米で栽培される小麦の記事が掲載されていた)、野菜や料理の本が置かれているし、岡谷の笠原書店のメダカの水槽の横にはメダカの飼い方の本が置いてある。本屋は本をコネクタに地域のいろんな産業と結びつくことができる可能性を秘めている。

本屋は本を売るだけのビジネスがなかなか難しくなってきている事情もあるけれど、それはさておき、お客としては買い物が楽しくなるのが一番だ。老舗の笠原書店さんがメダカを売るなんて思い切った施策をやる時代、いろんなチャレンジをする本屋がどんどん増えて欲しいな。プラモデルとか、缶詰とか、自転車とか一緒に売ってたら面白いんだけどな。

本屋B&Bでは、今年の夏はラムネを売ることにしました。真夏日が続く毎日に気持ちよさそうでしょ。

嶋 浩一郎

クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。

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