名著『アナログレコードにまつわるエトセトラ』がWEB連載で復活! ディスクユニオン店長兼バイヤーがいざなう、さらにディープなレコード天国(地獄?)へようこそ!

前作『アナログレコードにまつわるエトセトラ』(辰巳出版、2023年)。
ご無沙汰しております。時間が流れるのはかくも早いもので、前作『アナログレコードにまつわるエトセトラ』を世に出したのが2023年4月のこと。はっと気づいた頃には、瞬く間に3年近くもの時が流れてしまっていたのでした……。まぁ、その間も漫画単行本(!)は一冊出したんですけどね。
そんな充電期間中(?)も何も変わらず、プロのレコード・バイヤーとしてレコードは掘りに掘りまくっていましたし、他媒体でレコード指南的なことはしていました。とはいえ、そろそろまたこのお題目でレコードの話がしたいなぁ……という気になってきましたので、今ここに連載を再開することにしたのですッ! ワーイ、アプローズ!
ということで、そんな記念すべき連載再開第1回目のテーマは、「なぜ、レコードのオリジナル盤を買うのか」にさせていただきました。コレ大事。
オリジナル盤蒐集は、お金がかかりそう(事実)で、なにかとややこしそう(それも事実)だけど、代替できない特別な魅力に溢れていると思います。そして、今回はその魅力の理由を私なりの観点で紐解いてみましょう。
レコード蒐集の世界に片足突っ込むのを躊躇している方はその足掛かりに、すでにその道に迷い込んで戻れなくなってしまっている方は、改めて自分を見つめ直す機会としてご一読ください……ぜひ!

こちらが件の漫画単行本『レコードジャンキー富和 孤高のアナログ・レコード・コレクター』(DU BOOKS、2024年)。せっせと頑張って自分で絵を描いたんですが、内容は相変わらず(ヤバめの)レコード・ネタ本です。
まずは、オリジナル盤の魅力を語る上で大事な、2つの観点についてお話ししましょう。それは、「音」としての観点と、「モノ」としての観点です。
やはり多くの方が最も期待するのは、オリジナル盤ならではの「音」。CDやサブスクはもちろん、同じレコードであっても再発盤等では得られないであろう、「良い音」を享受したいですよね?
ただ、ここで大前提として申し上げておきたいのは、「オリジナル盤=音が良い」という等号は必ずしも成り立たないということです。
そもそも、「良い音」という言葉の定義は非常に難しいですが、過去に何回もプレスを重ねた一枚の作品の中で、オリジナル盤というだけでその作品の「最高音質」が確約されているワケではありません。
確かに、オリジナル盤は他プレスよりも最高音質にたどり着く期待値が格段に高まりますが、これはいわゆるカッコ付きっていうヤツで、「オリジナル盤=最高音質」というのは、いくらなんでも主語が大きすぎるということです。
例えば、とある1960年代の一枚の作品を突き詰めていって、これぞ真のオリジナル盤といえる、オリジナル盤の中でも最も早い時期にプレスされたレコード(この説明をし出すと超長くなるので、前著をご一読くださいね!)を見つけたとしましょう。しかし、いざ針を落としてみると、なんだかイマイチ感バリバリの音しかしない……そんなこともあり得るということです。
というのも、デジタル世代の現代と違って、アナログ世代に作られた録音物は決して音質が均一ではありません。マスター・テープからレコードが作られていく過程の中で、いろいろな人の手を介在するということもあり、音が変わるポイントが多いのです。特に1960〜70年代はその時代背景もあって、そういった傾向も顕著です。
そのため、オリジナル盤よりも2ndプレスの方が自分の好みの音だった、なんていうこともあるでしょう。もちろん、オリジナル盤が至高ということもあれば、他の国でプレスされた盤の方が自分にフィットしたなんていうこともあるでしょうし、イマイチな音だと思っていたオリジナル盤のマトリクスをさらに追いかけたら、実はとんでもない音が待ち構えていた……なんていうことも。レコードって、自分の理想の音を探して掘り進む楽しさ(苦しさ?)もあるのです。
つまり、オリジナル盤を聴くということは、単純な音の良し悪しというよりも、「本来の音」を知ることともいえるでしょう。これってラーメンでいうところの、胡椒とかニンニクとかは入れなくて、味濃いめとか油多めとかにもしてなくて、傍系とかインスパイアとかそんなんでもない、素のありのままの状態のもののことです……って、こんな例えをすると、かえってちょい分かりづらくなった気が……。

Hopkins - Bradley『Hopkins - Bradley』の米自主オリジナル盤。 白地のジャケットには手書きでアーティスト名が書き込まれた個体もありますが、私の手持ちには何もなし。そこは自主盤。
また、オリジナル盤だからこそ、オーディオ的には褒められたものではない、ある種の「間違った音」が収められた作品もあります。
では、ここで具体例を挙げてみましょう。サイケ蒐集家の中ではよく知られた、アメリカのアシッド・フォーク・デュオ、Hopkins - Bradleyによる自主制作盤『Hopkins - Bradley』(1973年)という作品があるんですが、このオリジナル盤は「間違った音」の宝庫ともいえます。
自宅にこもって簡素な機材と稚拙な技術で録音されたということもあって、音は完全にピークを超えて割れ倒して、スピーカーの外に突き出んばかりの音像になっている箇所があります。これは、オーディオ的にはバランスを欠きすぎた「間違った音」といえるでしょう。一方、2000年代に作られた再発盤は全体的に音が抑制されていて、かなりキツめにノイズリダクションも施されています。
しかし、このオリジナル盤が持つオーディオ的に「間違った音」こそが、本作にとってはかけがえのない魅力ともいえます。たとえ音が割れてオーディオ的に間違っていようとも、いや、間違っているからこそ、彼らの情熱と衝動が生々しく感じ取れて、その音像はどこまでもリアルなのです。そう、これこそが「本来の音」なのだと。
一方、再発盤はまとめようとするがあまり、音はマスクされたように丸まり、欠けた刃がごとくなまくらな音に変わってしまっているように感じられます。彼らの溢れんばかりの情熱はどこへやら、こんなにも変わってしまうのかというぐらいに、ただ単に平凡で稚拙な作品という印象を受けてしまいます。つまり、「良い音」というのは、そう単純明解なものではないのです。
「歌が上手い」という表現にも同じようなことがいえるかもしれません。例えば、「音程が正しい=歌が上手い」というのは、あまりにも短絡的だと思いませんか?
歌唱法や声質等々、歌には音程以外にもさまざまな要素がありますし、たとえ音程が不安定であっても、人の心を震わす歌は数限りなく存在します。そう、私たちは決して音楽を波形かなんかで聴いているワケではなくて、人間が耳と心を持って聴いているのです。そして、これはオリジナル盤の「モノ」としての観点にも結びついていきます。

怖くて気軽になんて聴けない、The Beatles『A Hard Day's Night』のUKアセテート。こういうのもある意味「モノ」。
オリジナル盤にとって、「モノ」としての観点も非常に大切です。
オリジナル盤を買うという行為は、単に「良い音」を追い求めていくというものでもないと思います。ヴィンテージのデニムや、古伊万里などの骨董にも似た話かもしれませんが、それらをコレクトされている方々は、服や食器としての機能性だけを求めているワケではないでしょう。それらのオリジナルだけが放つオーラの前では、その機能など些細なことかもしれませんし、そもそも実際に使おうなんて思わないかもしれませんしね。
自分の欲しい一枚のオリジナル盤のために、入手する手立てを勘案したり、その歴史的なバックボーンを調べたりするのも楽しいでしょう。友人とレコードを追い求める旅に出て、現地の喫茶店で釣果を見せ合いっこしたり、長い旅を経てついに入手に成功した暁には、自分一人でひっそりとオリジナル盤を眺めながら、その達成感を噛み締めてみたりするのもいいでしょう。レコードは私たちを音で楽しませてくれるだけではなく、「体験」も与えてくれるのです。
かくいう私も、自分の家の棚から一枚スッと抜き取ると、(たとえ持っていたことを忘れていたとしても)フッとあの時の思い出が蘇ってくるものです。「買った後に食べた近所のハンバーグ屋、うまかったな~……」なんていう感じで、音だけじゃなくて思い出も一緒にパッケージングされちゃっているんです。そんな思い出込みで音も聴いちゃった日には、そりゃあシビれるってモンですよ!
サブスク全盛の今、わざわざオールド・メディアであるレコードの、しかも(ちょっとややこしい)オリジナル盤を買うという行為は、「良い音」と「良いモノ」の要素が混じり合って「良い体験」をもたらしてくれる、そんな魅力に満ちていると思うのです。

コレクターってこういうことですよねっていう、ほぼThe Beatles『Abbey Road』のUKオリジナル盤だけの保管箱。
まぁ、ここまで長々と語ってしまいましたが、これはあくまで私のレコードへのスタンスです。こういう考えには賛否両論あるのかもしれませんが、人それぞれの楽しみ方があっていいですよねっていう、単にそれだけの話だと思っています。
レコード蒐集って、なぜか音楽への純粋性みたいなものが求められる風潮にあって、「私はたくさんのレコードを買うけど、決してコレクターじゃない!」みたいな、ある種のコレクター批判みたいな言説をよく見聞きします。私は全部ちゃんと聴いて楽しむために買ってる、みたいなことなんでしょうが、楽しみ方なんて人それぞれ自由で良いと思います。
さっきの古伊万里の話じゃないんですが、音そっちのけでちょっとしたジャケの違いなんかにゾクゾクしたり、レーベルの全カタログをコンプリートしてひとり悦に入ったっていいと思うんですよ。
もちろん、音は大事に決まっているんですが、レコードはそんな度量の狭いものじゃないと思うんです。私なんて、たぶん(というか絶対)不慮の事故で聴覚を失っても、レコードを買い続けると思いますよ……いや、ホントに。
あと、アンチ・コレクターの方でも覚えておいてほしいことがあります。同じアルバムを何十枚も集めるような、絵に描いたようなコレクターたちの存在は非常に重要だということです。ここがこうなるとオリジナル盤だとか、実はこの条件を満たした盤は収録曲が違うだとか、そういった緻密な情報の多くは、彼らコレクターの研鑽の賜物によって積み上げられてきたものなのです。
彼らはただ単に欲望のおもむくままに買い漁るコレクターというワケではなく、レコード界のために日夜奮闘する、アーキビストでリサーチャーでもあるのです……って、まぁかなり良いふうに言っちゃいましたが、変な人がたんまりいるのも事実です(苦笑)。
とにかく、私がこうやって長々と語っているのも、みなさんがレコードをどうやって楽しむか、そのヒントになればいいなと思っているだけなのです。
あ、あと最後になりますが、レコード蒐集って、換金性の高い趣味だっていうのも魅力かもしれません。憧れの高額盤1枚を買うために、手持ちの普通盤を10枚売って帳尻合わす、みたいなことも朝飯前です。これがペットボトルのキャップ蒐集が趣味(それはそれでリスペクトしてます)だと、そうはいきませんしね。
なお、日々増え続けるレコードに比例して、家での肩身がドンドンと狭くなっていっているというアナタ、「レコードってもう資産だから……これは堅実な投資戦略なんだよ!」とみんなに伝えておくと、奥様や子どもたちにも敬ってもらえるようになるかもし……そんなわけないか! 潔く諦めましょう!
■編集=大浦実千
■バナーデザイン=柿沼みさと
【書籍紹介】

『アナログレコードにまつわるエトセトラ』
著者 山中明
発行 辰巳出版株式会社
定価 2,530円(本体2,300円+税10%)
発売日:2023年4月24日
体裁:A5判/208ページ(オールカラー)
本書の購入はこちらから
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4777829723/
楽天:https://books.rakuten.co.jp/rb/17426763/
【著者プロフィール】
山中 明(やまなか・あきら)
■ レコード・バイヤー/ライター/漫画家

1979年生まれ。神奈川県出身。2003年より(株)ディスクユニオン所属。バイヤーとしてレコードを追い求める日々の傍ら、レコード文化の発展に寄与すべく各種媒体にてコラムや漫画を執筆中。著書にソ連音楽ディスクガイド『ソ連ファンク 共産グルーヴ・ディスクガイド』、『アナログレコードにまつわるエトセトラ』、『レコードジャンキー富和 孤高のアナログ・レコード・コレクター』、編著に日本初のサイケデリック・ロック・ディスクガイド『PSYCHEDELIC MOODS‐Young Persons Guide To Psychedelic Music USA /CANADA Edition 』などがある。
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