K-BOOK フェスティバル 2022 にて、書籍『それぞれのうしろ姿』著者・現代美術家のアン・ギュチョルさんと、評論家・京都芸術大学教授の浅田彰さんのトークショーが開催されました。ファシリテーターは『それぞれのうしろ姿』の翻訳を手がけた桑畑優香さん。「韓国のナポリ」とも称される海辺の街・統営からアンさん、京都から浅田さん、東京から桑畑さんがオンラインで集結。「対談はシナリオなし・予定調和なしが面白い」というお二人が「モダンアートと BTS・RM の美術眼」について熱いトークを繰り広げました。
<実際の対談の様子はこちらから>
https://www.youtube.com/watch?v=aad5Rwd_koc&feature=youtu.be
www.amazon.co.jp/dp/4777828700
RM が現代美術に興味を持つのは意外なことではない
浅田:アンさんはまずジャーナリストとして美術を扱い、1984 年に東京でヨーゼフ・ボイスやナム・ジュン・パイク(白南準)の仕事に触れて「自分もやっぱりアーティストとしてやってみよう」と思われたんですね。
その前年に僕は構造主義やポスト構造主義を論理的に再構築した『構造と力』という本を出したんですが、なぜかベスト・セラーになり、かえって当惑しました。その年はポストモダン建築の世界的パラダイムの一つといわれる磯崎新のつくばセンタービルが竣工した年でもあった。それでわれわれが期せずしてポストモダニズムの旗手としてもてはやされることになったんですね。
84年には西武美術館(後のセゾン美術館:西武百貨店のトップで詩人・小説家でもあった堤清二がポストモダン資本主義のリーダーだったのも興味深い事実)がヨーゼフ・ボイスの展覧会を、東京都美術館がナム・ジュン・パイクの展覧会を開催した。また、ギャルリー・ワタリ(現ワタリウム美術館)がボイスとパイクの二人展を開催し、日本の前衛芸術の牙城だった草月会館でボイスとパイクが一緒にパフォーマンスをした。他方、ピテカントロプス・エレクトス(直立猿人)という名のクラブで、坂本龍一がパイクや前衛音楽家の高橋悠治とともに細野晴臣や立花ハジメのようなポップ・ミュージシャンも呼んで、不思議なパフォーマンスをやったんですね。坂本龍一は東京藝術大学で前衛音楽を追求し、同じ東洋人であり東京大学で学んだパイクがジョン・ケージらとともに前衛の最先端で活動している姿に憧れていた。しかし、来るところまで来た前衛の実験をそのまま続けるのは難しいというので、自分はテクノ・ポップの方にスピン・アウトし、予期せぬ成功を収めた。でも、せっかくパイクが来たので、ポップ・ミュージシャンの仲間たちと一緒に共演したわけですね。
こうしてみると、K-POPのスターである BTS の RM が現代美術に興味を持っていると聞いて驚くこと自体がおかしい。ビートルズのスターだったジョン・レノンも、パイクと同じ前衛芸術集団フルクススのメンバーだったオノ・ヨーコの展覧会をふらっと訪れて魅了され、ついにはカップルになった。RM のようにふらっとアンさんの個展を訪ねて本にサインをしてもらう、そういうポップ・ミュージシャンがいたって当たり前だと思います。
アン:1984 年の日本出張は私にとって初めての海外旅行でもあったんです。当時の韓国は軍事独裁政権下で美術界も非常に息苦しい状況で、政治的な表現をする民衆美術とモダニズム、この二つの陣営が真っ二つに分かれ、一切の妥協を見いだせない時代でした。そんな中、東京でボイスとパイク、二人の巨匠の展示を見て様々なことを考えた。自分はこれまでいかに狭い世界にいたのか、いかに井の中の蛙でそこから世の中を見ていたのか、もっと色んな経験をしたい、そして外に出て勉強をしたい、と思い立ったんです。
その判断は私にとって冒険でした。留学に旅立ったのが 33 歳、ドイツから戻ったのが 40歳。その年齢で韓国で何か社会的な場所、職場を見つけるのは簡単なことではなかった。でもとにかくぶつかってみよう、と決心できたのは東京での体験がベースにあった、それが私の人生のターニングポイントになったんです。
RM は「不要なものは捨てて本質的なものに集中する」ミニマリズムに関心あり
桑畑:アン先生と RM の芸術家として共通するもの、違うものは何ですか? また、お互いの芸術の違いについて感じることは?
アン:RM さんはワールドスターで全世界を対象に公演し、大規模な音楽産業の中で大勢の人たちと関わり大規模な芸術を行っているけど、私は美術館やギャラリーを中心に相対的に少数の観客を対象にしている、時には本を通じて多くの読者の方と触れる機会もありますが。私はあくまでも非常に小さな規模でやっている、個人的な作業を行っている芸術家です。ですが共通点もある。RM さんも私も同じ芸術家として同じ時代を生きて、人々の心を扱う、心を描く仕事をしている。そういう意味で根本的な部分で共通し繋がっていると考えています。
桑畑:浅田先生、RM さんの審美眼はズバリ何だと思いますか? 好きなジャンルがとても多いのでたまに混乱します。何か共通するアートの趣味があるのでしょうか?
浅田:彼自身がそういうことを語ったり書いたりしているわけではなく、ぼくも彼の Instagram をたまに覗き見る程度なので、「こういうテイストだろう」と決めつけることは避けたほうがいい。でも、やはり「不要なものは捨てて本質的なものに集中する」という広義のミニマリズムへの関心は感じられますね。
たとえば2022年の春にはヒューストンのメニル・コレクションでサイ・トゥオンブリなどを見、ニューヨーク郊外のDia Beacon(ディア・ビーコン)でミニマル・アートを見ている。RMの周囲にアドヴァイザーがいるのかもしれませんが、にわか現代美術ファンでは思いつかない選択です。メニル家の財団は、シュルレアリスムからトゥオンブリにいたる素晴らしいコレクションを持ち、ミニマル・アートやランド・アートをサポートしてきた。Dia Beaconでは昔の工場をリノヴェーションした広大な空間にそれらのミニマル・アートが展示されているのだけれど、ニューヨークからかなり遠いので、よほど好きでなければ行かないでしょう。
ちなみに、ある意味でミニマル・アートに対応するのが日本の「もの派」ですが、制作面でも理論面でも「もの派」の中心だったのが、1956年に20歳でソウル大学を中退して日本に来た李禹煥で、2022年に東京と神戸で大規模な回顧展がありました。ガンと闘病中の坂本龍一が文芸誌「新潮」で「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」という連載をしていて、自分はナム・ジュン・パイクと親しくつきあってきたが、実はもう一人、李禹煥からも大きな教えを受けた、ノイズを排除したサウンドを組み立てて音楽をつくるのではなく、音響そのものを音楽にする方向を志向しているが、これはいわば音楽/音響の「もの派」だ、と言っているんですね。RMもきっと李禹煥は好きだろうと思います。
桑畑:アン先生、韓国のオススメ美術館を教えてください。
アン:景福宮の真横に国立現代美術館のソウル館がオープンしました。本格的なコンテンポラリーアートを中心に展示を行っています。国立新美術館の周囲は主要な美術館やギャラリーが密集しています。私も何度か展示を行った国際ギャラリー、アート・ソンジェ・センター、ソウル市立美術館もオススメです。全て都心にありますので、皆さんぜひ立ち寄ってみられては? また、現代美術ではないのですが、昨年オープンした工芸博物館。昔、女子校だった建物をリノヴェーションした、主に韓国の伝統工芸、刺繍、螺鈿細工、陶磁器などを紹介する美術館です。非常によく整理整頓された展示が行われていて、こちらもぜひ立ち寄っていただければと思います。
桑畑:ありがとうございます。浅田先生の李禹煥さんの展示のお話を聞いて、ちょっと胸が熱くなりました。実は、RM は釜山市立美術館の李禹煥空間にも足を運び、そこにも「僕は『風』という作品が好きです」とサインを残しているんです。なので浅田先生の読みはすごく当たっているんじゃないかと思います。アン先生と浅田先生、それからナム・ジュン・パイクさん、李禹煥さん、坂本教授まで、全部繋がっている感じがしますね。今日は貴重なお話をありがとうございました。ぜひ日本でもアン先生の個展を開催してください。
(ライター・露木桃子)