『師弟百景 “技”をつないでいく職人という生き方』 井上理津子×金井真紀 特別対談 「市井のひとの話を聞く〜ライフストーリーを描くということ」第3回

『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師』などのノンフィクション作品で知られる作家・井上理津子さん。今年3月に辰巳出版より上梓された彼女の最新作『師弟百景 “技”をつないでいく職人という生き方』(辰巳出版)は 一子相伝ではなく、庭師、仏師、左官、茅葺き職人など血縁以外に門戸を広げている職人の師匠と弟子の姿を描いた作品です。

今年の4月には、『師弟百景』の刊行記念として、ジュンク堂書店池袋本店にて、『パリのすてきなおじさん』などで知られる文筆家でイラストレーターの金井真紀さんをゲストに迎えたトークイベントが行われました。今回は、その模様を「コレカラ」にて特別公開いたします。

第3回は、原稿に手をいれる作業の好み、取材における嘘と真実などに話が広がりました。

【第3回】取材対象者が語る「嘘と真実」

インタビューをするときは「相手を好きになったらどうしよう」と思って行く

井上 金井さんの『世界はフムフムで満ちている』の中で「誰かにインタビューをするならとことん好きになって、愛してインタビューをしなさい」という言葉がありました。

金井 はい。森沢明夫さんという小説家をインタビューしたときに教えてもらった秘訣です。森沢さんは、もともとノンフィクションを書いていた人で、ものすごく取材する方なんですね。あるとき格闘家の密着取材をしていて、「つぎの試合は負けた方が読み物としてはドラマチックになるな」と思ったそうなんです。現実をコントロールしたい気持ちが出てきたと。ノンフィクションではそんなことできないけど、小説だったら自由に人間を書ける。たしかそんな経緯で小説を書くようになったそうです。

その森沢さんが授けてくれた取材の秘策がさきほどの言葉です。誰かのインタビューをするとき、会う前に、「相手のことをすごく好きになっちゃったらどうしよう」「会った瞬間抱きしめたくなっちゃったらどうしよう」と思いながら会いに行く、そうすると初対面の相手でも怖い相手でもうまくいくそうです。

井上 「おいしい話がとれますよ」みたいないやらしい言い方じゃないんですね。

金井 「好きになっちゃうかも」は、言葉に出さなくても伝わり、相手が心を開いてくれるというテクニックなんですかね。

井上 金井さんは、取材に行くときその気持ちで行っていますか?

金井 どうだろう。テレビや雑誌の請け負い仕事をしていたときは、自分の好みと関係なく取材をしていたので、そういう局面もあったと思います。でも今は自分が会いたい人が対象なので、もっと自然体です。もしお会いして、好きにならなかったら書かないかもしれません。

インプットとアウトプットのバランスが悪くなったときはダウンしそうになる

金井 私は40歳を過ぎて、遅くから書く仕事を始めたんですね。自分では、本を書く仕事をするとは思っていなかったんです。できるとも思わなかったので、現況はうれしいですね。

井上 実力ですよ。

金井 いやいや。棚からぼたもちみたいなものなので、無理してずっと続けなきゃとか思ってないですね。やりたいことだけやり尽くして、暴れるだけ暴れて、それで食べられなかったらいいやと思っています。守るものもないし。実際食べられなかったらどうするかはわかりませんけど(笑)。

井上 金井さんはそんな気持ちなんですね。私は人の話を聞くのに周期があって、怖くなるときがあります。

金井 怖いってどういうことか聞きたいです。

井上 みなさんお若いですからね。昔、高石ともやというフォークシンガーがいらっしゃいました。

金井 知ってます。

井上 これは高石ともやさんから聞いた話で、伝聞の伝聞です。あるとき、高石ともやさんが民俗学者の宮本常一さんにインタビューをしたそうです。こんな話でした。

日本人はもともと農耕民族です。そんな農家が暮らす村に、ステージに立つ歌うたいや芸人がやってきます。彼らの舞台を見ることにより、農耕民族は日々の穢れ(けがれ)を浄化します。「だから君は君でどこかで浄化してまた舞台に立つ。旅芸人、歌うたいとはそういう役割なんです」と宮本常一さんに言われたそうです。

高石ともやさんの取材をしているときに、直接的ではなかったんですが「あなたたちだってそういう部分はあるよね」とおっしゃったんです。それが私にはズーンときました。私は、誰かに一生懸命お話を聞いて、 グッときた部分を紹介する仕事をしています。「穢れ」という言葉ではなく、「思い」かもしれませんが、取材相手の言葉を受け取ると、こっちもいっぱいいっぱいになって、ダウンしそうになるときがあります。

「私もなにかどこかに言わせて、吐かせて」となるんですね。バランスが悪くなったとき、私はもうこの仕事は無理だと思ってしまいます。その後、自然にインプット、アウトプットのバランスがとれたときは「やっぱりこの仕事が好き」と思い直します。

金井 はー、なんとなくおっしゃっている意味はわかります。インプットしすぎると、ご自身の気持ちがややこしくなってしまうわけですか?

井上 自分をややこしくさせますね。ある人を取材したとき、ほどよくインプットすればいいのに、ついつい思いっきり聞いちゃう。紙幅には限りがあるので切り捨てます。その切り捨てた部分が成仏せずに呪いのように残ってしまう。それで「ごめんなさい」という気分になってしんどくなるんです。

金井 うんうん。それで次の取材で人の話を聞くのに気後れしてしまうんですね。

井上 まさに気後れですね。「この仕事向いてないわ」と思います。

原稿の推敲をしていると満ち足りた気分になる

金井 井上さんでもそんな風に思うんですね。私はとにかく、書くのが遅いんですよね。それこそ、書くのに向いてないと思います。 ライターや記者の方は、場数を踏んで伝える技術があるので、書くことに抵抗がないと思うんですよ。私はベースの書く修行がなく、「何時間で何文字書ける」のレベルが違いすぎます。

井上 握手していいですか(笑)。私も若いときは「1晩20枚の井上」と言われた時代があったのに今は……。

金井 それもバランスの問題ですか?

井上 いや、単なる劣化かな。どうしようもないときは徹夜もやっちゃいますが、前日もあったんだから、コツコツやればいい。なのにできない。狼のように家の中を歩いたりしています。でも、職人さんはこんなことないですよね。

金井 そうですね。ちゃんと納期に間に合わせていますよね。締め切りは守ってなんぼですよね。

井上 はい……。また、質問をしていいですか? 金井さんの本は、易しい言葉が多いですね。それは練って書かれているのですか?

金井 ただ単に難しい言葉を知らないんです。ただ、推敲は好きですね。井上さんはどうですか?

井上 「編集者にあと40行減らして」と言われたら、燃えますね。

金井 無駄な部分を外すんですね。私は「てにをは」を、ちょっと直して、また直して……としています。パソコンを開いて、まずは昨日どういう風に書いたかなと読み返して、推敲をしていると満ち足りた気分になって、新しい文章をいつまで経っても書き始めない。

井上 めちゃくちゃわかります。原稿の出だしなんて、100回ぐらい。

金井 そう!100回ぐらいこすってるから、ピッカピカになってます(笑)。

井上 継ぎ足す原稿を書けばいいのに、また推敲しちゃうんですよね。

金井 編集の方は「ひとまず終わりまで書いて、それからじっくり推敲を」なんて言うけど、そんなことできないです。いつも最初から読み直して、自画自賛して満足して終わり。ぜんぜん進まない。

井上 新聞記者出身の方は、早くて、要点を把握して、同じ書く仕事でも違う星の人のようで尊敬しちゃいます。

飛田の取材で「人間は嘘をつく」ことを知った

金井 井上さんは、インタビューの段階で「これを聞けたらもう書ける」とやっているんですか? 職人的ですよね。

井上 いいように言えば職人ですね。1ページ物なら1ページに過不足ないように相手から聞かないといけません。聞きすぎても失礼になってしまいますし。ただ、取材対象者に振り絞ってお話をしていただいたのにボツにしてしまったこともあって、それがもう50人近くいて申し訳ない。全然プロじゃないです。

金井さんの場合、文書のお手本にする人や教えてもらった人はいらっしゃるんですか?

金井 うーん。憧れていたのは井上さんです。『さいごの色街 飛田』(新潮文庫)を読んだときも、ここまでやる人がいるんだと思いました。

井上 ありがとうございます。今日のメインテーマに戻ってきました。 それこそ飛田の人たちを取材して私が一番勉強になったのは「人間は嘘をつくんだな」ということと「その嘘を言ってるうちに本当になっていく」ことです。

例えば「金井さん、今日はなぜ黄色い服を着てきたんですか?」と質問するじゃないですか。「気分が黄色だったんだよ」と答えます。それは嘘じゃないです。でも、答えは1つじゃないんです。みなさん聞かれたらある1つの答えを言います。言ったことは真実です。

金井 物語はどこにでも潜んでいますね。他人の話を見聞きした通りに書いているつもりでも、結局は自分の都合のいいように書く。だから「ノンフィクション」と銘打たれた文章にも必ずフィクションの要素、ファンタジーの要素がありますよね。つまり、私たちが今話していることも物語。

井上 だから、人間は面白いと感じます。同じ人に取材しても、私と金井さんが聞いたときは違う答えが出てくる。人はしゃべりたいこととしゃべりたくないことがあります。そこの妙味に面白さと怖さを感じますね。

金井 飛田の本は、十何年もかかって書かれたんですよね。それだけ通っていれば、話も変わってくるでしょうし、違う話も出てきますよね。それでも突っ込んで、通われたことのスゴさを思いますね。

井上 いえいえ。この話題に近いんですが、うちの息子に3歳の女の子の子どもがいるんですけど、先日「お名前は?」と聞くと本名ではなく「井上ラプンツェル」と答えました。どうもグリム童話の世界に凝っているらしいんです。飛田の人が違うことを言ったりするのもそういう単純なことかもしれませんね。

金井 ありますよね。飛田は昼間の世界とはまた違いますしね。

(構成◎松本祐貴)

本連載は毎週火曜日更新の全4回となります。

プロフィール

井上理津子(いのうえ・りつこ)
日本文藝家協会会員。1955年、奈良市生まれ。ライター。大阪を拠点に人物ルポ、旅、酒場などをテーマに取材・執筆をつづけ、2010年から東京在住。『さいごの色街 飛田』(筑摩書房、のちに新潮文庫)『葬送の仕事師たち』(新潮社)といった、現代社会における性や死をテーマに取り組んだノンフィクション作品を次々と発表し話題となる。近著に『ぶらり大阪 味な店めぐり』(産業編集センター)『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)など。

金井真紀(かない・まき)
1974年生まれ。テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て、2015年より文筆家・イラストレーター。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『聞き書き世界のサッカー民』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』(岩波書店)など。最新刊は、23年4月発売の『酒場學校の日々 フムフム・グビグビ・たまに文學』(ちくま文庫)。

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