家にいるのに"やっぱり"家に帰りたい【第1回】幸せになれる魔法の呪文|クォン・ラビン 桑畑優香 訳

いまいる場所になじむことができず、不安やとまどいを感じると、心やすまる居心地のいい家に帰りたくなる。
自分を守ってくれる温もりあふれる人と空間を誰もが必要としているのだ。
わたしが綴る言葉たちが、あなたのあたたかい避難場所となり、心と体がゆっくり休まりますように。――クォン・ラビン

【第1回】幸せになれる魔法の呪文

「大丈夫」と言われたい

日々の暮らしで、自分はひとりぼっちなんだとまざまざと感じる瞬間がよくある。

1. 体調を崩し、つらい体を引きずりたどりついた病院の待合室で、付き添いの人がいないのは自分だけだと気づかされたとき。

2. 人間関係にトラブルを抱えているわけではないのに、スマートフォンの連絡先に、“いますぐ”連絡できる人がいないと気づいたとき。

3. 何か、誰かにすがりたいのに、頼れる人や場所がどこにも見つけられないとき。

4. 悲しみや怖れがこみ上げ涙をこぼしても、その涙に気づき、そんなわたしを理解しようとしてくれる人が誰もいないとき。

5. 特別な日や休日に、家族や友だち、恋人などとはしゃぎ過ごす様子をメディアやS N Sを通して見たとき。

6. あたたかいシャワーを浴びたり、おいしいものを食べながら面白いバラエティ番組を見たり、好きなことをたくさんしたにもかかわらず、虚しさだけがつのるとき。

誰かにそばにいてほしい。わたしをすっぽり包んでくれる人。わたしもその人を抱きしめてあげるから。

切々と迫る孤独が嫌い。ひとりでも堂々としていたいのに。元気なふりをしながら時々崩れ落ちる自分をどうすればいいのか。わからない。

誰かにかけてほしいのは、「大丈夫」という言葉。
「憂うつな気持ちなんて、すぐに消える。あっという間に」と。
どこかに属することを認められ、いつも誰かに必要とされる価値のある人。そんな存在にわたしはなりたい。

 

15万ウォンの明日

どこかに行きたい。ふと、そう思った。でも、通帳の残高はわずか15万ウォン。これから半月を賄うためのわたしの生活費すべてだ。もうすぐ午後4時、そしてお金もない。それなのに、海を見たいという衝動に駆られ、チケットを買って電車に乗り込んだ。

こんな想定外の瞬間を愛しているのは、計画どおりに進まないのが人生だから。わたしは時々、衝動的な感情に身を任せる。
一人旅なんて絶対に無理だと思っていたのに、ひとりで海が見える宿に泊まり、砂浜に座ってひたすら海を眺めた。なんとなく買った缶ビールを空っぽのお腹に流し込みながら、ただ海だけを見ていた。

捨てる場所が必要だった。

別れを経験した後、このあふれる愛という感情を、どこかに流してしまわなければならなかった。
通りすぎる人たちが、波に濡れてぐしゃぐしゃになったわたしを見ていた。そんなこともお構いなしに、海の向こうに沈む太陽を見つめた。ほどなく闇が包み、わたしは真っ暗の海を前に横たわり、夜空を見上げた。すると、突然涙が波のようにどっとこみ上げてきた。

すべてが崩れ落ちるようにつらいとき、15万ウォンの旅を思い出す。長い人生のたった一日にすぎないけれど。あの日の経験は、過去を整理して明日へと進む旅だった。

 

「30分後に」それは、幸せになれる魔法の呪文

友だちとわたしが、どっぷり落ち込んでいたときのこと。誰かに会う予定もないのに、いつも明るく華やかな服を着てきちんとメイクをしていたわたしに、友だちがたずねた。

「どこに行くの?誰と会うの?」

わたしは答えた。

「予定はないけど、もしかして突然何かが起きるかもしれないから。落ち込んで待っているだけなんて嫌。だから、毎日30分だけ待つことにしたの。私にとって木のような存在になってくれる誰か、わたしが包んであげられる誰かに出会うかもしれない。 毎日30分ずつ幸せになる。そう信じているから、しっかりメイクをしてきれいな服を着るようにしているの。あなたも30分だけ待ってみたら? 少し先の今日がどうなるか、わからない。わたしは、30分後の人生に賭けてるの」

友だちはこう言った。

「30分…。もし、30分経っても幸せが訪れなかったら?」

わたしは答えた。

「じゃあ、あと30分だけ待てばいい。長すぎず、待ちくたびれないように。いつかきっと幸せになれると信じてる。だから決めたの。30分だけって。そうすれば、小さなことにも幸せを見つけられるから」

友だちはクローゼットを開けて服を選び、メイクをした。そしてふたりで街に繰り出した。
幸せになる魔法の呪文「30分後に」をとなえながら。

いつ訪れるかわからない無数の時を待つのはしんどい。だから、発想を変えてみた。30分後に自分は必ず幸せになれる。そうならなければ、あともう30分だけ待ってみよう。

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著者プロフィール

クォン・ラビン
1994年、韓国生まれ。9歳のときに両親が離婚。そのことがきっかけで、世間では「あたりまえ」と思われている多くのことに疑問を持ちはじめる。2020年、自分と同じような思いを抱える読者に寄りそう言葉を届けたいと、デビュー作となる『家にいるのに家に帰りたい』(&books/辰巳出版)を刊行。

永遠なる紫の月——あなたはきっと、わたしとこの言葉たちが好きになる。

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桑畑優香
翻訳家、ライター。早稲田大学第一文学部卒業。延世大学語学堂、ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」のディレクターを経てフリーに。多くの媒体に韓国エンターテインメント関連記事を寄稿。主な翻訳書に『BTSを読む』(柏書房)、『BTSとARMY』(イースト・プレス)、『BTSオン・ザ・ロード』(玄光社)、『家にいるのに家に帰りたい』『それぞれのうしろ姿』(&books/辰巳出版)ほか多数。

連載一覧

(イラスト チョンオ)

-家にいるのに“やっぱり”家に帰りたい, 連載