輝くような美貌の持ち主・光源氏と女性たちが織りなす恋愛絵巻――「源氏物語」を読んだことがない人でも、そんな雅やかで華麗なイメージは持っているでしょう。しかし、実は病気、死、暴力、抑圧、貧困といった、現代にも通じるリアリティが詰まった物語である、と古典エッセイストの大塚ひかりさんは解き明かします。
大塚さんの新刊『傷だらけの光源氏』は、そんな独自の視点から「源氏物語」をとらえ直した一冊。浮かび上がってくるのは、キラキラと浮世離れした王侯貴族としてではなく、生身の人間としての光源氏。
同書の刊行を記念して、2024年4月にジュンク堂書店池袋本店でトークイベントが開催されました。ゲストは、コラムニストの辛酸なめ子さん。皇室マニア、心霊好き……アンテナの範囲がハンパない辛酸さんにとっての、「源氏物語」とは。
第4回目の最終回、生霊に死霊に物の怪、そして乱脈、地獄……ちょっとアヤシイお話をお届けします。
第4回 生霊に予知夢、平安時代は不思議がいっぱい!
辛酸:私は子ども時代、心霊やオカルト系の話にハマっていたのですが……。
大塚:辛酸さんは、いろんなものにはまりますよね(笑)。
辛酸:はい、だから「源氏物語」では、生霊がたくさん出てくるので、どうしてもそれが気になるんですよ。
大塚:生霊も、物の怪も出てきます。
辛酸:生霊って平安時代からいたんだ! という感動がありました。
大塚:それがですね、生霊は紫式部の発見と言われているんです。国文学者の藤本勝義さんが書かれた『源氏物語の〈物の怪〉文学と記録の狭間』(笠間書院)によると、それ以前の物語の物の怪はぜんぶ死霊で、「源氏物語」ではじめて生霊が出てきた。六条御息所のように“憑く”側にスポットを当てたのも「源氏物語」がはじめてだそうです。それまでは“憑かれる”側だけが描かれていたので。
辛酸:いまでも、生霊がいちばん厄介だと言われますよね。
大塚:生霊を飛ばしている人、辛酸さんはご存知なんですか?
辛酸:普通にいるそうですよ。ある女性が毎晩のように生霊を飛ばして、好きなバンドマンの部屋に行っていた、という話を聞きました。でもあるとき急に行けなくなった。それでリアルでバンドマンを出待ちしたら、彼の腕にパワーストーンがあるのを見て、「だから行けなくなったんだ」とわかったそうです。
大塚:その女性は意識的に飛ばしていたのですね。六条御息所は、「人を悪しかれなど思ふ心もなけれど」と思っているぐらいですから、無意識のようでしたが。
辛酸:六条御息所は教養が高くて、光源氏にとって年上の憧れの女性だったのに、そんなふうになるのは哀しいですよね。
大塚:でも、悪く書かれているかというと、そうでもないとも感じるんです。読む人が六条御息所の身になって「わかる」と思えるよう書かれているのが、紫式部の巧みなところだと思います。
平安貴族にとって「夢」が意味するもの
辛酸:先日、国立公文書館で「夢みる光源氏―公文書館で平安文学ナナメ読み!―」という展示を見てきました。タイトルにあるとおり「夢」がテーマだったのですが、平安時代は、死んだ人が夢に出てくるという考えは一般的だったんですか?
大塚:はい、「源氏物語」にも夢のシーンはたくさんあります。
辛酸:平安時代は夢への信頼感がいまよりずっと高かったのかな、夢が通信手段であり、コミュニケーション手段であると捉えていたように見えました。
大塚:貴族はよく夢日記を書いてましたね。私も覚えているときは、書くんですよ。
辛酸:「更科日記」の作者・菅原孝標女は「源氏物語」の愛読者でしたが、夢に仏さまが出てきて「物語に夢中になりすぎているぞ」「法華経を読みなさい」と告げられたんですよね。しかもその法華経、女性の業について書かれている章を指定されていたとか。でも彼女はスルーした。「源氏物語」には仏教思想も組み込まれていますよね。紫式部は、恋愛の虚しさや恐ろしさについて書きたかったのかなという気もしました。
大塚:紫式部が何を書きたかったのか、「源氏物語」のテーマは何か、とよく聞かれるのですが、それは受け取る人が決めることだと私は思っています。ただ「源氏物語」が仏教の影響を強く受けているのはたしかです。仏教文学としても読めるぐらいです。
なぜ紫式部は乱脈の物語を書けたのか
大塚:「源氏物語」は、“乱脈の物語”でもあります。光源氏と藤壺中宮との密通の子が天皇として即位したり、帝の娘として生まれた女三宮が光源氏の妻となりながら、柏木と通じてその子を産んだり。辛酸さんは皇室ウォッチャーですが、そのことについてはどう思われますか?
辛酸:現代も、世界のロイヤルファミリーを見ていると、そういうお話が本当に多いですよね。昨年も、デンマークのフレデリックが浮気したとスキャンダルになっていました。子孫を残さなきゃという使命感の強さから、乱脈になりやすいんでしょうか。
大塚:女性が浮気して子どもができた場合は、男系で続くことになっている天皇家が、別の血筋へと流れてしまう可能性がありますよね。それについては?
辛酸:そのあたりになるとほぼ全員、高貴な家柄の人ですよね。どのみち身分は高いので、もはやどっちでもいい、という気持ちになります。
大塚:「源氏物語」でも、冷泉帝は桐壺帝の子ではなく実は光源氏の子ですが、そうはいっても桐壺帝にとっては孫なんですよね。たしかに、あまり変わらないといえば変わらない。とはいえ、男系で受け継がれていくはずの天皇家の血筋が、実はそうではなかったという皇統乱脈の物語は、当時も強烈なインパクトがあったと思います。
辛酸:天皇家をこんなふうに題材にするって、大胆なことではないですか?
大塚:紫式部が「源氏物語」を書いたのは、藤原氏が強い時代。だから皇室をこんなふうに書けたし、意外と面白がられていたのかもしれません。現代のほうが「タブーに踏み込んだ!」と思われそうです。
時代が「源氏物語」の世界に追いついてきた!
辛酸:紫式部は「源氏物語」を書いたことで“地獄に堕ちた”と言われたそうですね。
大塚:"紫式部堕地獄説"ですね。中世になると、紫式部だけでなく、和泉式部も小野小町もこぞって零落させられているんですよ。平安の世が終わり、武士の世になって、家父長的な価値観が強くなると、女性の地位が低くなるんですよね。その影響で出てきた説だろうと、私は思っています。
辛酸:でも本物の作品は、時代がめぐればまた評価されるようになるんですね。私は毎日のようにロイヤルファミリーについて検索しているので、平安時代に生まれていたら「源氏物語」を毎号々々楽しみにしてただろうなと思います。『傷だらけの光源氏』のおかげで、時空を超えて共感できる読書体験ができました。
大塚:大河ドラマで、「源氏物語」と紫式部が取り上げられるなんて、最初は信じがたい気持ちでしたよ。戦国時代や幕末明治が多いですし、平安時代はあったとしても初期の平将門か、末期の平清盛……男性ばかり。
辛酸:戦のシーンはもう見たくないという視聴者もいそうですよね。
大塚:女性では、2008年の「篤姫」や2011年の「江~姫たちの戦国~」がありましたね。平安時代は、江戸時代と比べても女性の地位が高かったんです。家の相続も、男女平等に行われていました。だからこそ、いま平安時代が舞台の「光る君へ」が注目されているのかもしれないですね。時代がやっと追いついてきたということです。
(構成◉三浦ゆえ)
プロフィール
大塚ひかり(おおつか・ひかり)
1961年横浜市生まれ。古典エッセイスト。早稲田大学第一文学部日本史学専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻、『本当はエロかった昔の日本』『女系図でみる驚きの日本史』『くそじじいとくそばばあの日本史』『ジェンダーレスの日本史』『ヤバいBL日本史』『嫉妬と階級の『源氏物語』』『やばい源氏物語』『ひとりみの日本史』など著書多数。趣味は年表作りと系図作り。
辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻。在学中から執筆活動をスタート。最近の著書に『女子校礼賛』『無心セラピー』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『辛酸なめ子の独断!流行大全』『辛酸なめ子、スピ旅に出る』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。