本屋さんの話をしよう【第14回】本を読みながら飲む最高のビールに出会ってしまった話│嶋 浩一郎

本屋はいつでも僕を笑顔にする!

「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を

開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。

【第14回】本を読みながら飲む最高のビールに出会ってしまった話

今年の夏も暑いですね。こんなときはビールを椎名誠さん的にプハーッと飲みながら、文庫本などをめくって午後の時間をゆるゆると過ごしたいものです。最近は、カフェ併設の本屋さんも増えて、ビールを飲みながら読書も気軽にできるようになったのは嬉しい限りです。

いきなり、本を読みながら飲むのはビールと決めつけてしまいましたが、もちろん、コーヒーでもいいんですよ。むしろ、多数派の皆さんは本に合う飲み物はコーヒーと答えるのではないでしょうか。本の街神保町にも〈ミロンガ〉、〈伯剌西爾〉、〈さぼうる〉、〈古瀬戸珈琲店〉とコーヒーの美味しい名だたる喫茶店が多いのも、コーヒーを飲みながら本を読む時間を過ごしたい人が多い証拠だと思うんです。

しかし。今日は読書にはビールが一番合うのである!という前提で話を進めたいと思います。キリッ。

ビールは読書好きを幸せにする

バーのカウンターで推理小説を読みながらウイスキーの水割りをちびちびやるとか、オープンエアのテラス席で雑誌のページをめくりながらワインを飲むとか、ビール以外のお酒も本には合うわけですが、今日は東海林さだお先生を見習い、何事にも「ビールが一番なのである!」と言い切ってしまいます。だって、神保町のビアホール〈ランチョン〉の昼下がりの風景を見てくださいよ。三省堂書店や東京堂書店で本を買って来たオジサマたちが続々と集結し、その日の戦利品をビールを飲みながら愛でている表情はなんとも幸せそうではありませんか。ビールは読書人たちを幸せにするんです。

なにしろ、自分はブックコーディネーターの内沼晋太郎と東京下北沢に〈B&B〉という本屋を経営しているくらいですからね。B&BはBOOKS&BEERの略です。自分と内沼くんが、これだけあったら他はいらないと思える、人生の中で最も愛した二大アイテム「本」と「ビール」を夢の共演させた店名です。そんなわけで、2012年の開店以来、〈B&B〉では雨の日も風の日もレジカウンターで一日も休まずビールを売り続けて来ました。ビールを飲みながら本を選べたら、そんな幸せなことはないという我々の願望を形にしてしまったわけです。書店でビールを飲むと、インスピレーションが研ぎ澄まされて普段手にしない本を手にとってみたり、いつもだったら敬遠してしまう本に挑戦してみようという冒険心が生まれたりするんじゃないかとも考えたんです。

なので、僕はビールが飲める本屋では必ずビールを飲むのを習慣にしています。神保町の〈神保町ブックセンター〉の品揃えは岩波の本を中心にかたい本が多いのですが、哲学書も生ビールのおかげでリラックスして読み始めることができるし、京都の河原町丸太町近くの〈誠光社〉ではレジカウンターでビールを飲みながら、店主に最近注目のリトルプレスの情報などを聞くのを楽しみにしています。

映画「PERFECT DAYS」に出てきた、あの文庫が並んでいるお店

そんなビール好きの自分が先日、本を読みながら飲むならコレだ!というビールと出会ってしまったんです。そんなビールに遭遇したのが静岡市の〈ひばりブックス〉です。

地方に出張に行くとめぼしい本屋さんを訪れるのですが、先日、静岡にうかがった時、このギャラリーとカフェを併設する新刊書店に入った途端、あっ、これは好きな本屋さんだとピピッときたんです。

なぜかというと、ある文庫本が平積みしてあったからです。

お店を訪れたのが、役所広司がトイレ清掃員役で登場するヴィム・ヴェンダース監督の映画「PERFECT DAYS」を見た直後だったんですね。その映画には役所さんが渋谷区のトイレを車で巡回し掃除をする日々が描かれています。彼は下町の古い木造アパートに帰って来るのですが、寝る前に必ず文庫本を読むんです。そこに幸田文の「木」を読んでいるシーンが出てきます。主人公は清掃作業の合間に、神社の境内でお昼ごはんを食べるのですが、そこで、木を見上げて写真を撮ることをルーチンにしているんです。ああ、だから、この人は「木」の文庫本を読んでいるのかって映画を見ながら思いました。

その「木」というかなり古い既刊本が〈ひばりブックス〉の平積み台に面陳されていたんです。新刊書ではないから、面陳するためにはお店が取次に注文をしなければいけません。

なので、「木」の文庫本を見た途端、きっとこの店の店主も「PERFECT DAYS」を見たに違いないと勝手に想像してしまって、同好の士に思えてきちゃったんです。きっと、この本屋においてある本は自分の趣味に合うはずだと思うと、本棚を見る目も俄然変わってきます。

ちなみに、幸田文の「木」なんですが、エゾマツの「倒木更新」など様々な木の生態が書かれています。「倒木更新」というのはエゾマツの種は地面に落ちたものより、倒れたエゾマツの幹の上に落ちた方が発芽しやすいそうで、倒れた同族の上で次世代が育っていく現象をいうそうです。だから、北海道の森林には一直線に並んだエゾマツが多いんだとか。すごくないですか? この植物の神秘。

木の名前がついたクラフトビール

幸田文の「木」はすでに読んだことがあったので、その本の隣にあった材木や木の工芸についてエルメス財団がまとめた、これまた「木」というタイトルの本が気になって購入することにしました。

レジに本を持っていって、カフェコーナーのドリンクメニューを見せてもらいました。ありましたよ、ビール。しかも、地元静岡のクラフトビールのようです。そして、なんとそれがヒノキとクロモジという、これまた木の名前がついたビールなのです。ともに、香りの良さで知られる木ですが、その木の香りをつけた「フジヤマハンターズ」という醸造所がつくるビールがメニューに載っていたんです。

早速、ヒノキを試してみました。あのヒノキチオールの香りが鼻腔にうっすらと広がる後味というか読後感がありました。なかなか爽やかです。

クロモジも試してみました。クロモジは羊羹を切る楊枝とかにも使われる丈夫な木ですが香りでも知られ、ハーブティーにする人もいます。こちらは、ちょっとスパイシーな大人の香りですね。ともにビールとの相性もバッチリです。

静岡はプラモデルの街として知られています。プラモデルが製造される前は木が模型の材料として使われていたそうで、静岡県は材木でも知られていました。だから、クラフトビールを作る醸造家も地元の木材という素材を活用したのでしょうね。

そういえば、本も木からできていますね。「木」という本を読みながら、地元の木の香りがするビールを楽しめるなんて。

この本屋さんとビールにはちょっと運命的な出会いを感じてしまいました。

※ビールなどのメニューは変更もあるようなので、必ずこのビールがお店にあるかはわかりません

嶋 浩一郎

クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。

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イラスト◎みずの紘

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