本屋はいつでも僕を笑顔にする!
「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を
開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。
【第15回】書店の「界隈」化はじまる
最近よく目にする言葉「界隈」
ちかごろ、「界隈」という言葉をあちこちで目にしませんか? Z世代が多用する用語で、同じ嗜好性を持つ人たちを意味します。#(ハッシュタグ)とともに使われることも多いですね。たとえば、「ジャニオタ界隈」のように「推し」が共通の人たちを表現するのに使われます。渋谷109のマーケティング研究部門である「SHIBUYA109 lab.」が2024年のトレンド予測で取り上げて話題になったのが「#自然界隈」。それは単なるピクニックじゃないのか?と年配の方はツッコミをいれたくなるかもしれません。山や森などの自然に触れ、そこでセルフィーを撮ることを楽しむ若者たちのことをいいます。
「界隈」の特徴は、宝塚やアイドルなどの趣味だけではなく、行動パターンや嗜好性をグルーピングしていることでしょうか。たとえば、「#風呂キャンセル」界隈。毎日お風呂に入るのは実は面倒くさいと思っている人たちがこの「#」を活用し、界隈の仲間と世の中みんなが毎日お風呂に入るのがあたりまえみたいになっているのはおかしくないかという彼らの価値観を確かめ合っているわけです。SNSのタイムラインに登場した「#」のお陰でいままで一生あうこともなかったかもしれない同好の士が世の中で顕在化したわけです。
〈ほんまる 神保町〉に行ってみた
そんな、「界隈」カルチャーの波が書店にもというのが今回のお話です。書店の棚を分割し、個人やグループに貸し出し、彼ら彼女らが選んだ本を販売するシェア型書店が最近注目されています。神保町では作家の今村翔吾さんが経営する〈ほんまる 神保町〉が今年の4月にさくら通りに開店。神保町住民でもいらっしゃるフランス文学者の鹿島茂さんはシェア型書店〈PASSAGE by ALL REVIEWES〉をすずらん通りで開業されていましたが、さらに支店を神保町交差点に出店されたりと、それこそ神保町界隈でシェア型書店が活況を呈しています。「本屋さんになりたい」と思う人はいても、なかなか本屋を経営するのは大変。でも、棚の一コーナーなら棚代を負担して本をセレクトできる。本好きのそんな気持ちに応えるかたちで全国的にもシェア型書店が注目を集めているようです。
〈ほんまる 神保町〉は神保町交差点を皇居方面に白山通りを進み、右に曲がったさくら通りの先にあります。角地にあって外装が白く塗られているのですぐわかるはず。大きなガラス窓が通りに面していて、一人ひとりの売り場になる棚に仕切られた本棚が外からも眺められます。ちなみに什器のデザインはユニクロのデザインで有名な佐藤可士和さん。小さな店ですが、白い鉄製の螺旋階段を降りると地下にも売り場があります。書棚を眺めると普通の書店とはまったく違う印象を受けるはずです。僕はこの店の書棚をみて、まさにこれが近頃話題の「界隈」だ!って思ったんです。ある棚は妖怪界隈。水木しげるさんの初版本が面陳してあります。近くの棚はスタンリー・キューブリック界隈。キューブリックが映画化した作品の原作本が並んでいます。絶版になってしまって普通の本屋ではなかなかお目にかかれない原作本もしっかり並んでいました。後ろを振り向くと、そこには源氏物語界隈の棚が。そしてその近くにはお天気界隈の棚が。なんだか、テレビのチャンネルをザッピングしている感覚です。これは、なかなかおもしろい体験ですね。いろんな芸人が次から次へとでてくる寄席的な楽しみが味わえます。
そして、すべての棚がネオテレビ東京みたいな感じ(ムチャ褒めてますよ)。池の水全部抜いちゃう界隈や、終電逃した人の家にタクシー代出すから家についていく界隈など、そんなことに興味がある人いるのか? でも確かにそう言われるとそれは知りたいかもしれないというテーマをうまいこと突いた棚が並ぶのです。まさに、TikTokで風呂に入るの面倒だと思ってましたよね、と言われると実は私もそう思ってたっていう人がわらわらと「#」を媒介に集まってくる感覚にも似ているんじゃないかと思います。
シェア型書店が提供する新しい出会い
街の本屋さんは多くの人のニーズにこたえるためにどんなに小さな本屋さんでも人間の興味関心領域をなるべくカバーしようと棚揃えをしています。児童書から小説、ビジネス本に、実用書、人文社会、自然科学という感じに。もちろん、世の中には建築やアートなどにテーマを絞った専門書店もありますが、そういったお店もそのジャンルの中で体系的な整理をして本を並べているはずです。既存の書店とはまったく違う見せ方、並べ方をするシェア型書店はあたらしい人と本との出会いを提供してくれるのではないでしょうか。なんで、この本とこの本が同じ棚に並べてあるんだろう? この出品者はどういう人だろう?という「棚なぞかけ」も楽しめます。神保町は新刊書店、専門書店、古書店といろんな棚揃えの本屋があるわけですが、シェア型書店が加わることで、本選びの楽しみがまた一つ増えたわけで、街歩きが楽しくなりそうです。
その日は、〈三省堂書店〉、〈東京堂書店〉など定期巡回店と〈ほんまる神保町〉を訪れ、ほんまるでは、時間単位あたりの情報量が極端に多くて気に入っているラジオ番組「誰かに話したかったこと。」のパーソナリティ・元乃木坂46の山崎伶奈さんの棚にあったピエール・バイヤールの『読んでない本について堂々と語る方法』を購入し、いつものようにジャズ喫茶〈BIG BOY〉で読書をして帰りました。
嶋 浩一郎
クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。
連載一覧
- 第1回 本を「地産地消」で楽しむ
- 第2回 書店における魔の空間
- 第3回 待ち合わせは本屋さんで
- 第4回 絶滅危惧種、24時間営業書店を応援したい!
- 第5回 本屋の後はカレーかサンドイッチか それが問題だ!
- 第6回 あの書店のあのフェアがすごかった!
- 第7回 完全に振り切れた大阪の本屋、 波屋書房のすごさとは?
- 第8回 地野菜と外国文学の未知との遭遇
- 第9回 無人店舗で本を買う
- 第10回 「この本、読み忘れていませんか?」痒いところに手が届く盛岡の本屋さん
- 第11回 出張帰りにゴルゴに感情移入を
- 第12回 本は見るもの触るもの
- 第13回 座って本を売ってもいいですか?
- 第14回 本を読みながら飲む最高のビールに出会ってしまった話
イラスト◎みずの紘