本屋はいつでも僕を笑顔にする!
「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を
開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。
【最終回】僕は本屋のこんな本棚が好き
本屋さんの腕の見せどころ
皆様、突然ですが今回が最終回です。終わりはいつもいきなりやってくるものです。
というわけで、今回は僕は本屋のこんな本棚が好きというお話をしたいと思います。
本屋さんで売っている本はどこでも同じです。新潮文庫の三島由紀夫の『仮面の告白』はターミナル駅の大型書店で買っても、地元の駅前の書店で買ってもプロダクトとしては同じ文庫本です。サザンオールスターズ特集の「BRUTUS」はどの本屋さんで買っても中身は変わることはありません。
だから、本屋さんの腕の見せどころは、同じ本だけれども、それをどうやってスターに見せるか。この本屋で、この棚の前で、この本を手にとってみようとお客さんに思ってもらえるかが勝負です。そのために、本屋さんはいろんな工夫をしています。
心を揺さぶる小説を読んだときの衝撃をしたためたPOPを設置する書店。
店主のいるレジ横に、きっと店主のおすすめなんだろうなと思われる本をひっそり置いておく書店。
とにかく、この作家は読んで欲しいと特定の作家の作品を展開するコーナーを設置する書店。
アイドルグループのメンバーは変わらないのに、センターが変わるとグループの見え方が一気に変わるように、本屋も同じ本をどこにどのように置くかでお客さんからの見え方はまったく変わってくるんですよね。
集合知で本を選ぶ人が増えている
先日、東京で大雪が久しぶりに降りましたが、そんな日に雪の結晶について書かれた本が店頭に面陳してあったら思わず手にとってしまうでしょう。その本はそれまで同じ本屋にあったけど、雪の日までは一度も手に取ろうと思わなかったにもかかわらず。
そう、本屋さんはそれぞれのキャラクターを発揮して、いろんな本の見せ方を日々工夫しているんです。お客さんの方も、本の薦められ方の好き嫌いがあると思います。まあ、恋愛に近いんですかね? この感覚は。
この本面白いからとグイグイ迫ってくるタイプが好きな人もいれば、実はこんな本もございましてとさり気なくリコメンドしてくれるタイプが好きな人もいるでしょう。もちろん、気分によって本屋を使い分けてもいいわけです。
最近、コンテンツを選ぶのにとにかく集合知を使う人たちが増えていますよね。レストランに行くにも、映画を見るにも、本を読むにも、みんなのランキングを気にする人。デジタル技術の進歩によって多くの人たちの価値観が集合知として可視化され、口コミサイトで本や映画やレストランの点数が可視化されるのは一つの指標としてとても面白いことだとは思います。
ただ、気になることはその指標を盲信する人がすごく増えていること。
なんだか、自分の好奇心を他人の点数に預けてしまっている気がするんです。
何かに出会うときの物差しは一つじゃなくていい
やっぱり、知らない街で知らないスナックの扉を開けて、そこがすごくいい店だったりするとなんだかとっても得した気分になるじゃないですか。もちろん、大失敗ってこともあるんですけど。自分の嗅覚で何かを探して、いいものに出会う体験は捨てがたいものだと思います。本や映画はダメなものに出会うことも肥やしの一つです。いいものに対する理解が深まります。
何かに出会うときの物差しは一つじゃなくていいはずです。自分の直感、誰かのリコメンド、集合知まで縦横無尽に使いこなせた方が、本との出会いが楽しくなると思うんです。
でも、その中で一番大事にしたいのは自分の嗅覚です。次に自分の信頼する人たちのリコメンド。そして、補助的にメディアに登場する専門家の意見や、もちろんランキングものや集合知のデータも活用する。複数の物差しをもつことでメタ感覚で対象を評価することができるようになります。
そんなわけで、僕も本を買うときは自分の直感だけではなく、なんだかすごいなと思う人が薦めていた本とか、メディアに掲載される書評とか、そして、ベストセラーや集合知の点数も参考にしながら選んでいます。余裕があるときは、その日の気分によって訪ねる書店を変えたりしています。
なので、いろんな本のおすすめがあってよくて本屋の書棚も多様でいいと思うのですが、僕がシンプルに好きな書棚はなんの説明もない書棚。もちろん、ある程度のジャンル分けはされているのですが、ある意味雑多な、いろいろな解釈が可能な本棚が好きです。言い換えれば自分でメッセージを読み取らなきゃいけない書棚ともいえるでしょうか。
魅力的な空間は多面的な魅力をもっている
今、世の中のさまざまなサービスが手取り足取りになっていて、やたらと細かい取説が作られたり、食べ物の食べ方などサービスが詳細に事前に解説されてしまって、それはそれで、はじめてそのサービスを利用する初心者にとっては親切なガイドになるし、新しい世界をより深く理解するための補助線にはなっているとは思うのですが、同時に受け手の想像力を奪っている可能性もあるなと感じることが多々あります。特に、本は同じ本のタイトルを見ても人によって感じ方はさまざまで、その本をどう読むか、どう捉えるかはお客さんの判断におまかせするのがいいのかなと思うのです。
最近、吉見俊哉さんという方が書かれた『東京裏返し 都心・再開発編』という東京という都市を違う視点で眺めて新たな魅力を発見する本を読んだのですが、その中に都市論を語ったジャーナリストのジェイン・ジェイコブズという人の話題が出てきます。人を魅了する都市は、そこを訪れる人の目的がすべて違うものだという趣旨の発言をしています。魅力的な空間はお店も含めて本当にそういう多面的な魅力をもっているものだと感じます。
僕は本も、読む人によってまったく違う印象が持たれる存在であり、多面的な読まれ方をする本こそ魅力的な本だと思っています。
僕の好きな書棚は、見る人によって違う解釈ができる棚。その棚を眺めている人にちょっとずつヒントをくれる。そんな本棚です。
嶋 浩一郎
クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。
連載一覧
- 第1回 本を「地産地消」で楽しむ
- 第2回 書店における魔の空間
- 第3回 待ち合わせは本屋さんで
- 第4回 絶滅危惧種、24時間営業書店を応援したい!
- 第5回 本屋の後はカレーかサンドイッチか それが問題だ!
- 第6回 あの書店のあのフェアがすごかった!
- 第7回 完全に振り切れた大阪の本屋、 波屋書房のすごさとは?
- 第8回 地野菜と外国文学の未知との遭遇
- 第9回 無人店舗で本を買う
- 第10回 「この本、読み忘れていませんか?」痒いところに手が届く盛岡の本屋さん
- 第11回 出張帰りにゴルゴに感情移入を
- 第12回 本は見るもの触るもの
- 第13回 座って本を売ってもいいですか?
- 第14回 本を読みながら飲む最高のビールに出会ってしまった話
- 第15回 書店の「界隈」化はじまる