本屋さんの話をしよう【第9回】無人店舗で本を買う│嶋 浩一郎

本屋はいつでも僕を笑顔にする!

「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を

開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。

【第9回】無人店舗で本を買う

世田谷の松陰神社の商店街で夜間、無人の書店が営業している。

山下書店の世田谷店は昼間は書店員のいる本屋として営業しているが、夜間は親会社の取次・トーハンと協業するかたちで、「無人書店」の実証実験中なのだ。

深夜の無人書店。どんな、感じで本が買えるんだろうか? 一度覗いてみなければ。

22時過ぎ、三軒茶屋駅から世田谷線に乗り込む。かつて、渋谷から二子玉川を結んでいた路面電車玉電(今は地下を走る田園都市線になっている)の三軒茶屋から下高井戸を結ぶ支線が世田谷線だ。2両編成の車両に乗り込むと、最近は夜の飲み会も増えたのか三茶で飲んだのであろう若者や、帰宅途中のサラリーマンなどで車内は意外に混み合っている。3つ目の駅が松陰神社前だ。吉田松陰は安政の大獄で処刑されたわけだけど、高杉晋作や伊藤博文によってこの駅の近くに葬られたそうだ。なぜなら、ここには長州毛利藩の屋敷があったから。

一瞬、シュールな世界に紛れ込んだ感覚に

 松陰神社駅前の商店街は飲食店も多く、23時前なのに人通りもあったりする。何年か前の「BRUTUS」の酒場特集でこの界隈が紹介されていたのも頷ける。駅からすぐ近くに山下書店の世田谷店はあった。電気はついている。自動ドアの前に立ってもドアは開かない。ドア横に大きなQRコードが貼られている。携帯で読み取り、LINEで山下書店と友達になるとドアがスーッと開く。なんだか、シークレットキーを手に入れた感じもしなくもない。

緊張しつつ誰もいない店内に足を踏み入れる。普通の町の本屋の光景が目の前にあるのだけれど、書店員や他のお客さんの姿は見えない。なんだか、シュールな世界に入り込んだ気分だ。

店頭には雑誌コーナーがあって、ワインの関連書籍のフェアも行われている。なんとなく、緊張したまま、店内を歩き回る。コミックのコーナーは充実しているし、新書の新刊も面陳で置かれている。気になる文芸の新刊も目につくぞ。

今日は何か買いたい本があって来たわけじゃないけど、今宵、発見がありそうな予感が。

トイレで一人で過ごす時間…それに近い感覚?

落ち着かず深夜の誰もいない書店をグルグルと二周、三周すると次第にカームダウンしてきた。緊張が解けリラックスしてくると、今度は、なんだか自分だけの図書館や書斎にいるような感覚を覚え始めた。

本屋という空間を贅沢に貸し切っているというか、ここにある本はすべて自分に選ばれるために陳列してあるかのような感覚だ。

これは、深夜の荒野で自分の好奇心が解き放たれた状況といえばいいのだろうか。さあ、どの本を選ぼうかという気分がムクムクと目覚めてきた。ここでは、自分ひとりだけの楽しい探索の時間が過ごせるのではないか。

確かに、日常生活の中で、まるっきり一人になって思索の時間を持つことなんてレアなことだ。トイレに入っている時くらいですかね。トイレで一人で過ごす時間は、あらゆるものから開放された自由な時間。あの時間はいそがしい日々の中で貴重なものだ。それに近い感覚なのか。

ちなみに、今、自宅のトイレには山田風太郎の『人間臨終図鑑』という本が置いてある。著名人の最期が死亡年齢順に記録されている本だ。トイレに入るたびに一人づつエピソードを読んでいるのだけど、冷静に考えるとそれもかなりシュールな風景かもしれない。

気づけば、数冊の本を抱えている自分が…

ちょっと気になった店頭のワイン関連本のコーナーを物色してみる。ふむふむ、ワイン好きの店員がセレクトしたのかな? なんて、人がいない書店で棚をつくった書店員の選書の傾向を想像してしまった。誰にも邪魔されないと、棚ごとにじっくり見てやろうと思って来るから不思議だ。貸し切りのVIP気分を満喫して、各棚の前で数分づつ過ごし、30分ほどで数冊の本を抱えている自分に気づく。

会計はセルフレジ。近頃は紀伊國屋書店や三省堂書店などでも見かける、自分でバーコードを機械に読み込ませ、クレジットカードや電子マネーで決済するあれである。深夜の静かな店内に、バーコードの読み取り音が響く。そういえば、店内にはかすかにジャズがBGMとして流れていたな。さすがに、無音だと孤独感が増しすぎるのかな?

気になったことといえば防犯対策上仕方がないんだろうけど、あちこちに防犯カメラが設置されていて、こっちを向いても、あっちを向いてもカメラ目線という状況で、アイドル並みにカメラに晒されている感じがしたことぐらいだろうか。

ネット書店との競合で収益を上げることが難しくなる中、働き方改革や、労働力不足という問題もあり、町の書店をどう維持できるかということで、無人営業をトライしているわけだけど、生活の中で気軽に情報や物語に会える場所を運営する一つのやり方としてこの店のありようは十分可能性を感じたな。

ちょっと不思議な本屋体験だった。あれは一人で座禅して、自分の好奇心と向き合う時間だったのだろうか。深夜の世田谷線で店頭の面陳コーナーに置いてあったちくま文庫の『教養としてのワインの世界史』を読みながら帰宅した。

溜池山王駅内の無人書店にも行ってみた

数日後、東京メトロ溜池山王駅の駅ナカにある無人書店「ほんたす ためいけ」にも行ってみた。同店は昼間も無人で営業する店舗だ。同じようにQRコードを読み取って入店する。こちらは、コンビニ感覚の駅ナカ書店といっていいだろう。雑誌やコミックが面陳されていて、土地柄か注目のビジネス本なども目立つ配置がされている。ちょっと気になっていた新刊のコミックや話題のビジネス本を手軽に買える。

ベストセラー中心なのは仕方ないのかな。もうちょっと品揃えにバリエーションがあると、ちょくちょくよってみたくなるかもしれない。

今回訪ねたいずれの書店も無人で営業していたけれど、書棚をつくった書店員の手触りは感じることができた。本屋は結局人がつくっているんだな。

嶋 浩一郎

クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。

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