本屋さんの話をしよう【第13回】座って本を売ってもいいですか?│嶋 浩一郎

本屋はいつでも僕を笑顔にする!

「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を

開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。

【第13回】座って本を売ってもいいですか?

「バイトさんが座って仕事してもいいじゃない」

アルバイト情報を提供するマイナビが面白い実験を始めました。その名も「座ってイイッスPROJECT」。マイナビの調査によるとアルバイトの23.3%しか座っての接客が許されていないんだそうです。もちろん、厨房で料理をする仕事は座ってできないから、立ったままでも仕方がないのですが、ドラッグストアやコンビニのレジ係なんかは、まあ座っていてもいいんじゃないかとお客の立場からしても思うんです。アメリカの小説や映画に出てくる雑貨店のレジに座った店員が客と気軽に雑談するシーンなんか、逆にフレンドリーでカッコいい感じもしますものね。

このプロジェクト、バイトの働き手不足解消や、雇用環境をより良くする働き方改革などの社会課題を解決しようということで、マイナビさんのチームが「バイトさんが座って仕事してもいいじゃない」という新しいあたりまえを世の中に浸透するために始めたそうなのです。このプロジェクトのためにマイナビが開発したバイト用チェアをドン・キホーテやドラッグストア トモズなどに試験的に配布し、座ったバイトさんに接客してもらって、お客の反応や、お店のオペレーションの状況をフィードバックしてもらい、さらなる改善につなげていくそうです。TBSラジオなどでも取り上げられて、メディアの反響はかなり好意的な感じです。

ちなみに、バイト用チェアはSANKEIというパイプ椅子で有名な会社とデザインから検討して製造したそうで、いろいろな作業をしなければいけないレジスペース向けになるべく小さなサイズにしたとのこと。収納もしやすく、かつ持ち運びもしやすいそうです。そして、バイトさんが座っていても椅子が目立たず、お客からはバイトさんが椅子に座っているように見えないデザインなんだそうです。そりゃ、すごい。いろいろと考えられています。

バイトチェアを導入している本屋があった

で、なぜこの本屋の連載でバイトさんと椅子の話を取り上げているかというと、実験店舗の中に大垣書店 麻布台ヒルズ店が含まれているんです。そして、大垣書店に限らず書店のビジネスってバイトさんによって支えられているところが大きいんですよね。

自分が経営している本屋B&Bでは社員やバイトさんに、レジでは座って接客してもらっています。座っているとレジ打ちだけでなく他の事務作業もし易いですし。でも、大垣書店さんのような大型のチェーン店ではレジは立ってやるっていうスタイルが定着していて、我々お客もそんな接客に慣れてしまっているところがありますよね。「いらっしゃいませ」、「ありがとうございます」なんて立ってお辞儀をされると、あ、この本屋さんは礼儀正しい、社員教育もしっかりされているななんて思ってしまいます。まあ、もともと日本の本屋さんは書皮(ブックカバー)を丁寧につけてくれたり、至れり尽くせりのサービスをしてくるイメージがあるもんだからこういうサービスの所作をついつい求めてしまっていたところもあるのではないでしょうか。

でも確かに考えてみると、レジブースでずーっと立っているのはかなりきつい仕事です。マイナビの調査によると、19.7%のバイト雇用主が「身体的疲労からバイトがやめてしまった経験がある」そうです。今どき、シニアの方のバイトも増えているから、体に優しいバイト環境が整えられるのはリクルーティングのハードルを下げるのにも大事なことです。

ちなみに、大垣書店。バイトチェアは店内に設置されているバーのバーテンダーさんがまず利用しています。トライアルを通じて書籍のレジにも設置を検討するそうです。レジスペースはかなり効率よくスモールサイズに設計されているので、椅子を導入しても、バイトさんが支障なく仕事をこなせるかが課題だったりするようですが、是非、前向きに検討していただき、座りながら本を売るレジを実現してほしいなと思います。

アメリカには雑談用のレジも

ところで、最近レジのセルフ化が進んでいますよね。アメリカのあるスーパーでは、セルフレジの設置によって店員とお客の会話が減ってしまったということで、わざわざ雑談をするためのレジを設けたそうです。一人暮らしのお客にとってスーパーでひとこと店員と挨拶をするだけで、気分良く一日が過ごせるようで、そういう売り場を作ったことがスーパーのブランディングにも役立っているそうです。

日本でも大型書店でセルフレジ化が進んでいますが、本についての雑談OKな有人レジとかが設けられると面白いかもしれませんね。まずは、大垣書店のバーでワインでも読みながら座ったバイトさんと本について雑談してみようかしら。

嶋 浩一郎

クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。

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イラスト◎みずの紘

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