新聞記者として働き、違和感を覚えながらも男社会に溶け込もうと努力してきた日々。でも、それは本当に正しいことだったのだろうか?
現場取材やこれまでの体験などで感じたことを、「ジェンダー」というフィルターを通して綴っていく本連載。読むことで、皆さんの心の中にもある“モヤモヤ”が少しでも晴れていってくれることを願っています。
【第12回】言葉を紡ぐ
世の中は悪くなる一方なのかもしれない…
年末は、しんどいニュースが続いた。
ここ数年、大勢の女性が声を上げ、世の中が少し変わってきている気がしていた。
それなのに、また振り出しに戻った感覚に襲われた。
何をしても世の中は変わらないのかなと思うと、どうにも気力がわかない。いや、悪くなる一方なのかも。今もうつうつとして、キーボードを打つ手がつい止まってしまう。
まずは性暴力事件の裁判だ。
大阪地裁。部下の女性検事に性暴力を振るったとして起訴された大阪地検の元検事正が、無罪主張に転じたと弁護士が明らかにした。初公判では事実を認めて謝罪していたのに。
富山地裁。実の娘への性的暴行の罪に問われた元会社役員の被告が初公判で、「(娘は)抵抗できない状態ではなかった」と無罪を主張した。
娘の福山里帆さん(24)は、父親の逮捕後に実名と顔を出し、活動してきた。
初公判後、福山さんは記者会見でこう語った。
「怒りやら情けなさやら、いろんな気持ちが湧きましたが、最後に残ったのは悲しさでした。どこの世界に父からの性行為を受け入れる娘がいるのでしょうか」
きわめつきは大阪高裁だった。大津市で2022年、21歳の女性に集団で性的暴行を加えたとして強制性交罪に問われた滋賀医科大生の二審判決。一審で実刑判決だった27歳と29歳の被告が、逆転無罪となった。
男子学生らが性的行為を撮影した動画が証拠として残っており、その中で女性は「嫌だ」「やめてください」「痛い」などと言っていた。
ここまで言ってるのに性暴力と認められず、「同意していた」ことにされるって……。
じゃあどうすればよかったの?
どれほど多くの女性が震え上がったことだろう。
あまりに衝撃的な男子学生たちのやり取り
判決内容をおおざっぱにまとめると、こんな感じだ。
強制性交等の罪で起訴されたのは、「四畳半帝国」と名付けたLINEグループでやりとりしていた医学部の男子学生3人。
被害者は、別の大学の女性だ。女友達と2人で飲み会に参加した
事件現場は、二次会をしようと誘われた男子学生のマンションの一室。
女性は、男子学生2人に口や手で性行為をさせられ、性交もされた。
もう一人の男子学生は行為こそしなかったが、動画撮影をし、LINEグループで写真や動画をやりとりしていた。
動かぬ証拠となったのが、男子学生らが撮影した動画だ。
男子学生の言葉がすさまじい。
女性にこんなふうに言い放つ。
男子学生A:「調教されてないなお前。ちょっと、されないとダメやな」
男子学生C:「苦しいって言われた方が男興奮するからなあ」
女性:「嫌だ」
男子学生B:「いいからいいから、続きやって」
女性:「苦しい」
男子学生A:「(苦しいの)が、いいってなるまでしろよ。お前」
女性:「嫌。嫌だ。やめてください」
男子学生B:「やってやって、はい」
これだけで、自分がのどに異物を突っ込まれた感覚になる。
おぞましい以外の言葉が出てこないのだが、高裁の無罪判決がこのやりとりをどう評価したかというと……。
「性行為の際に見られることもある卑わいな発言」
!!!
まさか、「嫌よ、嫌よは好きのうち」とか思ってる?
もしかして裁判長は、レイプ物AVの愛好者なのか……?
わざと相手のいやがることをしたり、人格をおとしめたりする言葉は「プレイの一環」とでもいうのか。いや、SMだって合意で楽しむものなのに。
一審判決が、これらのやりとりを「侮蔑的な発言」としていたこととの隔たりがすごい。
侮蔑以外のなにものでもない、とわたしも思う。
“つくりもののAVを現実だと思い込むポルノ脳”
判決によると、女性は身長150センチ台、体重40キロ台。性行為に及んだ男子学生2人のうち1人は180センチ近く、体重も2人とも30キロ近く重い。圧倒的な体格差だ。腕力も全然違うだろう。
すごく怖かったと思う。「嫌だ」と繰り返しても聞いてもらえず、男たちにあざ笑われるうちにあきらめたんだろうなと想像する。
無罪判決が「同意があった」とした理由のひとつには、女性が笑顔や、男子学生を気遣う様子を見せたことが挙げられている。だが一刻も早く終わらせたいと願い、もっとひどい暴力を振るわれないために、弱い側が相手に迎合することは不思議でもなんでもない。
そして無罪判決は、こう断定している。
女性が被害届を出したのは、男子学生に撮影された動画の拡散を防ぐためだった、と。
だから、あたかも性暴力があったかのように、女性が誇張してウソをついた、という。
「起きてしまった性被害はもう仕方ないけれど、今は動画の拡散防止が最優先だ」と、女性が真っ先に考えたことの何が不自然なのだろう。
また、最初の性行為の際、女性はそのきっかけを覚えていなかったという。
それについても無罪判決は「そんな大事な場面を覚えていないはずがない。だから女性の証言は不自然だしウソかもしれない」と断じている。
「倫理則、経験則に照らして不合理である」とまで言っている。
この裁判官の「経験」って何なのだろう。もしかしてお酒飲んだことないの?
一審は、飲酒の影響や時間の経過によって、女性の記憶が途切れていても不自然ではない、と判断しているが、そちらの方がよほどうなずける。
男子学生らのLINEグループでは、いわゆる「ヤリモク」(性行為が目的)だと思えるやりとりが事件の前に交わされていた。女性との行為を撮影した動画や、使用済み避妊具の写真を共有して、茶化すように楽しんでいた。
おもちゃみたいに女性をもてあそんで、さぞ楽しかったのだろう。
見知らぬ男女が出会ってすぐに性行為を始める。女性は最初「嫌だあ~」などといいながら、あっという間にあえぎ始める……そんなAVはごまんと存在する。
無罪判決を書かせたのは「つくりもののAVを現実だと思い込むポルノ脳」だとしか思えない。
ちなみに一審判決の裁判官は女性3人。二審判決は男性2人と女性1人で、裁判長は男性だった。
米国のネットにあふれた「おまえの体は、俺の自由だ」という言葉
衝撃だったのは、裁判だけではなかった。
昨年11月、日本保守党の代表・百田尚樹氏が「(女性は)30超えたら子宮摘出」と発言した。
自身のユーチューブ番組で少子化対策に関連して述べたという。
「女性は18歳から大学に行かさない」「25歳を超えて独身の場合は、生涯結婚できない法律にするとかね。こうしたらみんな焦る」という発言もあった。
百田氏は「小説家のSFと考えてください」と言ったが、国政政党の代表がこんな女性蔑視を垂れ流していいわけがない。
反対に「(男性は)30超えたら睾丸摘出」と女性党首が発言したとしたらどうだろう。「SFのつもりで言った」と釈明しても袋だたきに遭うだろう。
日本だけじゃない。
トランプ元大統領再選が決まった後、米国では「おまえ(女)の体は、俺(男)の自由だ」という言葉がネットにあふれた。
中絶の権利を訴えるスローガン「私の体は、私が決める」を揶揄した言葉だ。
知識を持ち、医療へのアクセスができる状態で、自分の体のことを自分で決める。
性と生殖に関する健康と権利(SRHR)の根本にある考え方だ。
次期トランプ政権の重要ポストを担う実業家イーロン・マスク氏は選挙中、対立候補カマラ・ハリス氏の支持を表明した歌手テイラー・スウィフトさんに向けて、驚くような投稿をしていた。
〈私は君に子どもを与え、人生をかけて君の猫を守るよ〉
交際しているわけでもない著名な女性歌手に、既婚の子持ち男性が「あんたを妊娠させてやる」とばかりの脅迫めいた投稿をする。
マスク氏の実子の一人ですら「信じがたいほど性差別的だ」と嘆息した。
世界中で女性や性的少数者への差別が爆発している感じだ。
「失望に慣れるのは良くない」
こんなふうに昨秋からウンザリするニュースがあまりにも続いた。
その一方で、凍える屋外で小さなたき火にすがるように、いろいろなイベントも開かれた。
みんな不安でどうしようもなかったのだと思う。
昨年11月中旬、フェミニズム専門出版社・エトセトラブックス代表の松尾亜希子さんらが呼びかけて開催したのは、「私のからだは、あなたが決めない」という緊急のオンライントークイベント。
直前の告知だったのに、500人以上の申し込みがあったという。
イベントで松尾さんは「ニュースを聞き続けて、流そうと思った。でも一晩寝たら失望に慣れるのは良くないと思った」と涙をぬぐって笑顔を見せた。
避妊や中絶について発信を続けるアクティビストの福田和子さんは、恐ろしい文書の紹介をしてくれた。
その名も「プロジェクト2025」。キリスト教系極右シンクタンク「ザ・ヘリテージ・ファウンデーション」が作成した青写真だという。なんと900ページ。次期トランプ政権が採用するのではないかと、世界中のSRHRに携わる団体が強い危機感を持ち、問題視するレポートを出している。
プロジェクトの内容は、中絶薬の郵送禁止や一部の中絶薬の承認取り消し、緊急医療から中絶を外すといった「中絶の制限」から始まり、「あらゆる文書からジェンダー平等やSRHRの文言を消し去る」「性教育をポルノとして禁じる」ことまで盛り込まれている。
信じられない話だけど、ここまでやろうとしているらしい。
どうしてここまで、他者、とりわけ女性の体を支配しようと熱狂するのだろうか。
相次ぐニュースがしんどいのは、自分の気持ちに向き合っているから
このオンラインイベントの中で、「落ち込んでばかりはいられない」と、東京駅前でスタンディングデモをすることも決まった。
12月13日夜、北海道から沖縄まで全国13カ所とも連動して、「私のからだデモ」が開かれた。呼びかけ人は松尾さん、福田さん、哲学者の高井ゆと里さんの3人だ。
凍てつく夜の東京駅前に、集まったのは約300人。
「私のからだは私のもーの!」と参加者が一斉に声を響かせた。
その横でパソコンを広げて原稿を打つわたしの指はかじかみ、取材後には足の指が霜焼けになっていることに気づいた。しんしんと冷え込む空気と、参加者の熱気が対照的だった。
そうだ、わたしは現地には行けなかったが、大阪高裁の無罪判決後には、大阪の裁判所前で抗議のフラワーデモも開かれていた。元検事正からの性暴力被害にあった女性検事も参加し、スピーチしたという。
年の瀬も迫る12月30日には、同じ東京駅前で「言葉つむぐデモ」が開催された。
こちらは、参加者がボードにそれぞれの思いを書いた付箋をはりつけていく、という静かな集まり。
こちらを呼びかけたのは若手アクティビスト。能條桃子さんと福田和子さん、宮越里子さんの3人だ。選択的夫婦別姓の実現を目指して活動する井田奈穂さんの姿もあった。
付箋を書いてボードにはって、参加者とぽつぽつとおしゃべりする。お茶を飲んでいる人もいる。午後の日差しに照らされて、あたりを穏やかな空気が包んでいる。
時折、スピーチをする人も。大阪高裁の逆転無罪について、これまで神戸でフラワーデモを開催していたという女性は「こんな判決はふつうじゃないという声が上げられるようになったことがうれしくて、泣きそうになっている」と語った。
確かに数年前まで、こんなふうに人々が集まる場はなかった。
「言葉つむぐデモ」を呼びかけた理由はなんだろう。
能條さんは「いろいろな不条理なニュースに触れて、今まで蓋をしてきた苦しみが漏れ出した人も多いはず。声を上げられないという人も、安心して語り合えたらと思いました」
福田さんは「気持ちを共有できる優しい場所にしたかった」と話した。
どんな形であっても、自分の思いを言葉にする。その言葉を他人と分かち合う。
相次ぐニュースがしんどいのは、自分の気持ちに向き合っている証左でもある。
「誰かに支配されるのは嫌だ」と自覚できたからこそだ。
そこからすべては始まるのかも。
福田さんのささやくような声が、いつまでも耳に残った。
「みんなが元気になれますように」
出田阿生(いでた・あお)
新聞記者(1997年入社)。東京生まれ。小学校時代は長崎の漁村でも暮らす。愛知、埼玉県の地方支局を経て、東京で司法担当、多様なニュースを特集する「こちら特報部」という面や文化面を担当し、現在は再び埼玉で勤務中。「立派なおじさん記者」を目指した己の愚行に気づき、ここ10年はジェンダー問題が日々の関心事に。「不惑」を超えて惑いつつ(おそらく死ぬまで)、いっそ面白がるしかないと開き直りました。
連載一覧
- 第1回 立派な「男」になろうとしていた私
- 第2回 被害者の声を聞く…それはフラワーデモから始まった
- 第3回 家父長制クソ食らえ
- 第4回 祖母の死とケア労働
- 第5回 「水着撮影会」問題を自分事として考える
- 第6回 ”何かになること”を押しつけられない社会へ
- 第7回 日本社会が認めたがらない言葉「フェミサイド」
- 第8回 アフターピルの市販化を阻むものは何か?
- 第9回 日本人女性の7割がその存在を知らない「中絶薬」
- 第10回 「社会はそんなに不公正ではない」と思いたい人たち
- 第11回 司法の世界にもはびこるジェンダーに対する歪んだ価値観