血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。
保護犬たちの物語【第12話】ゆめ(もうすぐ2歳)
喜代美さんは子どものころからずっと犬を飼っていた。政次さんも高校に迷い込んできた犬や猫を家に連れ帰っていたほどの動物好き。同じ高校に通っていたふたりは結婚して、息子3人の親となった。政次さんは家業の植木職を独立してやっている。
仲良し一家だが、思春期になると男の子は自分の部屋にこもりがちになり、居間にいてもスマホをいじってばかりで、親との会話がぐんと減る。長男が高校受験を迎えるころは、家の中がピリピリしていた。そこで非営利の保護犬団体から迎えたのが、トイプードルのマロンだった。

今は亡き先代のマロン(喜代美さん提供)
マロンは申し分なく愛らしく賢い犬だった。たちまち、一家団らんが増え、家の中が明るくなった。そんなマロンが、やってきて4年、8歳で突然目の前から消えてしまったのだ。心臓発作だった。マロンを溺愛していた息子たちは暗い顔をしてまた部屋にこもるようになり、家の中は灯が消えたようになった。
マロンを迎えた保護団体は、多頭飼育崩壊現場などの行き場のない子やハンデのある子を保護して、治療を尽くした上で譲渡に繋げている。「2匹目を迎えるなら、そこからまた迎えたいね」と政次さんと喜代美さんは話し合った。
ある日、喜代美さんが団体のHPを眺めていたら、なんとマロンの面影のあるトイプードルで、マロンと同じ8月21日を誕生日とする1歳半の女の子がいるではないか。喜代美さんはこの子がわが家に来る運命をつよく感じた。
政次さんと喜代美さんはさっそく、この子とのお見合いを申し込む。
お見合い前日。この子の詳しい譲渡条件を改めてじっくり読んで、喜代美さんは初めて気づく。その子は「生まれつきの全盲」とあった。
全盲……。途方に暮れた。うちでちゃんとお世話ができるだろうか。普通の犬と生活はどう違うのだろう。ネットで調べまくった。
すると、全盲の犬を飼っている人はみな、こう語っていた。「ふつうの犬と変わりません」

やってきた日のゆめ(喜代美さん提供)
「会いに行ったら、もう可愛くって。全盲というのも可愛い個性と思えました」
連れ帰った日は、初めての環境が見えないため、ブルブルと震えているのがいじらしかった。
小学生、高校生、大学生の順に帰ってきた息子たちは、ケージの中にマロンに似た犬がいるのを見て、パッと顔が輝く。
目が見えないことも、「ふーん、そうなんだ」という感じで、息子たちは何の先入観もなく、ハンデ込みで新しい家族を大歓迎し、夢中になった。

いつもみんなの笑顔の真ん中にいる(喜代美さん提供)
彼女は、「ゆめ」という名をもらい、マロンと同じように一家の愛情を浴びて暮らし始めた。
ゆめは、再び家の中にともったあたたかい灯のようだった。

喜代美さんに頬ずりされるゆめ
喜代美さんは、ゆめが暮らしやすいために、ぶつかって危なそうなテーブルを居間から取り払った。そして、ソファーのそばには、上り下りがしやすいようにクッションを置いた。
賢いゆめは、家具の配置をすぐに覚えた。最初のうちはオムツだったが、おしっこシートで排泄することもすぐにマスターした。見えない分、音や匂いから情報を正確に取り入れ、とくに生活に支障は見受けられない。はしゃぎすぎて、ソファーから落っこちたり、ものにぶつかったりすることがままあるのは、ふつうの犬と同じである。

声のする方を真剣に見つめる
散歩も最初は怖がって、同じ場所をぐるぐる回転するだけだったが、少しずつコースを覚え、楽しむようになった。
車や人通りの少ない朝の散歩コースが同じサラくんとは、大の仲良しになり、サラくんに体をぶつけるようにして方向を確かめながら進む。サラくんも心得たもので、ナイトのように並んで歩いてくれる。

サラくんといっしょの毎朝散歩(喜代美さん提供)
初めての場所や初めての人に、ゆめがブルブル震えるのは、目が見えないというより繊細な性格ゆえだろう。やさしく声をかけてやっていれば、落ち着いてくる。ただし、気配で、大きな男の人は苦手なようだ。
「だから、体の大きなボクと長男は、1対1になるのをまだ怖がられちゃうんです」と、ゆめちゃんが可愛くてたまらない政次さんは、せっせと「お父さんはゆめが大好きだよ」アピールを怠らない。
「なんたって、うちの唯一の女の子ですからね、みんなの可愛い末っ子みたいなもんです」と、政次さんは目を細める。

「お父さんはゆめが大好きだよ」
小学生の心雅(ここが)くんは、リュック型ランドセル通学だが、「ゆめをリュックに入れて学校にも連れていけたらなあ」と言うくらい、ゆめと仲良しだ。
息子たちは3人とも、帰宅時は真っ先にゆめに声をかける。「ゆめちゃん、ただいま~」
思春期真っ盛りで、親にはクールな高校生の友雅(ゆうが)くんも、聞いたことのないような甘い声で「ゆめちゃん、可愛いねえ~~」としょっちゅう話しかけている。
大学生の太雅(たいが)くんは、おやつ作戦でせっせと歓心をかっているところだ。

(左から)次男・三男・長男+末娘のゆめ(喜代美さん提供)
喜代美さんは微笑んで言う。
「保護犬やハンデのある子を迎えるって、幸せにしてあげるというのではなく、こっちがしあわせをもらっているんですよね、毎日毎日」
これには、政次さんも大きくうなずく。

「ずっと一緒だよ」
「笑顔と会話、それに一家そろっての食事も増えましたね。息子が3人いれば、イラつくことも大声で怒りたくなることもしょっちゅうですが、ゆめがクッションになってくれて、母親としても穏やかに暮らせてます」と、喜代美さん。
「ゆめには、元気でずっとそばにいてほしい。いてくれるだけでしあわせです」と、政次さん。
両親が、元気をなくした息子たちのために迎えた小さないのち。それは、天国のマロンが采配して巡り合わせた、一家への最高のハッピープレゼントだったようだ。
佐竹茉莉子
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。
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