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子犬や子猫たちに愛情をふり注ぎ、いつもうれしそうに笑っていた犬の穏やかな老境|ハッピー(19歳)

2023年1月31日

血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。

保護犬たちの物語【第4話】ハッピー(19歳)

薪ストーブのそばでうとうとしている、見るからに気のいい薄茶の雑種犬は「ハッピー」という名をもっている。
この里山で小さなオートキャンプ場を切り盛りしている飼い主の麻里子さんが、彼女をこの里山に迎えた日につけてやった名前だ。
「毎日、この里山じゅうに響き渡るように『ハッピー!』と叫んだら、どんなに気持ちいいかしら」と思ったからだ。
数年前までは「ハッピー!」と呼んだら、どこにいてもすぐ、シッポを振り振り飛んできた。
キャンプ場にやってきた子どもたちが「ハッピー!」と呼んでも、うれしそうに飛んできた。
たいていは、裏庭や山裾の小道で遊ぶ猫たちのそばで笑っているハッピーだった。
フレンドリーで気のいいハッピーは子どもたちに大人気で、別れ際に「帰りたくない」と泣く子も一人や二人ではなかった。

犬にも猫にも人にも愛されるハッピーと、最愛のサチ

小さな里山ひとつが、長平さんと麻里子さん夫妻の敷地だったから、猫たちの遊び場はたくさんあった。猫たちはみな、持ち込まれたか迷い込んだかの、路頭に迷っていた子ばかりである。
新入りを先住保護猫の若手が面倒を見るという、猫社会の本来のルールがここでは脈々と受け継がれている。だから、みんな仲良しだ。
朝ごはんを食べたあと、猫小屋の扉が開くと、一斉に外に飛び出し、夕方「ごはんよ~」と呼び戻されるまで、思い思いに過ごす。
台風で裏山から倒れ込んだ大木もアスレチック代わりにしてしまった。木に登れないハッピーは、それを木の下でニコニコと眺める。

台風で倒れた大木で遊ぶ猫たちに付き添う

そんな春秋がいくつも過ぎて、いつしかハッピーは犬猫たちの中で最古参となっていた。

いま、「ハッピー!」と麻里子さんが大声で呼んでも、その耳はもう自分の名を聴き取れない。目もほとんど見えなくなった。食欲もあって、鼻先はツヤツヤとしているが、もうすぐ推定19歳になろうという老齢である。
原っぱに出ていく数段の石段をもう上がれない。原っぱに出たいときは、石段の下で、麻里子さんが抱きかかえて石段を上らせてくれるのを、じっと待っている。

老いた母を心配そうに見上げる娘のカナ

心配そうに付き添う娘のカナも、もう16歳間近の老犬である。若い頃は母の愛が重すぎて遠ざけていた娘だったが、このごろは老いた母のそばにいることが多い。

ハッピーがやってきて16年。その間、何匹の犬猫たちを迎えてきたことだろう。
わけあってやってきた日の、どの子の姿も、麻里子さんには忘れがたい。
その子たちが安住の地を得て、うれしそうに遊び始める姿を思い出すときは、そのそばにいつもハッピーの笑顔があった。

若々しいハッピー、8歳くらいのころ

ハッピーは、村内をさまよっていた犬である。捨てられたのか、迷ったのか、16年前のある日、近くの保育園にお腹を空かせたガリガリの風体で迷い込み、居ついてしまった。飼い主も見つからず、譲渡希望者も現れず。
見るに見かねた麻里子さん夫妻が引き取ったのだった。
当時2~3歳と思われた。穏やかでやさしい犬だった。

そのあとすぐにやってきたのが、サチだった。全身まひの子猫で、町なかで拾った人が困って持ち込んできたのだ。
麻里子さんも困ってしまったが、手足を突っ張ってブルブルしている子猫に、麻里子さんはたまらない愛おしさを感じた。抱き上げて、頬寄せて話しかけた。
「今日からキミもここの子よ。名前はサチ。しあわせになろうね。ハッピー、子育てのお手伝い、お願いね」

そばにいたハッピーは、その言葉をしかと聞いた。
はいずり回るサチの後を日がな一日心配そうに追う。頭を顔を背中を、べちょべちょになるまで舐め回す。お世話をしているつもりなのだった。
サチが自分で毛づくろいできない場所がよくわかっていて、念入りにマッサージをしてやるのも日課だった。

「サチが寝ているから、静かにね」

歩けなかったサチが壁に沿って歩く練習をし始めると、心配そうにそばで見守り、パタンと倒れると「サチや、大丈夫かい」とばかり駆け寄った。
「ハッピー、サチをお願いね」と頼んで、麻里子さんは忙しい一日をくるくると使いこなすことができた。

「サラ」という長毛雑種のワケアリ子犬がやってくると、愛情はサラにも降り注がれた。
あるときから急にサラを遠ざけるようになったと思ったら、ハッピーはすでにお腹に子を宿していた。避妊手術をしようとしていた矢先だった。
丸々とした2匹の子犬を産んだハッピーの愛情はわが子に注がれたが、サチへの愛情は別物で変わらなかった。サラは「もう自立しなさい」ということだったのだろう。

マナとカナを出産した後のお母さん時代(麻里子さん提供)

ところが、目に入れてもいたくない息子のマナと娘のカナは、少し大きくなると、愛情を浴びせる母親をうっとうしがるようになった。持て余したハッピーの愛情は、再びサラに向かい、サラは大きくなっていたのに大喜びで甘えた。

ハッピーの愛情が戻り、甘えるサラ

里山には、その後も、身寄りのない子猫たちが持ち込まれてきた。長平さんは増えていく保護猫たちのために頑丈な猫小屋を母屋続きで建ててやっていたから、できる限りは受け入れてやれた。

ハッピー以外の犬たちはみな外では繋がれていたが、猫たちの見守り役で人畜無害のハッピーだけは、繋がれることなく暮らしていた。
ハッピーが裏山からくわえてきた子猫もいた。ウブと名付けられたその子猫をハッピーは、まるで「私の赤ちゃん」というふうに溺愛した。

自分で見つけて保護してきたウブ

ハッピーは、いつも機嫌のいい犬だったが、自分より弱く小さな誰かのお世話をしているときが、とりわけしあわせそうだった。
三毛猫のライムも、白黒のゴローも、茶白長毛の謙治も、茶白の福も、みんなハッピーの愛情シャワーでべちょべちょにされる洗礼期間を経て、たくましい里山の子になっていった。たっぷりと愛された子たちは、あとからやってくる子にもやさしかった。

捨て猫だった福は、3年前にやってきた

だが、動物たちの一生のサイクルは短い。保護される前に体にダメージをもっていた子はことにそうだ。
マヒをもつ子の一生は、他の子より短い。誰よりも可愛がったサチの容体が刻一刻と悪くなっていくのを見守るしかないハッピーの顔には、いつもの笑みは消えていた。

サチのそばから離れない

3年前の5月に、サチが旅立った後、ハッピーは一気に老いていった。
2年前には、サチのことが大好きだったゴローも、サチの後を追うように逝ってしまった。

去年、息子のマナに先立たれたことを、耳も目も悪くなったハッピーがどの程度理解したのか、麻里子さんにはわからない。
「息子の死を理解できてないとしたらかわいそうだけれど、理解して嘆き悲しむよりはよかったのかな」と、麻里子さんは思う。
「ハッピー」と耳元でささやいて撫でてやるときに、口元に浮かぶ微笑を見ると、何もかもわかってすべてを静かに受容しているような気もする。

ハッピー19歳、麻里子さんとふたり、微笑みあってるよう

犬猫たちが眠る墓地は、みんなが遊び回る原っぱを見下ろせる敷地内の丘の上にある。
墓碑銘には、こう記されている。

「深い愛をありがとう」

18年前、夫の実家の里山をふたりで開墾して、小さなキャンプ場とカフェを手作りし、切り開いた新生活だった。がむしゃらに働き続けるなかで、路頭に迷うのを見ないふりができずに受け入れてきた犬や猫たち。
彼らが、大自然の中で一日一日をあるがままに充足して生き、いのちも愛も大きく巡っていくことを教えてくれた。

ハッピーの笑顔がみんなを幸せにした

キャンプ場の運営を受け継いでもらう若い人はもう決めている。
縁あって巡り合い、家族となってこの地でいっしょに過ごすことになった犬猫たちを、最後の1匹まで順番に空に送り届けるまでは、元気でいなきゃと思う。

「ハッピー、楽しいことも悲しいことも、ほんとうにいろんなことがあったね。たくさんの子たちのお世話をありがとうね。お疲れさま。これからはお互い、少しのんびり生きようね」
やさしい笑顔で、ハッピーが見つめ返す。里山には、また春が巡ってくる。

佐竹茉莉子

フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。

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