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トラばさみの罠にかかって前脚先を切断 今は飼い主さんの愛に満たされ義足で大地を駆ける!|富士子

2023年1月17日

血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。


保護犬たちの物語【第3話】義足の富士子

富士子は、推定年齢9~10歳。ミックスの雌犬である。茶色とこげ茶と白の混ざった毛並みで、穏やかな目をしている。
右前脚に長ソックス風のものを履いているのは、脚先が欠損しているための義足の装填だ。使っているうちに義足の先端が傷んでしまうので、地面につく部分はゴムボールを半分に切ったものをかぶせてある。

義足をつけ、凛として胸を張る

今日は、お母さんの響さんとお父さんと同居犬3匹と、一家総出で神奈川県の河川敷にあるスポーツ広場にやってきた。たくさんの犬が集まっているのは、アジリティーが開かれているからだ。
アジリティーとは、人と犬がコミュニケーションをとりながら、さまざまな障害物をクリアしてタイムを競う競技である。今日は本格的な競技大会ではなく、同居犬がレッスンを受けているルモンドドッグスクール開催の、年に一度のお楽しみアジリティー大会なのだ。
空はからりと青く、顔見知りの犬もたくさんいて、富士子たち4匹はご機嫌だ。

早起きしてやってきた河川敷土手で

富士子は、お父さんといっしょに、最初のプログラムでアジリティーを楽しんだ。富士子もお父さんも正式にアジリティーを習っているわけではないが、お母さんと同居犬の練習などをそばで見ているので、参加させてもらったのだ。
お父さんの懸命なリードで、ハードルを飛び越え、トンネルをくぐる。楽しくて楽しくてシッポをブンブン振りながら。
富士子の脚への衝撃を考慮して、ハードルのバーは地面に置いてあるが、富士子は後ろ脚を高く上げて、ジャンプした。自分の脚を使って、富士子がアジリティーを全身で楽しんでいるのが、響さんにはうれしい。

アジリティーを楽しむ富士子(響さん提供)

最初の犬は被災地から

響さんは、子どものころに捨て犬を拾って飼っていた。
「拾ったといっても、記憶はないんです(笑)。母が商店の前に私をのせたベビーカーを置いて、買い物をして戻ると、その間に私が手なずけていた野良犬がいて、家までついてきたそうです」

結婚後も、またいつか犬と暮らしたいと思っていたが、「買う」という発想はなかった。
2011年の東日本大震災の後、被災地に取り残された犬たちの世話などのボランティアに何度か通った。
「まり」は、被災直後に生まれ、すぐに捨てられていた子犬だった。その子を引き取ることに決めたが、極度の怖がりで、人も外の世界もまるでダメ。散歩に連れ出すことすらできず、どうしようと途方に暮れた。
救いは、まりは犬が大好きということだった。

被災地出身、11歳のまり

「そこで、まりと同じくらいの体格で、遊び相手によさそうな子を探し、飼い主を亡くして譲渡先募集中だった蘭丸を、まりが来た翌年に迎えました」
周りの誰もが「2匹目も手を焼く子だったら、大変なことになる」と大反対。
それを押し切って迎えた蘭丸は、運動大好きのボーダーコリーの特性を持ち合わせていない肥満体で、3分歩いたらへたり込む。だが、まりとすぐ仲良しになって、追いかけ合って遊ぶうちに、ふつうの体格になった。

蘭丸(左)と、まり

蘭丸は天真爛漫すぎて抑えがきかないため、「シープドッグ」という牧羊犬講習会で問題行動の矯正を始める。怖がり克服のため、まりが始めたのがアジリティーだった。2匹とも、たくさんの犬と触れ合ううちに、フレンドリーで穏やかな犬になっていった。
アジリティーやシープドッグで知り合った飼い主たちはみんな多頭飼いで、楽しそうだった。響さんは、「自分がケアできる範囲の障害を持つ犬。できれば茶色の女の子」を迎えたいと、3匹目を探し始める。

罠にかかり大けがをしていた子

保護直後の富士子。右脚先は骨のみになっていた(響さん提供/画像は加工してあります)

2017年に出会ったのが、富士子だった。四国の山中での発見時の詳細は不明だが、赤い首輪をしていたので、捨て犬か迷い犬だったのだろう。
山中で、ワイヤーロープ状の「くくり罠」と、脚を挟み込む「トラばさみ」の両方にかかっていたと思われる(トラばさみは鳥獣法で違法である)。

体のあちこちの傷から想像すると、長いこと山中を放浪した末に、空腹のあまり、害獣除けの罠にかかったようだ。
逃れようと必死で罠をかじったのだろう、歯は擦り切れてほぼなくなっていた。トラばさみにかかった右脚先は肉を失って骨が露出。後ろ脚も脱臼していた。耳の切り傷や脚の筋状痕は今も残り、どれほどもがいたのかがよくわかる。

前脚に残る、筋状の痕跡

飼い主の見つからない傷病犬ということで殺処分になる寸前の富士子をセンターから引き出したのは、愛媛県で保護活動を続ける「幸呼(ここ)の会」だった。富士子は座ることも歩くこともかなわず、寝そべり状態のままだった。
センターから引き出しても、このケガでは死んでしまう。幸呼の会ではどうにかして命を繋ぎたいと奔走し、東京に移送して一般社団法人「はーとinはーとZR」にバトンタッチ。「ラン」と呼ばれ、右前脚先切断の手術を受けたのだった。
そして、響さんの元へ。
「はーとさんでランという名だったのは、走れるようになってほしいとの願いからと聞きました。それを聞いて感動したのですが、蘭丸と名前がかぶってしまうので、富士子とつけたんです。日本一の富士山のように、どんなことでもいいから日本一になってほしいと」

家にやってきた日の富士子(響さん提供)

義足をつけ、歩みを取り戻した富士子

トライアル終了後、富士子を歩かせてやりたいと、響さんはすぐに動物専門の義肢装具士に、右前脚の義足を注文した。義肢を嫌がってつけない子もいると聞いたが、富士子は嫌がらずにつけてくれた。
「義肢を付けた前脚先を初めて床に着けたとき、最初の一歩を踏み出したとき、初めて階段を下りたとき、そして初めて走ったとき。すべての瞬間の、パッと輝いた富士子の顔をはっきりと覚えています」

富士子の瞳は命の輝きそのもの

大きな犬が苦手な富士子が、先住犬たちに打ち解けたのは、シープドッグの先生が、「3匹一緒に連れてきて遊んでみませんか」と誘ってくれたおかげだった。
3匹の生活が平和に続いていた頃、アジリティーで知り合った人が「保護犬に理解があって、アジリティーをしてくれる譲渡先」を探していた。その「玄二郎」を迎えたのは、2020年のこと。富士子たちとは難なく仲良くなり、家はいっそうにぎやかになった。

玄二郎とともに、お母さんに甘える

富士子はもう、ごくふつうの犬

昨年、響さんは富士子を連れて、センターから引き出し後の富士子を預かり、東京に送り出してくださった「幸呼の会」の宇都宮さんに会いに行った。
宇都宮さんが最後に見た富士子は、座ることも歩くこともできずに寝そべっていた姿である。
「富士子が立っている」「富士子が歩いている」と、涙を流して喜んでくださった。

命の恩人、宇都宮さんと再会(響さん提供)

響さんは言う。
「富士子の命は、たくさんの方のあたたかい手で繋げられました。そして、障害など何も気にしない犬仲間に迎えられて、一緒に遊んだり走ったりの日々を送っています。犬は犬同士で自然に互いを感化し、補い合う。私も、富士子を『元保護犬』とか『障害を持った犬』という目で見ていません。つらい目に遭ったけど、今はごくふつうの犬なんです。蘭丸たちは『なんで富士子だけお母さんによく抱っこされてるんだ?』と思っているかもしれません(笑)」

富士子が見上げる瞳の中に、青い空と大好きな母さん

13歳と高齢になってきた蘭丸にとって、長旅はこれからきつくなっていくと思われるので、昨年は、4匹の思い出作りに、北海道から九州まで、アジリティー大会に出場する旅を何度か楽しんだ。
富士子は、山をさまよっていたときに、自給自足で狩りをしていたのであろう、自然豊かな風景が車窓から目に入ると、興奮して鼻息が荒くなる。それだけが、野犬時代の名残の富士子である。

ちょっと寒いけど、いい天気! 笑顔の富士子

響さんの富士子への願いは、ただひとつ。
「これからも元気で、仲間たちと生を楽しんでほしい」ということだけだ。

佐竹茉莉子

フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。

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