本屋はいつでも僕を笑顔にする!
「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を
開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。
【第6回】あの書店のあのフェアがすごかった!
GWが明けるとコロナが普通のインフルエンザと同じ扱いになるというわけで、僕が本屋B&Bを運営する下北沢の人出もここ一ヶ月の間にグーンと伸びてきました。中にはわざわざ地方から来てくれるお客さんもいらっしゃって、ほんと嬉しい限りです。東京に住んでいる人も、とにかく外に出て過ごせる日々が帰ってきたのが待ち遠しかったんでしょうね。コロナ禍のど真ん中のひどい時にはお店にまったく人がいないなんてこともあったりしましたが、今はレジ前に数名が並んでいただける状況まで復活しました。お店に来る人たちの表情も明るいですよ。本屋としてもやる気がでます。
そんなわけで本屋にかぎらず、ブラブラと町歩きをしたい人もふえてくるんだろうなと思い、街歩きが楽しくなる、街歩きに新たな視点が加わるような本をセレクトしてGW中にミニフェアを開催していました。「そんな街歩きがあったのか!」って切り口で。
散歩におけるマイルール
僕自身も散歩が大好きです。普段降りない駅までわざわざ行って駅ちかくの商店街を徘徊し、本屋や古書店を見つけては本を買い、ピピンときた喫茶店でビールを飲みながら本を読むんです。とくに目的もなく街を歩き回る午後を過ごすなんて最高の贅沢です。
僕は何にしろ情報量多めが好きなのですが、散歩の時はその街について知らないことを3つ見つけたらおひらきというマイルールを作っています。たとえば、高円寺の南口。ルック商店街やパル商店街なんかを歩いていると、昔は畳屋さんだったり魚屋さんだったりした店がいま飲食店や古着屋さんにとって変わっていることに気づきます。大型店の出店や、商店街のお店の方の高齢化などの事情があって、お店を若い人たちに売り出したり、貸し出したりしているんでしょうね。それで、カフェができたり、古着屋さんができたりしている。
でもこまめに街を観察すると、商店街にたくさん古着屋がうまれると、今度は古着屋さんが差別化のために、コーヒー豆を売ったり、家具を売ったり……。一周回って再び「商店街」になっていたり。そんな、自分なりの発見を3つしたら、ビールで乾きを癒して帰宅の時間です。
独自の視点で街歩きをする人たち
僕はマーケティングの仕事をしているので、街を見る目がついつい生活者観察になってしまうところもあるかもしれませんが、世の中には面白い視点を持って街歩きをしている人たちがたくさんいます。彼らはいろいろ本を書いています。
その代表が現代美術作家の赤瀬川原平さんをリーダーとする路上観察学会。彼らは1970年代に主に東京の街を歩き回り、なんらかの事情で、もともとの存在意義を失ってしまった建築物を採集したんです。たとえば、階段があるけど、その先は壁みたいな構造物とか。二階の壁にドアだけついていて、そこから出てきた人は飛び降りるしかないじゃんみたいな建物とか。
最高なのは、赤瀬川さんがそれら一見無意味な構造物を「トマソン」と名付けたこと。トマソンというのは、当時読売巨人軍がものすごい高額年俸でアメリカから招いたのにもかかわらずまったく活躍できなかった選手の名前です。「なんの役に立つのかまったくわからない」というところが、彼らの観察対象である建築物と共通していたわけですね。
ちくま文庫の『超芸術トマソン』にはこれら路上観察学会の活動方針や、彼らが街歩きで見つけ出した数々のトマソンが記録されているわけです。さすがに、この本に載っているトマソンも刊行から数十年がたった今なくなってしまったものも多いのではないでしょうか。
本当の異次元を感じる『電線の恋人』『片手袋研究入門』
そんなわけで、比較的最近刊行された散歩の時に持っていると異次元の視点が持てる本をセレクトしてフェアをやっている次第です(最近、いろいろ異次元のなんちゃらというのがあるけれど、こういうのが本当の異次元だと思う)。たとえば、TBSラジオで昼のワイド番組のDJもはじめた石山蓮華さんの『電線の恋人』なんて本を押し出しています。
石山さんは文筆家なんだけど、電線愛好家という肩書きも名乗っていて「タモリ倶楽部」にも電柱好きとして出演したくらいの電線マニア。電線を地中に埋めて景観を復活させようという動きも世の中にはあるのですが、彼女は複雑に絡み合った電線がある風景を日本ならではの風景として捉え、その愛で方をいろいろと伝授してくれます。この本を読んだら明日からの散歩が楽しくなりそうでしょう? 商店街を歩いたら店も覗かなきゃいけないけど、空も見上げなきゃいけなくなりますよ。
その他、石井公二さんの『片手袋研究入門』なども並べています。著者によると、街には片方の手袋だけが忘れ去られている状況が意外に多いのだそうです。この本が出されたのは去年のことだったんですが、自分はその主張を読んだ時「ほんとかよ?」と疑いの気持ちをいだいてしまったのですが、その後街を意識して歩くと、一ヶ月の間に3つの片手袋を発見したんです。
この本ではその片方だけでは何の役にも立たなくなった手袋、置き去りにされた手袋から、街に住む人々の気持ちを読み取るんです。拾った人が「この手袋、落としてますよ。気がついてください」っていう親切心から、片手袋をガードレールの柱のところに、あたかも手を振ってるように配置してくれていたり。きっと多くの人は、その状況を説明されないと気づかないんですけどね。忘れられた片手袋から、荒んだ都会に息づくヒューマンな心を読み解く。街歩きにもこんな視点が欲しいものです。
『街とその不確かな壁』と一緒に買った一冊とは
前置きがが長くなりすぎましたが、今回は本屋のフェアについて書こうと思っています。フェアって、既刊本にスポットライトを当てる本屋さんの工夫なんですよね。日本は年間6万冊も本が刊行される国なんです。それ自体はすごくいいことだと思うんですが、その出版点数を流通させていくために、街の本屋さんはどうしても新刊書を重視する商売になってしまうんですね。既刊本は次々返品して行かなきゃいけない。
でも、いい本は、刊行年数がたったとしても買える状況にしておいて欲しいし、本屋としても売っていきたいものです。書店が行うフェアは各書店なりに、既刊本を読むきっかけを作る大袈裟にいえば挑戦なんですよ。
フェアというと、今は村上春樹さんの待望の新刊『街とその不確かな壁』が発売されたタイミングなので、村上春樹さんの旧作を揃えているお店が多いですね。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は1985年の作品ですが、新刊とストーリーが絡み合っているのではないかということで、多くの本屋で新刊の横に並べられていました。
スペースに余裕のある本屋さんでは他の村上春樹の既刊本や彼が翻訳した本を並べたり、「BRUTUS」がとりあげた村上春樹が影響を受けた本なども集めてフェアを開催していますね。僕も、そんなフェアの台から彼が影響を受けたという『悪童日記』の著者アゴタ・クリストフの自伝『文盲』を、『街とその不確かな壁』と一緒に買ってしまいました。
また、僕は全ての本屋はセレクトショップだと思っているんです。だって、どこの本屋さんで買っても村上春樹特集の「BRUTUS」は同じ本ですものね。本屋さんの腕の見せ所は同じ本をどうやってプレゼンテーションするか。
その技の一つがフェアだとも思います。村上春樹が影響を受けた本っていう、切り口がなかったら、村上春樹の新刊が話題になっているというタイミングじゃなかったら、『文盲』は僕に読まれなかった本になっていたかもしれません。
個性的なフェアをやる本屋、伊野尾書店
そして世の中には面白いフェアをやる書店がたくさんあるんですよ。ちょっとした変化球を投げてくるみたいなね。
面白いフェアをやる本屋として尊敬していたのが、もうなくなってしまいましたが札幌のくすみ書房でした。「なぜだ!?売れない文庫フェア」なんて銘打って売り上げの少ない文庫を並べて売ったり。これは、ベストセラーばかりに目がいく世の中に対するアンチな視点の提示ですね。それから、かなりおせっかいなタイトルだけど「中高生はこれを読め!」みたいな本棚が店内にあったり。フェアはその本屋のキャラクターがにじみでますね。出張で札幌に行った時は必ずお邪魔していました。
そんな個性的なフェアをやる本屋さんはいくつかあるのですが、一つ選ぶとすると東京、新宿区の西武新宿線と地下鉄大江戸線の中井駅からすぐの街の本屋「伊野尾書店」がピカイチではないかと思います。
この「伊野尾書店」、プロレス好きの店長伊野尾さんが店内でプロレスを開催しちゃったり、とにかくやることがおかしい本屋さんなんです。プロレスを店内でやるって話を聞くとスペースのある書店を想像する方がいるかもしれませんが、私鉄沿線のこじんまりとした本屋なんですよ。雑誌や学習雑誌が店頭に置かれいて、ほんの数分で店内をグルっと回れてしまうような店です。限られたセレクトの中に文芸やノンフィクションなどその選書に店主のセンスが垣間見れます。
そんな伊野尾書店の繰り出すフェアがこれまた最高なんです。僕の記憶にのこっているフェアは「後味の悪い本フェア」でしょうか。たしか15年ほど前に開催していたはずです。最初、こんなフェアで本を買う人いるのかなあ?と思ったのですが、インターネットが登場して誰もが一直線に正解にたどり着きたい世の中で、結論が出ずになんだかモヤモヤする本が意外に意味を持つ時代になったんじゃないかなと考え直したりしました。
中華料理屋の店主がすすめる意外な書籍
その伊野尾書店が、年に一回になるのかな、「中井文庫+」という小さな文庫サイズの小冊子を発行しています。中には伊野尾書店がある商店街の美容室の美容師さんや中華料理屋の店主さんが、伊野尾書店ファンの版元の営業さんや作家さんと並んでおすすめの本を紹介しています。そして、店頭には彼らのおすすめの本がフェアとして並べられます。
僕はそのフェアが開催されているのを知らずに伊野尾書店に立ち寄って、何冊か気になる本を買って、レジ横においてある「中井文庫+」をもらって店を出て、近所にある昭和の香りがする喫茶店でビールを飲みながら「中井文庫+」に目を通していたんです。そしたら、それが新聞や雑誌に載る書評と違って面白かったんです。
高校生のやるビブリオバトルのおすすめともまた違う感じで、市井の人がそれぞれの立場でおすすめ本を紹介しているわけです。中華料理店の方は普段あまり本を読まないことを告白しつつも、最近影響を受けた本として実業家としても活躍するホスト・ローランドの『俺か、俺以外か。ローランドという生き方』を挙げていたんです。ビールの勢いも手伝って、自分もこのホスト本を読んでみようと思って再び伊野尾書店に出向いて『俺か、俺以外か。ローランドという生き方』を購入。再び喫茶店に戻って一気に読了してしまいました。まさに、フェアがなければ手にしなかった本。
「眠っているのではない。ただ、まぶたの裏を見ていただけ」
喫茶店で読んだホストの言葉。うなづいてしまったなあ。
自分だけだったら見つけられなかった本を教えてくれた伊野尾書店に感謝した1日でした。そういえば、その店主がいる中華にも行けばよかったなあ。ラーメン食べたい。
嶋 浩一郎
クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。
連載一覧
- 第1回 本を「地産地消」で楽しむ
- 第2回 書店における魔の空間
- 第3回 待ち合わせは本屋さんで
- 第4回 絶滅危惧種、24時間営業書店を応援したい!
- 第5回 本屋の後はカレーかサンドイッチか それが問題だ!
- 第6回 あの書店のあのフェアがすごかった!
- 第7回 完全に振り切れた大阪の本屋、 波屋書房のすごさとは?
- 第8回 地野菜と外国文学の未知との遭遇
- 第9回 無人店舗で本を買う
- 第10回 「この本、読み忘れていませんか?」痒いところに手が届く盛岡の本屋さん
- 第11回 出張帰りにゴルゴに感情移入を
- 第12回 本は見るもの触るもの
- 第13回 座って本を売ってもいいですか?
- 第14回 本を読みながら飲む最高のビールに出会ってしまった話