2023年M-1グランプリにて、初代王者・中川家以来のトップバッターで優勝という、圧倒的強さを見せつけた超新星・令和ロマン。ボケを担当し、自他ともに認める「お笑いオタク」の髙比良くるまが、その鋭い観察眼と分析力で「漫才」について考え尽くします
【第5回】「会場に発生していた2つの不運」M-1グランプリ 2023を振り返る
コレカラをご覧のみなさん。くるまです。
2023年12月24日 22時05分頃。
漫才を過剰に考察していたらM-1グランプリ第19代王者になってしまいました。
まず19組もいることが衝撃ですよね。19組て。島の小学校だったらキャパオーバーですよ。
当連載ではさすがにあの夜の内訳を記さねばなりませんね。元々公開されていた決勝1本目の動画が、さらに大衆の目に触れやすく公開された今が頃合いかと。まあ既に様々なメディアで語ってる部分もありますが、基本的に誇張されたり改変されたり、周りの発言を立てるために乗っかってるだけだったりするので、ここに一粒の史実を残し、漫才ジャンキーたちに与えたいと思います。
―2023年12月24日 20時1分頃―
―ドロポスター浜田さん「かべべべ」―
まず大会を一言で表すなら「笑神籤の下振れ」ですね。完全抽選が故のアンラッキー。「なんで重かったんだろう?」ってそりゃこんだけ悪い香盤になったらしゃあないですよ。あ、オズワルドさんはラジオで言ってくれてましたね。「令和ロマンがトップバッター、良かったのはそこまで」。
その通りで、僕らがトップなのでMCも兼ねてツカミたっぷりの話しかけしゃべくりをやった訳ですが、そこからシシガシラ・さや香・カベポスターのしゃべくり3連発。そしてマユリカ・ヤーレンズ・真空ジェシカの漫才コント3連発。極め付けにダンビラムーチョ・くらげ・モグライダーのシステム系漫才3連発。
なんじゃこりゃ。3連発すぎるでしょ。バックスクリーンじゃないんだから。ライブだったら絶対有り得ないですよ。敬称略ですよ。
だって構造が似てるってことは、その分内容も似やすいし、比較しやすい。それって審査員にとってはすごくいいことなんですけど、「お客さんの審査員化」にも一役買っちゃう。
しゃべくりだったら後半にかけて喧嘩っぽいボルテージになっていくなあ、とか、漫才コントなら伏線回収したとか、大喜利してるなあとか、システムなら、あーこういう風な展開をしていく漫才なのねー、とか思っちゃう訳ですよね嫌でも。これもはや「漫才大全」って本を配ってるようなもんですよ。もっといえば「漫才学 〜かけ合いにおけるコミュニケーションの全て〜」みたいな新書の感じ。第1章「しゃべくり漫才とは」じゃないんですよ。楽しむ客席に学問を与えたら教室になっちゃうだろうが。
その最悪の比較合戦の全てにデバフをかけてしまったのが、僕らでした。
話は戻りますけどトップでやった「少女漫画」というしゃべくり、これは漫才コントが例年より多いため、ネタかぶりを避けるべくどっちもできる僕たちがしゃべくりに移動するという、全体の利益を考えての選出でした。結果は大成功。トップバッター歴代最高点、ごちそうさまです。さあ!みんな頑張れ!と思ったら比較大会。それによって、僕らがあっためるためにやってた前説感とか、随所に入れたアドリブ感が、逆に他の組の台本感を際立たせてしまったのです。台本感って嫌な言い方しちゃいましたけど、良く言えば「仕上がり」ですよね。本来は「仕上がってる」と捉えられてきた隙の無さが、ちょっと俯瞰で見てしまってるが故に冷められてしまったかなと。マジで望んでた結果じゃないなー。なので完全に「計算ミス」です。僕の計算通りだと報じるメディアは全て虚構新聞です。
―2023年12月24日 21時30分頃―
―ともしげさん「緊張って言うぞ…緊張って言うぞ…!」―
アンラッキー出版が新書を刷りまくってる最中、それを強制的に受け取らされる観覧のお客様方、彼ら彼女らにも別の不運が訪れていました。
ひと昔前なら決勝の観覧はコアなお笑いファンではなく、準決勝でウケても決勝ではウケない、ということが多かったですが、M-1サポーターズクラブの会員が出席するシステムになると環境は一変。決勝にもお笑いファン増え、準決勝のように決勝がウケやすく、演者とってやりやすい状況へと変わりました。
しかしファンが増えるということはその分ネタバレも起きる。決勝観覧のプラチナチケットが当たるかも分からないので準決勝はもちろん現地もしくは配信で視聴する。結果、決勝では既に知ってるネタを見ることになってしまう。M-1を好きすぎるが故に、M-1を好きすぎない人よりM-1を楽しめない、というジレンマですね。
これは準決勝以下でも起きていて、準決勝のチケットが取りづらいから準々のネタはとりあえず見ちゃうし、準々も行けるか分からないから3回戦を、といった風に連鎖することで、年々1本槍で挑んでくる新星(カミナリさんやおいでやすこがさんなど)が決勝まで突き抜けるというケースが減っています。
このネタバレ問題に加えて、そもそもお笑いファンが追いかけなきゃいけないコンテンツの氾濫問題も発生中。昔は劇場とほんの少しのテレビ、くらいだったのが今やYouTubeに自主ラジオ、ネット番組にお笑い雑誌、漫才過剰考察とかいう謎のコラムなど大量発生しており、お笑いを楽しむには お笑い"しか"見る時間がない、というポスト(旧・ツイート)が散見されます。
それによってお笑い以外のカルチャーを使ったボケへの反応が年々薄まってきているように私は感じています。ただでさえコロナ禍で居酒屋やカラオケなどの「あるある」も効果が薄まってる中、さらにスポーツやドラマなどの文脈が理解されづらくなっているなと。もちろん個人差はありますが。一方でネットミーム化してるものは素早く吸収して理解してくれる。ゆっくりご飯食べる時間はないからウィダーinゼリー(現・inゼリー)で済ませて出社してってるような感じですね。
そんな限界の状況に、BAD 笑神籤が加わった結果、コップから水が溢れた。お笑い学会と化した客席は、芸人へのリスペクトを抱いたまま、粛々と漫才を見守る団体のようでした。
―2023年12月24日 19時47分頃―
―浜中さん「あ、暫定席にお水置き忘れたなあ」―
そんな大好きだったM-1の緊急事態。
なんとかここから最終決戦を盛り上げて、なんとか解決せねばと大慌てで脳フルドライブ回転。残弾は3つ、全て漫才コント。1つは準決勝でやった2人ともコントに入る芝居の要素が多いネタ。ダメだ、準決勝の時点であんま理解してもらえてなかった。もう1つはABCの最終決戦でやったネタ。こっちも2人コントインだがケムリが若干客観的でツッコミ度が高い。回収っぽいとこもある。いや逆にダメだ。この分析ムードでそういうテクニックはむしろ冷める。もっと簡単なやつ。あった!最後の1発!2021準々決勝で落ちてから技術面削って寄席用にバカバカしいボケ足してテンポ落としたネタ!これならギリギリ分かってくれそう!たのむ!!!
CM中に決断し、いざ1番手で向かう。使命に燃える私は、とにかく学会の皆さんからお笑い解体新書を没収しにかかる。漫才とは何か、とかじゃないんだよー! とにかく楽しいだけなんだよー! と必死のSMILE。たくさんツカミをやってベタな漫才コントをやってる隙にシュバババと書籍を回収し、吉本興業にはこんな人いるんだよー! おもしろいでしょー! という絵で分かるお笑い漫画を配り直してダッシュで逃走! 2番手のヤーレンズさんがその漫画の青年誌ver.を配って更にポップに場を破壊! 満を持して3番手のさや香さんが登場! したと思ったら急に見たことないPDFを配り出し、また漫画がもらえると思っていた子ども達を困らせてしまいました。
―2010年 X月XX日―
―中谷さん「なあ阪本、コンビ名はお互いの妹の名前を組み合わせてみぃひん?」―
なんとか客席を誤魔化した末に掠め取ったトロフィーが今、どこにあるのか全く分からないんですが、かくして「本日のチャンピオン」という襷をかけてもらえました。「俺たちが…一番……面白い…!」とは全く思いませんでしたが、「俺たちが……一番…………なんとかしようと頑張った……!」って感じだったので、報われたことに関しては良かったです。
今年はこんなことにならないようにしたいものです。
髙比良くるま
写真・北原千恵美