『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師』などのノンフィクション作品で知られる作家・井上理津子さん。今年3月に辰巳出版より上梓された彼女の最新作『師弟百景 “技”をつないでいく職人という生き方』(辰巳出版)は 一子相伝ではなく、庭師、仏師、左官、茅葺き職人など血縁以外に門戸を広げている職人の師匠と弟子の姿を描いた作品です。
今年の4月には、『師弟百景』の刊行記念として、ジュンク堂書店池袋本店にて、『パリのすてきなおじさん』などで知られる文筆家でイラストレーターの金井真紀さんをゲストに迎えたトークイベントが行われました。今回は、その模様を「コレカラ」にて特別公開いたします。
初対面ながら互いの作品が好きというお二人。第1回目は、金井さんによる『師弟百景』を読んだ感想から、文章表現における共通点などについてのお話です。
【第1回】井上さんの職人技は「しつこい取材」にあり
師匠と弟子の距離感で24時間いたら好きになっちゃうかも
金井真紀(以下、金井) 本日初めましてですが、私は以前から井上理津子さんにずっと憧れていました。この機会に感謝します。
井上理津子(以下、井上) 私も金井さんの本を拝読して、メロメロになりました。『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』 (ちくま文庫)を読みましたが、 目も耳もいい人という印象です。本の中に関西弁の職人さんが出てきます。関西弁は、関西出身者が書こうとしても難しいのに、一字一句間違っていません。
金井 ありがとうございます。
井上 今回の『師弟百景』では16組32人の師匠と弟子が登場します。どう思われましたか? 会いたい人、絵にしたい人はいましたか?
金井 どの人もすてきですねぇ。きっといい絵が描けそうと思える人ばかりです。私、職人さんが好きなんです。いきなり私事ですが、人生の中で職人さんを好きになったことが何度かあります。元カレが指物師になったり。大工さんや料理人に胸をときめかせたこともあるし。だからこの本は目次を見るだけでキュンとなります。
井上 そんな方とどこでお知り合いになるのかも気になります。
金井 なんかこだわりのある、ちょっと偏屈な人が好きなんですよね。井上さんもそうじゃないですか? この本を読んで、職人さんという生き方がひっかかるし、自分が弟子入りしたらどんな暮らしをするのか想像しました。とくに男性の師匠、女性の弟子の関係が気になりますね。
井上 そうですね。師匠と弟子の距離感で24時間とは言いませんが、18時間ぐらい一緒にいれば、私だったら好きになっちゃうかもと思いますね。尊敬もありつつ、嫌いな人とそんなに長時間一緒にいることができません。
金井 そうですね。つらくなっちゃうか、ハマり込むかですね。この本に出てくる人はみんな決断して職人になった。そこに惹かれます。師匠も数十年前、決断なさってその道に入ったんですよね。
井上 師匠も「なくなっていく仕事だからやめなよ」とすごい反対されたけど、やってきた人たちです。だから、さらにもう1つ上の世代とは違う気がしますね。
井上さんの取材はしつこいと言われる
金井 『師弟百景』でもっと書きたかった職人さんはいますか?
井上 茅葺き職人ですかね。教え方が「背中を見て覚えなさい」から「スマホ撮りまくり」に変わっていく振り幅が大きかったです。私も茅葺き屋根の建物が好きになりました。また、このテーマを掘って本にしたくなったりします。 編集者さんに井上さんの取材はしつこいと言われることがあります。職人さんが「ここは長い、大きい」と言うと「何センチですか?」と必ず聞いてるみたいです。
金井 いいですよね〜。井上さんのどの本を読んでもしつこいのが伝わってきます。
井上 すてきだったのは宮大工の小川三夫さん。栃木に工房があって、取材に伺ったら山のようにお弟子さんがいらっしゃる。「どれでもいいよ、声をかけて」とおっしゃったのには、スゴい自信を感じました。優劣がわからないので、一番近くの方に決めて取材しました。
金井 それはいいですね。師弟にはさまざまなバリエーションがあって、それも読みどころです。たとえば靴職人さんは師匠と弟子の年が近い。洋傘職人さんは弟子が歳を取ってからその世界の門を叩いたパターン。
井上 この中から修行するならどれがいいですか?
金井 文化財修理装潢師とか細かいのはちょっと……。
井上 物を触るまで5年かかるとか、そういうのは、われわれ逃げ出しそうですね。
金井 実際できるかわかりませんが、茅葺き職人、庭師は気持ちいいだろうなと思います。
井上 庭師、いいですね。
金井 体力的には大変だと思いますが、それよりも机での小さな作業の方が無理です。
井上 みんな難しそうですが、私は染色をやってみたいですね。
金井 唯一、師匠と弟子が女性同士でしたね。
井上さんの文章は「リズムが気持ちいい」と思った
金井 取材対象の職人さんたちはどのように見つけられたんですか?
井上 編集者さんが「現在、師弟関係ならこんな人がいます」と探してくれました。職人の世界なので、血縁に譲ることも多く、外の人を育てたことはあるけれども、今は弟子はいないというケースもありました。
金井 人づてに聞いて探した感じなんですね。
井上 もともとものづくりは閉鎖的なので、やっと門戸が開いたのかもしれません。
金井 他人を預かることがやっとできたんですね。16組中2組、無給の人もいらっしゃいました。職人さんを取材したいと思っていても、なかなか難しいんですね。
井上 正直なところ、この本はテーマも編集者さんにいただきました(笑)。その編集者さんは『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)という本を読んでいて「こういう感じで師弟のところに入っていきましょう」と提案されたんです。
金井 その井上さんの本を読んで、私は「リズムが気持ちいい」と思いました。
井上 いやいやいやいや。
金井 会話の拾い方が絶妙で、ものすごーくわたしの好みなんです。もしかしたらちょっと似てるところもあるかなって、図々しくも思いました。
井上 いやいや、私がもう少し上手になれば、金井さんの『世界はフムフムで満ちている』になれたりするんだろうなと思いますが……。文庫になったばかりの『酒場學校の日々 フムフム・グビグビ・たまに文學』(ちくま文庫)も拝読しました。お話もさることながら、ト書きというか、事実関係を書いて、そこに自分が入り込んでいって、オリジナルな言葉をはさんでいくのがお見事ですね。
金井 自分の地の文の中にコメントが入る形ですね。
井上 そのコメントの入れ方がうまい。というか、私は好きなんですよ。ただ、自分の文章ではまだ硬いと思います。
金井 僭越ですが、そういう部分の好みが似ているんです。例えばこんな文章です。本文の90ページから引用します。
以下会場にて金井さんが朗読
――火床でお使いになる鞴(ふいご)は結構大きいんですね。
「四尺(約一二〇センチ)ですね。幅は一尺三寸(約四〇センチ)くらい。たぬきの皮が張ってあります」
おそらく的を射ていない質問ばかりで申し訳ない。私は、若者の口から「尺」「寸」という昔の単位を聞くのは初めてだ。いい響きである。
金井 こういう文章に私は付箋をしちゃうんですよ。
井上 金井さんも「あらら」とか文章中で使いますね。私、そういうところも好きなんです。
(構成◎松本祐貴)
本連載は毎週火曜日更新の全4回となります。
プロフィール
井上理津子(いのうえ・りつこ)
日本文藝家協会会員。1955年、奈良市生まれ。ライター。大阪を拠点に人物ルポ、旅、酒場などをテーマに取材・執筆をつづけ、2010年から東京在住。『さいごの色街 飛田』(筑摩書房、のちに新潮文庫)『葬送の仕事師たち』(新潮社)といった、現代社会における性や死をテーマに取り組んだノンフィクション作品を次々と発表し話題となる。近著に『ぶらり大阪 味な店めぐり』(産業編集センター)『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)など。
金井真紀(かない・まき)
1974年生まれ。テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て、2015年より文筆家・イラストレーター。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『聞き書き世界のサッカー民』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』(岩波書店)など。最新刊は、23年4月発売の『酒場學校の日々 フムフム・グビグビ・たまに文學』(ちくま文庫)。
連載一覧
- 第1回 井上さんの職人技は「しつこい取材」にあり
- 第2回 書くことを仕事にしようと決めた瞬間
- 第3回 取材対象者が語る「嘘と真実」
- 第4回 初めての似顔絵は新宿ゴールデン街で