『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師』などのノンフィクション作品で知られる作家・井上理津子さん。今年3月に辰巳出版より上梓された彼女の最新作『師弟百景 “技”をつないでいく職人という生き方』(辰巳出版)は 一子相伝ではなく、庭師、仏師、左官、茅葺き職人など血縁以外に門戸を広げている職人の師匠と弟子の姿を描いた作品です。
今年の4月には、『師弟百景』の刊行記念として、ジュンク堂書店池袋本店にて、『パリのすてきなおじさん』などで知られる文筆家でイラストレーターの金井真紀さんをゲストに迎えたトークイベントが行われました。今回は、その模様を「コレカラ」にて特別公開いたします。
第2回は、お二人が書くことを始めたキッカケについてお届けします。
【第2回】書くことを仕事にしようと決めた瞬間
井上理津子は「タクシー運転手」になりたかった!?
井上 若いとき、われわれ一般人は遊び呆けてるじゃないですか。でも職人さんと弟子入りする人たちは、若い時期の何年かを捨てるというのも変ですが、それぐらいの覚悟でその世界に入ります。入るとそこが心地よくなるんですかね。取材をしていて私はお坊さんの世界に似ているなと思いました。金井さんはそれぐらい全部を捨てて、仕事に邁進したことはありますか?
金井 ないです!! 井上さんは?
井上 ないですね。金井さんは職人的な部分は自覚してらっしゃいますか?
金井 職人的な部分? 長くお仕事なさってきた井上さんこそ、達人じゃないですか?
井上 いやいやいやいや。長くやっているだけです。
金井 ひとつ、今日聞きたかったことがあります。井上さんが自分の道をライターだと思ったのはどのタイミングですか?
井上 私は新卒で航空会社に入って2年で辞めました。その後、タウン誌の会社に入り編集記者を経験して、その会社の仕事を持たせてもらう形で、1985年30歳のときに独立しました。
金井 そのときから井上さんは書く仕事を、ずっとブレずに?
井上 実はもうひとつやりたい職業があったんです。
金井 え、なになに? なんですか?
井上 タクシーの運転手です。35歳から40歳ぐらいのときになりたかったんです。理由は運転、地図、道が好きだから。しかも、自分の子どもの同級生のお母さんがタクシーの運転手さんだったんです。「かっこいいですね。どうしたら運転手になれるんですか?」と聞いてみたくらい。
金井 ライターと並行して運転手をしようと?
井上 いえ、「ライターは辞めてタクシー1本で」と思ってましたが、実際に行動にうつすことはなかったです。そんな気の迷いもあったという思い出です。私は、ほかになにもできないから、消去法でこの仕事をしてるんです。
金井 そんなことないですよ。
金井真紀の原点はTV番組のリサーチャー!?
金井 井上さんのスゴいところは次々とテーマがわいてくるところですよね。
井上 私も金井さんにお伺いしたかったんです。私は身近なところからテーマを選んでいます。なぜなら私は本も出していますが、普通のライター仕事もしています。その取材先から、ネタを拾えるんです。「この人を深掘りしたい」という人に会えます。
金井 普通のライター仕事とは、雑誌などの企画である人にお会いして、それを書くということですか?
井上 具体的には『週刊新潮』の「結婚」の欄や『日刊ゲンダイ』の著者インタビューとかですね。最近そのお仕事で100歳に近い人のインタビューをしました。そしてその人のことを好きになっちゃった。いつかは本を書きたいと思うほどです。金井さんはどうですか?
金井 私は最初はテレビ番組のリサーチャーや構成作家をしていました。初めてやったのは『世界ふしぎ発見!』という番組のクイズを作る係でした。「今夜の舞台はエジプト」ならエジプトに関する本をたくさん読んで、流れとクイズを考えます。30代は、木梨憲武さんが司会の『未来創造堂』という番組と、ほぼ同じスタッフで作った『心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU』を担当しました。どちらも夜11時台の30分番組でした。 ふたつの番組で私がやらせてもらったのは、いろんな人に仕事の話を聞きに行き、それをもとに再現ドラマの台本を書く役目でした。それこそ職人さんにもたくさんお会いしました。ひたすら毎週毎週、誰かの話を聞く。それも仕事の上での失敗談とかブレイクスルーの瞬間とか。楽しかったです。
井上 人たらしになったのはその辺からかもしれないですね。
金井 はい(笑)。ただ、映像として面白いかどうかが問われる、非常にテレビ的な仕事でした。
井上 テレビ的というのは、映像、画(え)として面白くなければいけない?
金井 そうですね。画がないと放送できないですね。過去のエピソードに映像素材がなければ、ドラマで再現するのか、写真で演出するのか、イラストで伝えるか、など考えなければいけないですね。
しかもひとりの人生を5分とか7分とかに編集します。そこに山あり谷あり、大団円にハメ込むような感じで作ります。だから取材もハメ込むようなものになります。「ひとり終わると、また次の人」になりがちですね。 ただ、私は取材対象が語るこぼれ話、ちょっと言ってしまった言葉を面白いと感じていました。そのとき、自分の楽しみとしてメモしてたものが『世界はフムフムで満ちている』になりました。当時は本にしようなんて考えていませんでしたけど。
井上 日記みたいな感じのメモですね。
金井 そうです。「面白いこと言うな」「いい言葉聞いたな」みたいなことを集めました。
井上 よくぞこんなことを聞きましたと思っていたんです。
金井 本のために取材してはいなくて、テレビや雑誌の取材のこぼれたメモが多いですね。これらは拾い集めたテーマです。私はとにかく「拾ってきて並べる」のが好きなんです。おじさんやお相撲さん、ことわざを集めて並べて悦に入ってます。いわば、並べたい願望ですね。
(構成◎松本祐貴)
本連載は毎週火曜日更新の全4回となります。
プロフィール
井上理津子(いのうえ・りつこ)
日本文藝家協会会員。1955年、奈良市生まれ。ライター。大阪を拠点に人物ルポ、旅、酒場などをテーマに取材・執筆をつづけ、2010年から東京在住。『さいごの色街 飛田』(筑摩書房、のちに新潮文庫)『葬送の仕事師たち』(新潮社)といった、現代社会における性や死をテーマに取り組んだノンフィクション作品を次々と発表し話題となる。近著に『ぶらり大阪 味な店めぐり』(産業編集センター)『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)など。
金井真紀(かない・まき)
1974年生まれ。テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て、2015年より文筆家・イラストレーター。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『聞き書き世界のサッカー民』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』(岩波書店)など。最新刊は、23年4月発売の『酒場學校の日々 フムフム・グビグビ・たまに文學』(ちくま文庫)。
連載一覧
- 第1回 井上さんの職人技は「しつこい取材」にあり
- 第2回 書くことを仕事にしようと決めた瞬間
- 第3回 取材対象者が語る「嘘と真実」
- 第4回 初めての似顔絵は新宿ゴールデン街で