続・アナログレコードにまつわるエトセトラ【第8話】レコード終の住処、魔境盤の世界

名著『アナログレコードにまつわるエトセトラ』がWEB連載で復活! ディスクユニオン店長兼バイヤーがいざなう、さらにディープなレコード天国(地獄?)へようこそ!

テスト・プレスでのみ残された、ジミ・ヘンドリックスの『Electric Ladyland』期の伝説のセッション音源。ジョン・マクラフリンとラリー・ヤングを率いた、バッチバチのトリオ音源となっています。現存確認枚数は私が捕獲した1枚のみ……たぶん。

 

世の中には数多のアーティストが存在し、その何倍、何十倍、いや何乗もの勢いで、あなたも私もまだ見ぬレコードが星の数ほど存在します。ともなれば、みんながよーく知っているおなじみアーティストとて、なんちゃら埋蔵金のごとく、隠されたレコードというものが存在しているのです。

それらは一般市場に流通したレギュラー盤とは異なり、プロモやテスト・プレス、アセテートといった形で、人知れず奥底に眠っています。そして、その未開の地はまさに魔境。

数枚、あるいは数十枚程度しか製造されなかったものも珍しくなく、その絶対数の少なさゆえに入手難度は格段に高まります。そして、その難度が故にコレクター・サークルでの需要も高まり、当然ながらプライスも荒馬のように跳ね上がるのです……。

ということで、今回はそんな魔境盤とでもいうべき入手難度SS級レコードたちをご紹介させていただきます。

これを読むともしかしたら欲しくなっちゃうかもしれませんが、それは土台無理な話。ここまでくると、湯水のように大金を突っ込んでも簡単に解決できるようなレベルではなく、類まれなる運や、市場の裏側に手を伸ばしうる強力なコネクションといった、また異なる要素が求められるのです。

とにかく、手に入れる入れないはさておき、「へぇーこんなのあるんだぁ……」なんて感じで、私が(お金はないので血ヘドを吐きながら)長年かけて集めた情報と写真をお楽しみください……ぜひ!

 

プロモ・オンリー・モノ 魔境盤、Paul And Linda McCartney『Ram』。なお、専用ジャケは存在していません。

 

まずはちょっとなじみのあるものからということで、「ミックス違い」のレコードたちをご紹介しましょう。

「ミックス違い」とは読んで字のごとくなんですが、通常流通盤とはミックスの異なる音源が収録されたもののことを指しています。細かなバランスが変わっているものから、「ちょっとコレ、通常盤とイメージ違いすぎない!?」というものまで、その差異はまちまちではあります。

そして、そんなミックス違いレコードの中でも代表的な存在が、プロモーション用にのみ存在するモノラル・ミックス盤、通称「プロモ・オンリー・モノ」です。なお、これはあくまでアメリカのカルチャーで、メジャー・レーベル、特に米Atlanticで多く作られていました。つまり、Led ZeppelinやKing Crimson等の名だたる名作に、プロモでだけモノラル盤が存在しているのです。

そもそも、なぜこのようなものが存在しているのかというと、1960〜70年代初頭のアメリカのラジオ局は基本的にモノラル放送だったため、エアプレイしてもらうためにレーベルがモノ盤を作ったのです。メジャー・レーベルの作品に多くこれらが存在しているのも、単にそれだけの予算があったということです。

そうして今では、聴き倒した名盤だからこそ違うサウンドを聴いてみたい……そんなファン心をくすぐってやまないレコードと化してしまったワケです。数が少なくてミックスが違う、そりゃあコレクターに人気があるのもうなずけますよね?

とはいえ、その多くはきちんとミックスし直さずに無理矢理モノラル化しているだけなので、音質的にはどうってこと……おっと。

とにかく、その高い希少性と人気ぶりから高値を呼ぶレコードとなっていますが、そんな中でも魔境と呼ぶにふさわしい「プロモ・オンリー・モノ2大巨頭」を挙げてみましょう。

■Paul And Linda McCartney『Ram』

(US / Apple Records / MAS 3375)

2012年のRecord Store Dayで再発盤(MPL / HRM-33452-01)がリリースされたことにより、今やその存在はよく知られることとなりましたが、オリジナルはプロモ・オンリー・モノ屈指のハイソ盤。

リンゴが(気のせいかいつもより)まばゆい、上の写真がその魔境盤ですが、もはや取引価格は言い値の世界。まぁ、ざっと〇百万円(〇は前半です)って感じですかねぇ……おハイソ。

■The Jimi Hendrix Experience『 Electric Ladyland 』

(UK / Track Records)

まさに幻。こちらはプロモではなく、テスト・プレスでのみ存在するモノラル盤です。しかも英盤です。

ただ、現存確認枚数は1〜2枚ということで、まさに人外の魔境盤。こればっかりは私も実物を拝んだことがありませんので、いつかは見て触って聴いてみたいですねぇ……。その時はバッシャバシャに写真撮って披露しますね!

ということで、いよいよ本題となる完全魔境盤を紹介してまいります。何が完全かはさておき、とにかくちょっとミックスが違うなんていう代物ではありません。タイプ違いで3枚を紹介していきますね!

 

 

■George Harrison『Somewhere In England』

(Germany / Dark Horse Records / DH-56870)

最初の録音を終えた1980年9月、ジョージはWarner Brothersに作品を納品しましたが、商業性不十分との烙印を押されあえなくお蔵入り……本作はそんないわくつきの一枚として知られています。

その後、1980年12月8日にジョン・レノンが急逝。その悲しみをぶつけるように新しい曲を完成させたジョージは、その足でレコーディングを再開。1981年2月にはアルバムが完成し、同年6月にようやく正式リリースされることとなったのです。

そして、気になるお蔵入り版と正式版の違いは大きく2点。アートワークと収録曲です。

アートワークはまったく印象の異なるシリアスなもので、正式リリース版で見られる笑顔なんて一切ありません。ちなみに、インナー・スリーヴも全くデザインが異なっています。

加えて、収録曲も4曲分丸ごと入れ替わっているので、もうこれは完全に別の作品と言っていいでしょう。

 

 

そして、そんなお蔵入り版ですが……実は、レコードが存在するんです。まぁ、私が写真載せているから、そりゃそうなんですけど。

ひっそりとごく少数のみ残されたのは、ドイツ盤のテスト・プレス。ごく稀に盤だけとか、校正刷りのジャケットだけとか、バラバラで発見されることもありますが、今回写真をご用意したのはまさに魔境盤と呼ぶに相応しい、ジャケ+テスト・プレスという超希少な完全体です。

世の中にこの完全体がどれだけ存在するのかは分かりませんが、どんなに全力を尽くしても、10年に一度も入手チャンスは訪れないと思ってください。というか、普通の方は一生訪れないかも。

なお、最後に大事なことをお伝えしておきます。このお蔵入りバージョンは、多種多様なリプロ盤、つまりは模造品が存在しているのです。まぁ、ジャケも盤もこの本物とは全く違うんですが、そもそも市場に存在する99.9999%はリプロだと思ってくださいね!

 

 

■V.A.『 Volume 2 Top 10 Songs From The Catalogues Of Irving Music, Inc. (BMI) And Almo Music Corp. (ASCAP)』

(US / Almo/Irving Music / SP-8130)

続いてご紹介するのは、少し魔境感(?)は薄めなんですが、知名度はすこぶる低い一枚です。

ただ、実は本作の裏側には燦々と陽の目を浴びた、あの有名なアルバムが存在しているのです……。

それは1970年、アメリカン・ポップス史を代表する名コンビ、ロジャー・ニコルズとポール・ウィリアムスが自分たちの曲を売り込むために作成した、とあるデモ・アルバムがありました。

一般販売用ではなく、ロジャニコお得意のアレンジなんかも少なくてシンプルなんですが、それが故に曲そのものの素晴らしさが際立って、のちにリリースされることとなる公式バージョン(全部超ヒット曲)とは異なる、原石的キラメキに満ちていたのです。

その作品は『We've Only Just Begun』という名前で知られ、2001年に初めての公式盤としてCD化されて以降、絶大な人気を誇る一枚となったのです。なお、もちろんオリジナルのレコードは希少で、なかなかのハイ・プライスで取引されています。

そして、本題の『Top 10 Songs』ですが、こちらも『We've Only Just Begun』と似た性格の作品で、ロジャー・ニコルズ&ポール・ウィリアムスに加え、The Beach Boysやルーサン・フリードマンの「Windy」なんかも収録されています。

こちらは公式リリース盤と同じヴァージョンのものも収録されているんですが、ロジャー・ニコルズ&ポール・ウィリアムスの「Rainy Days & Mondays」や「An Old Fashioned Love Song」のデモ・ヴァージョンは本盤だけに収録されていて、ファンなら思わずむせび泣く一枚だと思います。

さらに、私が一番注目しているのは、A1〜A3に収録されたThe Beach Boysの曲です。A1「God Only Knows」、A2「Good Vibrations」、これは公式盤と変わりませんが、問題はA3「Caroline, No」です。

なんらクレジットがなく詳細不明なのですが、演奏も歌もおそらくThe Beach Boysのメンバーらではなく、アレンジも大胆に変更されています。ギターのオブリガードがたまらない、レイドバックしたアメリカン・ロック・テイストに組み替えられていて、激渋に歌い上げるヴォーカルもたまらない、込み上げ系名曲となっています。

これはあくまで私の予想ですが、このデモ・アルバムといった性質も考慮すると、この演奏はかのThe Wrecking Crewによるものではないでしょうか? それであれば納得のクオリティーですけどね……どなたか真実を教えて!

あ、あとちなみにですが、このレコードはその内容とレア度に反して、まだそれほど高値にはなっていませんので、手に入れるなら今のうちだということをお知らせしておきます。後悔先に立たず。

 

 

そして、最後にご紹介するのは、トリを務めるのに相応しい完全魔境盤です。

■Reg Dwight 『Warlock Sampler』

(UK / WMM 101/102)

レグ・ドワイト、そう、エルトン・ジョンの若き日のセッション・アルバムです。テスト・プレスでのみ残された本作は、彼の初期のキャリアをうかがい知ることのできる貴重な一枚ということのみならず、このレコードには英国音楽史の非常に重要な1ページが刻み込まれているのです。

1970年初頭、ソロ活動のスタートを切ろうとしていたエルトン・ジョンは、他ミュージシャンとのセッション・ワークに精を出していました。同年7月、そんな彼をロンドンのチェルシー地区にあったサウンド・テクニクス・スタジオに呼んだのが、英国フォーク・ロックの礎を築いた伝説的プロデューサー、ジョー・ボイドでした。

エルトンがスタジオの扉を開けると、中にはビヴァリー・マーティン、ケイレブ・クエイ、ロジャー・ポープ、リンダ・ピーターズを含む名だたるミュージシャンが顔を揃えていましたが、そこにはひとり異彩を放つ男が佇んでいたのです。

そう、それがかの夭折の天才シンガーソングライター、ニック・ドレイクでした。

そうして始まったセッションは、ニック・ドレイクやジョン&ビヴァリー・マーティンの楽曲が採用され、錚々たるメンバーを背に、エルトンはリード・ヴォーカルとピアノを担当しています。

やはり注目はニック・ドレイク『Five Leaves Left』から選出された4曲で、エルトンの歌唱と精鋭メンバーらによる至妙のバッキングによって全く異なる色に染め上げられており、単に貴重な音源という以上の価値を持つ、実にヒストリックな名演になっていると思います。

なお、本盤の現存確認枚数はわずか5枚程度とされています。私は長年かけて2枚の消息をつかみました(上の写真はそのうちの1枚)が、まさに雲上のレアリティーを持つ魔境盤にして、ロック国宝盤と言ってよいでしょう。また、プライスは完全に言い値の世界ですが、市場に出れば〇百万円(〇の中は前半じゃない?)はくだらないでしょうね……。

 

最後にオマケでご紹介するのは、最も有名な没ジャケのひとつ、The Rolling Stones『Beggars Banquet』の通称「Toilet Cover」。校正刷りでのみ現存していると思います……魔境ジャケ!

 

今回の話はいかがだったでしょうか?

あまりにレアすぎて、他人事みたいな感じになって話が入ってこなかったかもしれませんが、これはレコード・コレクターのロマンなのです。

たとえ自分で手に入れられなかったとしても、いつか実物をねぶるように見て触って、あわよくばじっくりと聴いてみたい……というか、本当は自らの手で(なんなら激安で)発掘してみたいッ──そんな夢を胸に秘めて、今日も地道にレコード・ディグを続けるのです……そんな努力に幸あれ!

■編集=大浦実千
■バナーデザイン=柿沼みさと

【書籍紹介】


『アナログレコードにまつわるエトセトラ』
著者 山中明
発行 辰巳出版株式会社
定価 2,530円(本体2,300円+税10%)
発売日:2023年4月24日
体裁:A5判/208ページ(オールカラー)

本書の購入はこちらから
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4777829723/
楽天:https://books.rakuten.co.jp/rb/17426763/

【著者プロフィール】
山中 明(やまなか・あきら)
■ レコード・バイヤー/ライター/漫画家

1979年生まれ。神奈川県出身。2003年より(株)ディスクユニオン所属。バイヤーとしてレコードを追い求める日々の傍ら、レコード文化の発展に寄与すべく各種媒体にてコラムや漫画を執筆中。著書にソ連音楽ディスクガイド『ソ連ファンク 共産グルーヴ・ディスクガイド』、『アナログレコードにまつわるエトセトラ』、『レコードジャンキー富和 孤高のアナログ・レコード・コレクター』、編著に日本初のサイケデリック・ロック・ディスクガイド『PSYCHEDELIC MOODS‐Young Persons Guide To Psychedelic Music USA /CANADA Edition 』などがある。

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