名著『アナログレコードにまつわるエトセトラ』がWEB連載で復活! ディスクユニオン店長兼バイヤーがいざなう、さらにディープなレコード天国(地獄?)へようこそ!

イギリスでランアウトにその名を刻むカルチャーを始めたのは、ジョージ・ペッカムが始祖とされています。なお、彼のカッティング・ネーム「Porky」は、もともと彼が肉屋で働いていたかららしいです。
レコード好きのみなさん、カッティング・エンジニアというエリート職人たちをご存知でしょうか?
カッティング・エンジニアとは、レコードの元となる原盤を制作する専門の技術者です。アーティストたちが録音を終え仕上がったマスター・テープを元に、彼らは音の調整を施しながら、カッティング・マシーンを用いて原盤となるラッカー盤に溝を掘っていきます。
また、1960〜70年代のレコード全盛期には、彼らは現在でいうところのマスタリング・エンジニアも兼ねた存在で、レコード制作のみならず、サウンド面においても非常に重要な役割を担っていた、選ばれしエリート職人だったのです。
さらに、今では滅多にないことだと思いますが、当時は1枚の作品に多くのカッティング・エンジニアが携わっていました。それは、複数人が協力して1枚の作品を仕上げるということではなく、1枚の原盤につき1人のエンジニアということです。
分かりづらいのでもうちょっと説明しておくと、レコードの原盤は物理的な耐久度があって、1枚の原盤から作れるレコードの数には限界がありました。そのため、さらに多くのレコードを作るには、また新しい原盤を都度作り直す必要があるのです。その場合には同じエンジニアが複数の原盤を作ることもありますが、別のエンジニアが担当することもありました。
また、遠く離れた他国でレコードを作る場合も、原盤ではなくコピーしたマスター・テープが送られ、それを元にその国のエンジニアが新たに原盤を作ることが多かったのです。
こうして、1枚の作品に多くのエンジニアが携わることとなり、人によって技術や解釈が異なったため、多種多様なバリエーションが生まれていきました。そのバリエーションの差異も微細なものから、作品への印象が大きく変わるものまで、実に千差万別です。
そして、これは当時のレコードをさかのぼって楽しんでいる私たちにとっては、ひとつの大事な要素となっています。そう、そのバリエーションの差異、つまり、「カッティング(ないしマスタリング)の妙」というものが楽しめるのは、レコードの特権ともいえるのです──。
ということで、今回はカッティングというものの楽しみ方をより深く知っていただくためにも、有名エンジニアたちへのインタビューを参照しながら、なぜ音の差異が生まれたのかについて考察しつつ、その実践編として、カッティングの妙を楽しめるレコードを何枚かご紹介したいと思います。



King Crimson『In the Court of the Crimson King』の英国盤は、ピンク・リム・ラベルの70年代プレス、しかも委託生産品にのみ、Porkyカットが存在します。
ここでは2人のカッティング・エンジニアにスポットを当ててみたいと思います。
1人目はイギリスを代表するカッティング・エンジニア、ジョージ・ペッカムです。カッティング・ネームは「Porky」。あ、カッティング・ネームなんていう言葉は一般的ではありませんが、盤のランアウト部分にカッティングした自分の名を刻み込む際に使用する、ニックネームのことだと思ってください。
彼は元々バンド・マン上がりで、Parlophoneからアルバムをリリースしている、The Fourmostのメンバーでした。しかし、レコーディング・ワークに強い興味があった彼は、レーベル・メイトでもあるThe Beatlesが自らのスタジオApple Studioを設立した時に、専属カッティング・エンジニアへと転身したのです。その後、彼はすぐにメキメキと頭角を表し、1年後にはスタジオ責任者へとなっています。
そして、2人目は同じく名カッティング・エンジニアのデニス・ブラックハムです。カッティング・ネームは「Bilbo」。
ロンドンの名門I.B.C. Studiosからキャリアをスタートさせ、高音質盤界の覇者Nimbus Records、そして、ジョージ・ペッカムとの協業カッティング・スタジオPorky's Masteringと、華麗なるキャリアを誇るレジェンド・エンジニアです。
では、ここからはそんなペッカムとブラックハムとのインタビュー記事を抜粋しながら、カッティングの知識を深めていきましょう。また、記事ではさまざまなことが語られていますが、ここでは「なぜアメリカ盤とイギリス盤で音が違うのか」にテーマを絞ってお話しさせていただきます。
なお、このインタビュー記事は1991年創刊のイギリスのジミ・ヘンドリックス専門ファンジン、『Jimpress』の2012年春号『Issue 98』に掲載されたものとなっています。ちなみに、このファンジンは今でもリリースされ続けていますので、お好きな方はチェックしてみてくださいね!

初期はシンプルに「Bilbo」でしたが、時期によって刻み方の変遷があり、この時期はロンドンのスタジオ「Tape One」に所属していたため、このような表記に。
冒頭からですが、まずは結論からお伝えします。この偉大なる2人のお話を超要約すると、「オリジナル盤が一番音が良い」です。
かなりの要約なんで、これから細かくお話ししていきますが、ポイントは「どのようなテープを使い、どのような環境・機材でカットし、どのような素材でプレスしたかで音が違う」と仰られているんです。
まぁ、音の良し悪しというのは、100人いれば100通りというぐらい評価が違うもので、うるさ方(失礼!)はいろいろと仰るかもしれませんが、レジェンド・カッティング・エンジニアのお2人からのお言葉なんで、一定以上は信用してくださいね……。
まず、彼らがアメリカ盤とイギリス盤の音の違いについて最初に述べていたことは、マスター・テープの違いについてです。つまり、オリジナル・テープから直接カットしたのか、それともコピー・テープからカットしたのか。それが何よりもサウンドに大きな影響を与えるということです。
例えば、ジミ・ヘンドリックス『Band of Gypsys』はアメリカで録音されていて、イギリスでのカッティングを担当したのはデニス・ブラックハムなんですが、手元に送られてきたのはオリジナルの15ipsマスターではなく、7.5ipsのコピー・テープだったと言及しています。
この「ips」というのはテープの走る速度を表していますが、ざっくり言うと15ipsはプロ・スペックで、7.5ipsは一般向けです。
そう、テープを繰り返しコピーしたら音質の劣化が云々みたいな話ではなくて、そもそもテープの規格自体が違うのです。そりゃあ、音質への差が大なり小なり生まれるってもんですよね?
また、『Electric Ladyland』についても言及しています。本作の録音の大部分はアメリカで行われていますが、イギリスではオリジナルから2〜4世代離れていたと思われる、コピー・テープが使用された可能性が説明されています。
加えて、テープは世代(コピー)を重ねるごとに音質が少しずつ劣化し、テープ・ヒスが増えるとも言及しています。
つまり、他国盤の音質というものは、「カッティング以前の段階ですでに音質差が生じている」と説明しているのです……うーん、なるほど!




Led Zeppelin『Houses Of The Holy』の英盤の初回マトリクスは「A2/B2」で、カッティングは「RL」。ただ、実はレイト・プレスでいわゆる「若返りマト」の「A1/B1」が存在していて、その盤がなんとPokryカット! さらに、実はレイト・プレスだけではなくて、オリジナル・テスト・プレスも「A1/B1」でPokryカットなんですよ……これぞ至宝盤!
さらに、少なくとも1970年代初頭までは、アメリカ原盤の作品を手掛ける際、本国で元々どのようなマスタリングが施されていたのかが、具体的には分からなかったとも言っています。
つまり、他国向けのコピー・テープにはマスタリング前のフラットな音しか入っておらず、他国のエンジニアたちは独自に音を調整する必要があったのです。
カット時には、低域のEQ、中域・高域の調整、コンプレッション、速度調整、リバーブ等々、さまざまな処理が加えられた可能性があるのですが、それが具体的にどのように施されたのかは特に伝えられていなかったそうなのです。
そんなこともあって、テープとともにレコードが一緒に提供されることもあったようです。エンジニアたちはレコードとテープを比較試聴しながら、オリジナル盤の音に近づけようと苦心したそうですが、そもそも盤提供がないこともあったそうで……そりゃあ何もかも変わってしまう可能性大アリですよね!
また、当時のアメリカとイギリスでは、カッティング・ルームに対する考え方にも大きな違いがあったと説明しています。
アメリカではカッティング・ルームが、「音源制作の一部」として扱われていたとのことですが、イギリスを含む多くの国では、カッティングは比較的「工場のいち作業」と見なされる傾向があったようです。
これはどういうことかというと、アメリカでは多額の資金が投入され、カッティング・ルームには音響処理された部屋や多くの機材の用意があったようですが、イギリスなどでは比較的基本的な設備しかなく、「テープをただラッカーに転写する作業」みたいな雰囲気でカッティングが行われることもあったとされています。 まぁ、これもあくまで1970年代初頭までの話みたいなんですけどね。



アメリカのカッティング・エンジニア界のスーパー・アイドル、ボブ・ラドウィック。彼のカッティング・ネーム「RL」が刻まれた数々の盤の中でも、最大の人気を誇る一枚は、Led Zeppelin『II』でしょう。本作にはいろいろなバリエーションがありますが、彼の名が刻まれた通称「Hot Mix」のサウンドは……エグイって!
また、英米盤の違いを生んだ大きな要素として、使用していたカッティング機材そのものが違ったことにも言及しています。
アメリカでの標準配備は、Westrexのカッティング・ヘッドを搭載した、Scullyのカッティング・マシーンで、世界のその他の地域では、NeumannやOrtofonが一般的だったようです。
まぁ、この細かい製品名のことはさておき、ここでのポイントはたとえ同じマスター・テープを使用した場合でも、結局「違う機材を使ってカッティングをするからサウンドの違いが出る」ということです。
さらに、Westrexのカッティング・ヘッドは中域が持ち上がる特性を持っていたようですが、人間の耳は中域に最も敏感なので、脳はそのレコードを実際の音圧以上に「迫力がある」と感じるのです。これも、アメリカ盤がより良い音に聴こえる大きな理由のひとつでしょう。
加えて、今度はたとえ同じテープ、同じカッティングを施したとしても、最終的にはレコードをプレスする際の「素材」によって音が変わる可能性についても触れています。
デニス・ブラックハムはNimbus Records在籍中に、盤の素材ごとのサウンドの研究に取り組んだようです。比較的硬いEMI製と、柔らかめなDecca製とのヴィニールの材質を研究したらしいのですが、原理的には硬い素材の方が音質的にアドバンテージがあるという結果にたどり着いたとのことでした。
ところが、彼の長年培った感覚と経験則に沿うと、柔らかめのDecca製の方が良く聴こえたと言っているのです。
そう、この彼の発言で最も重要なことは、結局のところ「音の良し悪し」というものが、再生する音楽、オーディオの質、そして、個人の趣味嗜好によって変わるものだと強調しているのです。




最後にご紹介するのは、マイク・オールドフィールドの『Ommadawn』。かなり希少なんですが、本作にはオリジナルよりもひとつ前の世代にあたる「Red Dragon」ラベルを持つ個体が存在します。その希少個体はマトリクスのタイプも異なっており、カッティングも「HTM」、つまり、アビイ・ロード・スタジオが誇る伝説のエンジニア、ハリー・T・モスが手掛けているんですが……かなりのラウド・カット・ヴァージョンなんです! サプライズ!
みなさん、いかがでしたでしょうか?
やはり、誰よりもレコードの音に真っ正面から向き合ってきたカッティング・エンジニア、しかもレジェンドともなると、説得力が違いませんか?
「オリジナル盤が一番音が良い」というキラー・ワードにも、一定以上の納得感があるとは思います。ですが、私からひとつ補足しておきたいのは、最終的には個人の趣味嗜好だということです。彼らもそう言っているように。
というのも、音楽は決して波形かなんかのデータを画面で見るものではなく、アナタ自身の耳で聴いて楽しむもの。さらに、感じる音(≠聴こえる音)は、盤だけではなく、ジャケット、オーディオ、部屋、目に入る風景、口に入る食べ物、共にいる人……実に複合的な要素によって変化するのです。
だって、こちとら人間ですからね。
確かに、客観的な音の良し悪しというものはあります。でも、自分自身が好きかどうかで判断するのが、結局一番ハッピーなんです。
なので、間違ってもレコード知識でマウントをとって、他人の趣味嗜好をおとしめたりなんかしないでくださいね……では、また次回!
■編集=大浦実千
■バナーデザイン=柿沼みさと
【書籍紹介】

『アナログレコードにまつわるエトセトラ』
著者 山中明
発行 辰巳出版株式会社
定価 2,530円(本体2,300円+税10%)
発売日:2023年4月24日
体裁:A5判/208ページ(オールカラー)
本書の購入はこちらから
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4777829723/
楽天:https://books.rakuten.co.jp/rb/17426763/
【著者プロフィール】
山中 明(やまなか・あきら)
■ レコード・バイヤー/ライター/漫画家

1979年生まれ。神奈川県出身。2003年より(株)ディスクユニオン所属。バイヤーとしてレコードを追い求める日々の傍ら、レコード文化の発展に寄与すべく各種媒体にてコラムや漫画を執筆中。著書にソ連音楽ディスクガイド『ソ連ファンク 共産グルーヴ・ディスクガイド』、『アナログレコードにまつわるエトセトラ』、『レコードジャンキー富和 孤高のアナログ・レコード・コレクター』、編著に日本初のサイケデリック・ロック・ディスクガイド『PSYCHEDELIC MOODS‐Young Persons Guide To Psychedelic Music USA /CANADA Edition 』などがある。
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