本屋さんの話をしよう【第16回】本屋をやるなら銭湯っていう手もあった│嶋 浩一郎

本屋はいつでも僕を笑顔にする!

「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を

開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。

【第16回】本屋をやるなら銭湯っていう手もあった

『ゼロの焦点』を読むために、金沢の銭湯へ

本屋に通って立ち読みで本を一冊読み通したなんて笑い話が昔よくありました。まあ、今から思えば本屋さんにとってはかなり迷惑な話ですけど、じつは自分も同じような体験をしたことがあるんです。しかも、本屋じゃなくて、銭湯で。それも旅先の金沢で。

金沢市内を流れる浅野川の川沿いに花街のひとつ主計町(かずえまち)があるわけですが、おもしろい飲食店も集まっています。たとえば、お風呂屋さんをリノベーションしたジャズ喫茶とか、石川県中の蔵元から日本酒を集めたバーとか。なので、金沢を訪ねるたびにちょくちょく足を向けていたんです。まあ、花街ですから路地を歩いていると、三味線や太鼓の音が聞こえてきたりして、なかなか風情のある街なんですが、川の向こうに銭湯が見えていつも気になっていたんです。ある冬の寒い日の夕方、雪も降り始めて、なんだか、とにかく、どうしても風呂に入りたくなって、橋を渡ってくわな湯という銭湯に飛び込んだんです。

雪が舞う北陸の街で冬の日にまだお客がすくない浴槽に手足を伸ばしてあったまるなんてなんて贅沢だと思い、すっかりあったまって脱衣所に出てくると、本棚があるではないですか。飲みに行くまでまだ時間が早かったので、そこにあった一冊を手に取って読み始めたんです。それが、松本清張のミステリーといえばこれ!というくらい有名な『ゼロの焦点』。戦後すぐ、東京の広告会社に務める夫がまさに金沢勤務になり、そこで失踪するという話を金沢で読むというメタ体験もあいまって気がついたらかなり読み進めていたんです。北陸新幹線の登場で廃止されてしまった上野発金沢行きの寝台急行〈北陸〉で残された妻が金沢に向かうシーンが出てきたりしてね。ちなみに映画化された時、妻役を広末涼子さんがやっていました。もちろん、最後まで読み切ることはできなかったので、読みさしの本を本棚に戻して出てきてしまったわけです。でも、それから金沢に行くたびになんとなく続きが気になり、季節をまたいで数回にわたって金沢に旅するたびに銭湯に通い、ついに物語の終着駅に辿り着いたのです。なんなんでしょう、このなんともいえない充実感は。

風呂と本というのは、相当相性のよいものなのである!

いやいや、今日は金沢の思い出を語りたいわけではありません。気づいたことは、意外に銭湯は本を読む場所に向いているということです。もちろん、本を読むなら喫茶店という人がおおいとは思います。自分もそのひとりですし、中にはカレー屋こそ本を読む場所だという人もいるにちがいありません。

しかし、声を大きくして言いたい。本を読むのに銭湯はかなり適している!と。自分は自宅でも入浴する時は必ず本を手にとって湯船に浸かるし、ホテルのバスタブにも文庫本を持ち込んでいます。だいたいぬるめのお湯を張って2、30ページ本を読むパターンです。

風呂と本というのは意外にというか、なんだかんだいいつつというか、いやいや相当相性のよいものなのである!と、胸を張って言い切ってしまいましょう。
そして、そんな、風呂と本好きの皆さんがたずねるべきお風呂屋さん、そして本屋さんでもある場所が東京の西小山にある「東京浴場」なのです。

番台の横にシェア型書店コーナーが!

まず、番頭で入浴料を支払って中に入ると圧巻なのは奥に広がる吹き抜けの天井と本棚。ここにぎっしり漫画が並んでいます。右側の男湯側には少年漫画誌連載のコミックス中心の本棚が、左側の女湯側には少女漫画誌連載ものが。そして、センター奥にはしっかり、『ドラえもん』が鎮座しています。正面の本棚は階段上の構造で、本棚の中に読書をする小部屋や、本棚に囲まれた王座のような椅子も組み込まれています。ここで、漫画を読んだら相当気分いいだろうなと思いますよ。

そして、この銭湯の特徴は漫画だけではないんです、番台横のスペースには〈フロナカ書店街〉と名付けられた棚貸しのシェア型書店コーナーが。これまた高い天井高をうまくつかった本棚がそびえ立っております。このフロナカの書店、21年6月から運営されていて、書店を経営したい人は毎月4000円を支払えば31センチ角の棚を借りることができます。嬉しいことに、書店オーナーはタオルの貸し出しが無料になります。いつ何時、「風呂に入りたい、湯上がりに本読みたい!」と思ってもノー準備でひとっぷろ浴びにこれるわけです。これは書店オーナーになるおまけ以上の価値があるんじゃなかろうか。あと、すごいのは、この銭湯営業時間が朝の5時から。朝起きて、今日はでかい風呂に入って、本読んで帰ってきてから朝ごはん、なんてことも可能なのです。

昨年の12月の頭にうかがった時、出店スペースに余裕がありました。あら、これは、もったいない。風呂といえば本!という同好の士はまだきっと世の中にいるはずです。きっと、この空間は趣味性の高い棚ができるはず。本屋をやりたい読者の皆さん、まずは風呂に入りにいってみてください。神保町のシェア型書店とはまた違った世界がここには生まれるのではないでしょうか。

ちなみに、浴室の鏡に「東京浴場新聞」という壁新聞が貼ってありました。銭湯ではたらくスタッフの日常が綴られているんですが、番頭担当の方が、背が高いので制服を冬服にすると裾が短い!と愚痴っていたりリラックスして読むにはいいエッセイです。銭湯は携帯が使えませんから、壁新聞の読了率も高いはずです。

嶋 浩一郎

クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。

連載一覧

 

 

-本屋さんの話をしよう, 連載