本屋さんの話をしよう【第3回】待ち合わせは本屋さんで│嶋 浩一郎

本屋はいつでも僕を笑顔にする!

「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を

開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。

【第3回】待ち合わせは本屋さんで

多分学生時代からの習慣なので30年以上もマイルールにしているのは、待ち合わせは本屋さんでということ。

まあ、理由は簡単です。待ち時間に退屈しないから。本屋さんには迷惑かもしれないけれど、立ち読みしながら人を待っていられるなんて近頃Z世代に流行しているタイパを先取りした過ごし方だったのではないでしょうか。でも、たった10分の待ち合わせの間に、後の人生に影響を与える本に出会うとか、単なる待ち合わせの時間潰しがめくるめく時になってしまうから、本屋はなかなか侮れないのです。

待ち合わせで一番使ったのは渋谷のあの本屋

「待ち合わせは本屋で」がマイルールの僕は必然的に渋谷、新宿など駅近の本屋に詳しくなっていくわけですが、その中で一番待ち合わせに使わせてもらった本屋はどこだろうなあ?と思い返してみると、ダントツ一位は渋谷のPARCOの地下一階にあったパルコブックセンターですかね。

コロナ流行の直前、2019年の11月に渋谷に新しいPARCOが戻ってきたけれど、そこにはパルコブックセンターはありませんでした。涙。新生PARCOの地下には串カツ屋さん、カレー屋さん、うどん屋さんがぐちゃっとつめこまれた、近未来的でもあり、アジア的でもある、ファッションビルの中でも異彩を放つ空間になったのですが、あの本屋はもうなくなっていました。

そんなわけで、今はアンリアレイジとか、最新ファッションを着こなす若い子たちの喧騒の中、屋台で日本酒をちびちびとなめていると、ああ、ここにいい本屋があったなあ、いろんな人と待ち合わせたなあなんて感傷的な気分に浸ったりしています。多くの人と本屋で待ち合わせたけれど、その中には今でも変わらず付き合っている人もいるし、それ以来会わなくなってしまった人もいるなあ。なんてね。

中型サイズの書店が持つ魅力

そう、主に90年代から00年代にかけてだから、20代から30代の時代に、映画や芝居を見に行く、飲みに行く、デートに行くなど、ありとあらゆる予定の待ち合わせにパルコブックセンターを使っていました。ワンフロアで横に広がる本屋だったので、ちょうどよかったんです。待ち合わせに。

地下一階のど真ん中に、雑貨屋や文房具店に囲まれるように売り場があって、その階のかなりのスペースを占めていました。地下一階まるごとパルコブックセンターだったという印象です。かなりの蔵書量だったけれど、フェアをやるために本を平積みする台が他の店より多い印象がありました。書棚の高さもそんなに高くなかったはず。おかげでフロアを楽に見渡すことができたんですよ。なんというか、ホントに待ち合わせに都合がいいんです。店内のどこで自分や待ち合わせの相手が本を読んでいても、すぐに見つけることができたんです。

さすがに、土地柄か学習参考書とかはなくて、絵本などの児童書も少なかったはずだけど、雑誌はもちろん、実用書から文芸、海外文学、アカデミックな人文、社会、自然科学系と幅広くしっかりした品揃えをしつつ、当時はやったJ文学やサブカル系の本や、ニューアカ文化を引き継ぐようなパルコらしい品揃えも目立っていて、キャラもたった本屋でした。ああいう中型サイズの書店って今は少なくなってしまいましたねえ。好きな本を探してワンフロアをうろうろできるってこのサイズの書店の魅力ですよね。

本屋での待ち合わせによる効能

本屋での待ち合わせは、まあ、自分が遅刻してしまった場合でも、相手は立ち読みをして待っていてくれるわけでしょ。そしたら相手の機嫌もそんなに悪くならない。手持ち無沙汰だと人ってつい「あいつ、遅いな(怒)!」みたいになってしまいますが、しばし別の世界に没頭してもらっていると、機嫌もそんなに悪くならない。そんな効能も本屋の待ち合わせにはありましたね。

たった5分だけだとしても、本屋は人を別世界に連れていってくれますからね。怒りを沈めて読書に集中。これ大事です。立ち読みしないで、本屋のフロアを歩くだけでもかなりの情報量が目に入ってくるし。これは人の脳にとっては心地よい刺激になるわけです。

とにかく、本屋で過ごす時間の情報のシャワー量は半端ない。何百冊も並べられた背表紙に書かれたタイトル、平積みや面陳された本の表紙たち、これらが一気に視界に飛び込んで来るわけです。そして、本屋さんはどんなに小さな書店でも世界を表現しようと思っているでしょ(すみません、僕がそう勝手に信じ込んでいます)。

自分でも知らなかった好奇心を発見する場所

そこには、歴史の本、ワインの本、宇宙の本、ガーデニングの本、野球の本、恋愛小説、経営者の言葉などなど人間の人生にまつわるありとあらゆるジャンルの情報がいい意味でぐちゃぐちゃになって心地よいカオスとして広がっているんです。小さな街の本屋さんであれば、その全てをほんの数分で見渡せちゃうんですよ。つまり、たった数分で世界を一周することができちゃうってことなんです。これはすごいこと。

インターネットで1分間に調べられる情報量、だいたい想像つきますよね。ある言葉について、それなりに深掘りはできるかもしれないけれど、書店に1分間身を置く体験は、ウェブと比べ物にならないくらい広い世界に短時間で遭遇できるのです。

本屋はそういう空間なのでしばしば想定外の出会いの場と言われてきました。自分の知らなかった自分の好奇心を発見する場所といってもいいかもしれません。待ち合わせ時間に本屋を歩き回りながら、あるいは立ち読みしている間に、ついつい買うつもりのなかった本を買ってしまうことも多々あります。

本は出会った瞬間に買っておかないとダメ

本屋にわざわざ行くよりも、待ち合わせで本屋に行く回数の方が下手すると多いので、自分の本棚の本は待ち合わせの時に買ったものの方が多いのではないかとさえ思ってしまいます。ときに、何冊も本を買ってしまって、大量の本を抱えて、「お前は、何しにきたの?」状態でレストランで食事をしたり、芝居を見る羽目になったりもしました。本末転倒でアホすぎるんですが、本は出会った瞬間に買っておかないとダメなんです。もう、二度と同じ本とは出会えないと思っていた方がいいんです。

そして不思議なことに、この本を読もう!と思って本屋さんに買いに行った本よりも、待ち合わせの時間潰しの立ち読みで出会った本の方が読んでみると印象に残ったりするものです。なぜなんでしょう?

人は予想外の発見にドラマ性を感じるんですかね? 事前の期待値が高いとかえって期待外れになってしまいますが、まったく期待をしていないところに現れた逸材に人は愛を感じてしまうものなのか。あるいは、人に言われず自分の嗅覚でその本を発見した! 俺ってすごい目利きじゃないって気分になったりするのかもしれませんね。

本を通して蘇る当時の記憶

そういえば、ポストイットも、バイアグラも、そもそもそれを作ろうとして生まれたわけじゃなくて、実験の中で偶然できてしまったものだそうです。ポストイットはもっとしっかり貼り付けられる商品を開発している時、偶然生まれた、しかも失敗作。でも逆に、何度も剥がして、何度も貼り直せるってよくなくない?ってことで商品化され大ヒットに。想定外の産物がとんでもないものに化けるストーリーは、補欠選手が大活躍みたいな感じでなんだか嬉しいじゃないですか。人の「育て欲」をくすぐってくれます。

そんなわけで、プルーストの「失われた時を求めて」には、主人公はマドレーヌと紅茶の香りで昔のできごとを思い出すって書いてあったけれど、僕は自分の本棚に並んだ昔買った本を見ると、本の内容はもとより、この本はパルコブックセンターであの人を待っている時に買った本だとか、本を買った日の思い出も同時に蘇ります。

本屋で待ち合わせの相手に会って、どんな言葉を交わしたかとか。街にどんな音楽が流れていたとか。その人とはそのあとスペイン坂にあったシネマライズに行って「トレインスポッティング」を観たなあとか。人の記憶の糸口って不思議なものです。本の内容をわすれてしまっても、いつ誰といた時買った本なのかだけは覚えている本もたくさんありますね。

あの時代、渋谷の本屋は映画館と一体だった

パルコブックセンターで待ち合わせて、シネマライズやユーロスペースなどのミニシアターへ流れるのは鉄板でした。80年代くらいから名画座にかわって、世界中からマイナーな秀作、佳作を探して来て上映するミニシアターが注目を集める時代になっていましたからね。ヴィム・ベンダース監督の映画とかよく見に行ったものでした。

神保町の本屋は、ラドリオやミロンガ、古瀬戸珈琲と喫茶店とセット使いをよくしたけれど、渋谷の本屋は映画館と一体化した思い出になっています。そういう、お客さんが多かったのか、後に読んだウェブ記事によれば、当時のパルコブックセンターの書店員の方がアーヴィン・ウェルシュの原作小説「トレインスポッティング」が物凄く売れたって話していましたね。ちなみに、渋谷の桜ヶ丘にあったユーロスペースは円山町に引っ越して、スペイン坂にあったシネマライズは2016年に惜しまれながらクローズしてしまいましたが。

本屋での待ち合わせのもうひとつの楽しみ

あ、そういえば本屋で待ち合わせをした時の、それも、自分が遅れて行った時の楽しみがもう一つありました。本屋を待ち合わせ場所に選んだおかげで、相手が退屈しないで待っていてくれるだけでもありがたいことですが、相手がどの本棚の前に立っているのか、どの本を手にしているのかってことを見るのも密かに楽しんでいたなあ。

なんか、人の嗜好を覗き見するような感じで、性格悪そうな感じがしないでもありませんが、相手の意外な一面を見れたりして、ちょっと秘密を垣間見た気分になったんです。これからも本屋で待ち合わせはやめられません。

嶋 浩一郎

クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。

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(イラスト みずの紘)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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