鬼才「くっきー!」による初の小説。思春期全開JKの、どこかおかしい、たぶんおかしい青春ラブストーリー。
【第3回】こっち側の腹減りマウスホーン
鳥もまだまだ寝静まっている丑三つ時。
目覚まし時計もなく、僕は自然と目覚める。
これは習慣というか、クセといってもいいだろう。
『夏は朝日の昇りが早いよね』とか。
『冬は遅くなったね』とか。
そんなことすら確認のとれないほどの漆黒の風景。最近は、窓をあけ漆黒の外に息を吹きかけ、その白さなどで大まかな季節を確認する。
どうやら今日も夏のようだ。
屋根裏部屋のようなココは母の胎内のように居心地が悪く、まともに熟睡などしたことはない。
薄暗く湿気まみれ、鼻をつん裂く匂い。ネズミか何かが同居しているようで、止むコトのないカリカリカリという音。
それでもこの部屋から出ないのは外が怖いから。
そろそろ日が昇りだす。嫌な時間だ。太陽ってのは、まるでこっちを見てニコニコ笑っているかのよう。
偉そうに。
相当な自信があるのだろう。しかし、全員がお前のことを好いていると思うな。
現に僕は嫌いだ。
ギラギラにまぶしく驕り高ぶる太陽。
僕は嫌いだ。
太陽が丸くなって、全体が見えたら僕の日課が始まる。窓の横の外壁に沿って設置されている雨樋を伝い中庭におりる。そしてまた登り、部屋に戻る。
コレを年齢分やっている。ちなみに5歳の頃からはじめている。
意味はわからない。無意識にはじめて、今も継続しているだけの意味のない行為だ。
爪が伸びたから切るとは違う。お腹が減ったからご飯を食べるとか、急いでいるから走るとか、そんな理由や意味のあるものではなくて、起きたら目を開けるみたいなもの。
至極当たり前の行動。
現在は17回の雨樋の往復。その繰り返しのせいか、身体はハリガネを束ねて作ったような筋張った筋肉になった。
服を着たらガリガリに見えるが、体脂肪はとてつもなくゼロに近く、リアルマッスルとは僕のことだろう。
12歳の頃だった。一度、年齢を超えた回数をこなしてみようとしたとき、しっかりと肘を壊して入院した。
何年ぶりだっただろうか。
外に出たのは。
他人と関わったのは。
知らない場所の空気を吸い、知らない場所を歩き、知らない場所を記憶に置いたのは。
初めてのことだらけで、ドキドキという感情を初めて持った。
でも、はっきり言える。もう二度と入院したくない。家から出たくない。手術を終えて本来は1週間入院といわれたが、そそくさと脱走した。
病院の壁の雨樋を片手で伝い、4階から降り逃げた。
雨樋の日課が初めて役に立った。
雨樋の日課のせいだが。
そんな個人的通常で他人的異常な僕は、5年ぶりに外に出ることになる。
僕には両親はなく、じいちゃんと2人で暮らしている。
和室しかない狭い家だ。
じいちゃんは朝になると、いつも縁側で寝たふりをする。
なぜ、寝たふりをするのかといえば子供退治?
家の縁側を子供たちが近道だといって、やたらと許可なく通るのだ。
それに怒りを覚えたじいちゃんは、寝たふりをして走る子供のスピードを抑えさせ、忍び歩く子供たちめがけ、砂利を詰めた球を放ることにしたらしい。
まぁ、そんなことは週に一回あればいいところ。昨日、子供が泣きながら走っていたのを見かけたし、当分ないだろうとたかを括っていた。
下で『ノゴンっ』と大きな音が聞こえた。
ちょっと家も揺れたと思う。
僕はまさかと思った。
2連チャンはなかなかないレアケース。
しかし、あの音はいつもの音……いや、それ以上かも。
じいちゃんがいつものハントをしたんだ。
窓を開けて下を見たら女の子が耳から血を出して倒れている。
今までなら敷地内から引きずり出して、救急車を呼んで終わりだけど今日はなんか心配で……。
ん? 心配? なんだろ? わかんないけど。
この子は看病しなきゃ。
客間まで女の子を運び、気がついたら彼女のデコに絞ったタオルを置いていたんだ。
コレが看病というやつか。
女の子はなかなか目を覚まさない。じいちゃんはほっとけというが、そうはないかない。うなされている女の子のデコに、何度も何度もタオルを置いては絞った。
さすがに限界を感じた僕は救急車を呼んだ。そしたら女の子はうっすら目を覚ましたんだ。僕の腕をずっと見ていた。手術した方の腕を。
そしたら救急車のサイレンが聞こえた。
それと同時に女の子はまたゆっくり目を閉じ眠った。
救急車が到着。
救急隊員はじいちゃんと喋っている。どうやらじいちゃんは怒られているみたいだ。
頭をポリポリかきながらペコペコするじいちゃんは、なかなか見れるもんじゃないから、この時間はなんか好きだ。
救急隊員たちは女の子を運んでいく。そのとき、隊員の1人が僕に同乗するように言った。拒むという選択肢なんてないほどのスピードで。
半ば強制的に救急車に乗せられた。僕は救急車の中で揺られている女の子をジッと見ていたんだ。どうゆう感情かわかんないけど。
この子と会えなくなるのは嫌だなと思った。だから会えるようにしようと。
病院に着いたら女の子は眠ったまま検査に向かった。腹が減った僕はお金がなく、でも空腹をなんとかしなきゃいけないと口の中の皮を食べた。
女の子の検査が終わる頃、時間で言えば2時間ほどだったかな。僕はその間、チマチマ口の中の皮を食べていた。
気がつけば口の中はスカスカの空洞状態。口の中の皮を食べるとこんなにほっぺは薄いのだなぁ
『へへへ』と笑った。
音はフォフォフォとなった。声が口の中の空洞を這い回り、音を変えているのだ。
こんな楽器あったなぁ。
どうでもいいやと思った頃、病室の扉が開いた。
女の子が眠ったまま運ばれてきたのだ。看護婦さんが3人がかりで女の子をベッドに寝かせて、僕に話しかけてきた。女の子の名前や年齢、家の所在地、僕との関係……。
僕は口の中の空洞がバレたくなかったから、無言を貫き通した。困り果てた看護婦さんは困った顔をしたまま、散り散りに各々の持ち場に戻ってゆく。
しかし、1人だけ居座る看護婦さんがいた。その看護婦さんはとても個性的な顔で、言うなれば深海に佇むコブダイのようだった。
コブダイは懲りずに私に話しかけてくる。
無視を続ける僕。
懲りないコブダイ。
とうとう痺れを切らしたのかコブダイは『キィっ』と叫びながら、僕をピンタした。
なんだか今までブタれたなかで1番沁みるピンタだったなぁ。
怒りとか憎しみではない心のこもったピンタだったからなのか。
だから、ここまで沁みるのか。
このコブダイ、いや看護婦さんは素晴らしい人物だなぁ。
そう思った瞬間、僕は理解した。
沁みたのは感情どうこうではなく、口の中がスカスカのキズまみれだったからだと。
そう理解した瞬間にコブダイのランクはミルミル下がり、今は虫と同等です。
そうこうしているうちにいい時間になったので、一旦帰ることにした。
じいちゃんの手伝いをしなくては。コブダイに軽くお辞儀をして病室を後にした。
本来ならに人目を避けて歩く道。コソコソと隠れながら誰にも気づかれないように下を向いて。
しかし、今日は上を向いている。
そして、笑っている。
太陽って白に見えるんだ。
空ってこんなに青いんだ。
風ってこんなに草木を揺らすんだ。
今日から僕は当たり前を発見する旅人。
なんかカッコつけすぎかなぁ。
家に着くと、じいちゃんは上半身裸で背中を向けてあぐらをかいている。
僕は一言も発さず、肩や背中を揉む。小一時間、じいちゃんが納得するまでコレは続く。
今日はやけに右肩が張っている。
相当な力で肩を使ったんだろう。
あの女の子を仕留めるために。
ひとしきりマッサージが終わり、お小遣いをもらう。
僕の唯一の収入源。
現金で500円。
何年もコレが続いていて、僕は一切、お金は使わない。
この間、数えたら62万円あった
今日で62万500円。
なかなかのものだ。
じいちゃんの昼ごはんを作る。
偏食なじいちゃんは、昼は必ず食パンの上にサバ缶の中身を丸々のせ、その上にマヨネーズをかける。それをオーブンで焼いたものを食う。
簡単でいいのだが、よく飽きないなぁと思う。ちなみに晩御飯はサバ缶が焼き鳥の缶詰になる。コレを何十年と続けている。究極の偏食だ。
昼飯を終え、夜飯の準備も終わらせ、僕はさっきの覚えたてのあの道をそそくさと歩いた。
もちろんあの女の子に会うため。
外は雨が降り出していた。コンビニでビニール傘を買った。本来なら入ることすら出来ないであろうコンビニ。ドキドキはしなかった。
この道の先の病院にいる女の子に対するドキドキに勝てるものは、今はない。
僕は走っていた。差すために買った傘を開きもしないまま。じいちゃん以外の人に会うために急ぐ。
そんなこと僕がするなんて。
会ったらなんて言おう。
謝る? たわいもなく話す? それとも告白する?
病室の前についた。息を整えよう。
深呼吸をする。
『スゥーボォースゥーボォー』
最悪だ。口の中がスカスカのせいで、コレじゃまともに話せない。しょうがないから、無言看病です。
『フォフォフォ』(へへへ)
とりあえず病室に入り、タオルを絞って女の子のデコにのせた。女の子は無言で僕を見つめている。僕は口の中の空洞がバレないように無言を貫く。
女の子は肘を見てなんだか目を剥いた。なんだろう。ずっと見ている。
あぁこの子、何か僕に話そうとしている。
なんだろう?
なにを言いだすのだろう?
なんだ、なんだ、なんだっ?
女の子の口から言葉は発せられた。
『すふぃへぇふっ(好きです)!!!』
なんだろう……。
(つづく)
くっきー!
(イラスト ア~ミ~)
連載一覧
- 第1回 腹へりマウスホーン
- 第2回 牡蠣とマーク・ボラン
- 第3回 こっち側の腹減りマウスホーン
- 第4回 出来立てクレイジー彼女
- 第5回 復讐の白衣ゾンビ
- 第6回 朝日はしみるなぁ
- 第7回 顔面熱油
- 第8回 ファースト…
- 第9回 それぞれの道(悲しいバラード)