家にいるのに"やっぱり"家に帰りたい【第7回】不幸と別れから逃げられるなら|クォン・ラビン 桑畑優香 訳

いまいる場所になじむことができず、不安やとまどいを感じると、心やすまる居心地のいい家に帰りたくなる。
自分を守ってくれる温もりあふれる人と空間を誰もが必要としているのだ。
わたしが綴る言葉たちが、あなたのあたたかい避難場所となり、心と体がゆっくり休まりますように。――クォン・ラビン

【第7回】不幸と別れから逃げられるなら

 

あきらめる

恋に落ちる瞬間

相手を愛する分だけ、わたしはわたしをあきらめなければならない

 

 

ふたつの雪だるま

雪は、しんしんと静かに積もる。気づかないうちに、ゆっくりと。

 

愛も雪と同じように、しんしんと静かに積もる。

長い時間をかけて積み重ねた信頼が、ふたりを特別な存在にするのだ。

 

雪は、一瞬で溶ける。ちいさな水たまりに触れるだけで、あっという間に。

 

愛も雪と同じように、一瞬で溶ける。

厳しい状況や環境を乗り越えながら、長い時間をかけて積み重ねたにもかかわらず、小さな炎ひとつで消えてしまう。

 

愛がずっと溶けないように。

そう願いながらわたしは、雪の降る日、小さな雪だるまを2つ作り、冷凍庫に入れた。

 

愛を守りたいと願うわたしの心を知っている、同じ気持ちの誰かが、世界のどこかにきっといることを願いながら。

 

不幸と別れから逃げられるなら

別れた後にご飯を食べる。 いつものように仕事をして、いつものように眠りにつく。心の底にくすぶり続ける思いを抱えながら……。そんな飼い主の気持ちを知ってか知らずか、小さな犬はおもちゃで遊びながら、わたしをじっと見つめる。

 

「幸せな時も不幸な時も、一緒にいよう」という約束をかなえるのは、実際にはとても難しかった。いや、難しいと知っていながら、約束という言葉で、自分たちを縛ろうとしていたのかもしれない。不幸になれば、悲しみにさいなまれ、愛する人を遠ざけてしまう。自分だけ苦しめばいいはずなのに。その気持ちを愛する人に感じさせたくないというのは、言い訳だろうか。すべての瞬間を共にしたかったはずなのに。そう思うのは未練が残っているからだろうか。不幸の中に取り残された人と、去った人。それぞれが、不幸と幸せという異なる時を過ごしていく。

 

あんなにも愛するあなたと、なぜ出会ってしまったのか。別れたのは、出会いが早すぎたためなのか。愛から逃げ出すのではなく、不幸と別れを遠ざけたいのに。そうすることができれば、わたしたちは別れていなかったはずなのに。そんなふうに思ったこともある。

 

でも、すべての心も、燃えさしのような愛も。

別れの前では、無力だった。それがわたしの、現実だった。

 

(イラスト チョンオ)

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著者プロフィール

クォン・ラビン
1994年、韓国生まれ。9歳のときに両親が離婚。そのことがきっかけで、世間では「あたりまえ」と思われている多くのことに疑問を持ちはじめる。2020年、自分と同じような思いを抱える読者に寄りそう言葉を届けたいと、デビュー作となる『家にいるのに家に帰りたい』(&books/辰巳出版)を刊行。

永遠なる紫の月——あなたはきっと、わたしとこの言葉たちが好きになる。

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桑畑優香
翻訳家、ライター。早稲田大学第一文学部卒業。延世大学語学堂、ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」のディレクターを経てフリーに。多くの媒体に韓国エンターテインメント関連記事を寄稿。主な翻訳書に『BTSを読む』(柏書房)、『BTSとARMY』(イースト・プレス)、『BTSオン・ザ・ロード』(玄光社)、『家にいるのに家に帰りたい』『それぞれのうしろ姿』(&books/辰巳出版)ほか多数。

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-家にいるのに“やっぱり”家に帰りたい, 連載