家にいるのに"やっぱり"家に帰りたい【第9回】 時間を歩く|クォン・ラビン 桑畑優香 訳

いまいる場所になじむことができず、不安やとまどいを感じると、心やすまる居心地のいい家に帰りたくなる。
自分を守ってくれる温もりあふれる人と空間を誰もが必要としているのだ。
わたしが綴る言葉たちが、あなたのあたたかい避難場所となり、心と体がゆっくり休まりますように。――クォン・ラビン

【第9回】時間を歩く

むなしい金曜日

まだあなたが恋しく、あなたと一緒にいたいと願う。

金曜日が来るたびにわくわくしていた心は、週末がくるたびに孤独で、ただずっと、あなたがいた場所を見つめている。

つらすぎる恋が、別れを迎えた理由

あれはいつだったか。わたしとあなたが大声でののしり合い、こみ上げる悲しみと涙をこらえていたあの日。怒っていたにもかかわらず、なぜか突然立ち上がり、座っているあなたのもとに行き、ぎゅっと抱きよせた。するとあなたは、がまんしていたものが一気に爆発したかのように、泣き続けた。まるで子どもみたいに。そんなあなたを強く抱きしめながら、わたしも泣いた。

その時、ふと思った。

この人は、こんなふうに誰かの腕の中で泣いたことがなかったのかも。わたしはあなたを受け止める存在でありたい。どんなに腹が立ったとしても。

しばらくうずくまって泣きながら、お互いの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を見つめ、涙を拭きあった瞬間が、いまも心に焼きついている。

 

「君の愛は自己犠牲的だ」とあなたは言ったけど、そんな風に思ったことは一度もない。

ただあなたを愛していただけ。

犠牲でも、誰のせいでもなく、そのままのあなたを愛していただけ。

 

あなたに出会って気づいた。プライドは、愛の前では何の力ももたないことを。

こんなに悲しくてつらい恋もあるということを。

 

もう少し、わたしたちが大人だったら。

身体だけでなく、心も大人だったら。

 

わたしたちは別れずに、いまも一緒にいただろうか。

あなたに言えない「会いたい」という四文字を、壁の隅に書いてみる。

 

会いたい。

会いたい。

 

わたしはまだ、あなたを愛してる。

 

 

時間を歩く

時間は別れの苦しみを解決してくれるわけじゃない。

時が経っても忘れられない人がいる。

別れは結局、自分で乗り超えなければならない人生の宿題だった。

 

愛からわたしとあなたを取り去れば何が残るのか。

手を伸ばしてみても触れるのは、壊れた愛のかけらだけ。

 

どんな言葉を聞いても、読んでも、つらい気持ちは変わらない。愛する人との別れとはそういうものだ。

 

「後遺症」と「後悔」の共通点は、「後」という文字。

愛が終わった後にひきずる思い。

時間がわたしの気持ちを解決してくれるわけじゃない。愛した時と同じように、別れにも勇気が必要だ。

ばっさりと、切り捨てる勇気。

 

人生はもうおしまい。

そう思った別れの後も、人生は続く。

 

その人がいたから幸せだった。

だとすれば、わたしの幸せのために、その人が必要だったということ。結局、主役はわたしで、その人ではないということ。

 

愛は、人は、こんなにもややこしい。

 

 

 

(イラスト チョンオ)

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著者プロフィール

クォン・ラビン
1994年、韓国生まれ。9歳のときに両親が離婚。そのことがきっかけで、世間では「あたりまえ」と思われている多くのことに疑問を持ちはじめる。2020年、自分と同じような思いを抱える読者に寄りそう言葉を届けたいと、デビュー作となる『家にいるのに家に帰りたい』(&books/辰巳出版)を刊行。

永遠なる紫の月——あなたはきっと、わたしとこの言葉たちが好きになる。

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桑畑優香
翻訳家、ライター。早稲田大学第一文学部卒業。延世大学語学堂、ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」のディレクターを経てフリーに。多くの媒体に韓国エンターテインメント関連記事を寄稿。主な翻訳書に『BTSを読む』(柏書房)、『BTSとARMY』(イースト・プレス)、『BTSオン・ザ・ロード』(玄光社)、『家にいるのに家に帰りたい』『それぞれのうしろ姿』(&books/辰巳出版)ほか多数。

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