本屋はいつでも僕を笑顔にする!
「本屋大賞」の立ち上げに関わり、実際に下北沢で「本屋B&B」を
開業した嶋浩一郎による体験的「本屋」幸福論。
【第4回】絶滅危惧種、24時間営業書店を応援したい!
変な時間に開く店に共感を覚えるんです。自分が運営する本屋B&Bがある街、下北沢に朝5時にオープンするマレーシアの混ぜ麺を売る店があります。現地ではパンミーと呼ばれる小麦麺で、アナゴのツメ(タレ)を麺に混ぜ、ジャコと花椒(フォアジャオ)をかけて食すのですが、これがなかなか美味しいわけです。店主はカウンターの向こうで手際よく動きまわり活気があって、緑やブルーやピンクのプラスチック食器がカラフルで、あたかもアジアのどこかの都市の屋台にいるような雰囲気を醸し出してくれます。
その店を初めて訪ねた時、朝5時からオープンする店に朝7時に行くのはなんとなく失礼というか、お店のやる気にしっかり応えていない感じがして、オープンの5時を目指し、4時台に起床しました。冬の薄暗い路地の奥に店から蛍光灯の光が溢れてきておのずと期待は高まります。お店はなんと満席。朝まで飲み続けた劇団員と思われるカップルが〆のシンハービールを飲み始め、その隣にはこれから仕事と思われるサラリーマンが朝ごはんの麺をすすり、エンジンをかけ始めていました。
これからお休みのあなたと、これからお出かけのあなたが出会う、夜と昼の生活が溶け合う空間がそこにありました。それはまるで穴子のエキスが染み入った麺の甘さと、辛味調味料の絶妙なバランスが混じり合うパンミーのよう。下北沢の街と人のリズムと一体化したお店はとても魅力的に感じられました。
深夜の青山ブックセンターで大人買いするのが夢だった
深夜営業の本屋をおとずれると、本屋のある街の人々の生活が感じられてとても愛おしい気持ちになることがあります。本屋は街の人の生活に溶け込んだ存在なんだって気づかせてくれるんですよね。以前はJR渋谷駅から国道246号を渡ったところに24時間営業の山下書店があって深夜によく利用したし、六本木の青山ブックセンターも午前4時まで営業をしていました。しかし、二つのお店ともいまはありません。
大学生の頃は大人になったら深夜の青山ブックセンターで本の大人買いをするのが夢だったのになあ。ミーハーな夢でどうもすみませんという感じですが、深夜の青山ブックセンターはデザインや広告業界の人たちが情報収集する場所として知られていたし(実際レジェンドといわれる建築家やデザイナーが普通に雑誌を立ち読みしていました)、いわゆるギョーカイを目指す若い子たちにとってキラキラ輝いている場所で、都心の深夜営業書店は知的な不良の匂いがしたんですよね。
山下書店渋谷店もマーケティングの本に力をいれていましたが、コミックの平積みが充実していました。90年代デビューの多くの漫画家とこの店で出会いました。飲み会の後、山下書店をぶらついて初めて目にした漫画家のコミックを買って帰り、ベッドで眠りにつくまでの時間、ページをめくるのは、まるで深夜のデザートみたいで、なんだか得した気分になったのを覚えています。ああ、この絶妙なタイミングで書店が開いててよかった。東京ってやっぱりすごい!と本気で思ったものでした。
都内唯一の24時間営業書店がある意外な街
今、都内で24時間営業を続けている本屋は大塚駅前の山下書店だけになってしまいました。JR大塚駅を降りるとJRの高架下を都電が通り抜けていきます。北口のロータリーに山下書店大塚店があるのですが、本屋の裏手には商店街や飲み屋街があって、その先は住宅地になっています。どちらかと言えば庶民的という言葉が似合う街ですね。
僕は学生時代、大塚で学習塾の講師のアルバイトをしていたことがあるので、バイト仲間の学生たちとこの街の居酒屋で何度も飲んだことがあり、それまで自分の人生には全く縁のなかった駅と街だったのですが、それ以来親しみを感じています。
北海道料理で知られる居酒屋がバイト仲間の溜まり場で30年たった今でもその店は営業を続けていて、時々かつての仲間と集まってホッケとかつつきながらビールを飲んで〆はいくら丼という30年前のカロリー消費にタイムスリップする会を開催しています。そんな時、ぶらりと寄るのが24時間営業の山下書店大塚店。ここは、大塚の街の人々の生活が感じられるザ・街の書店です。
駅前にあるビルの一階にある青いひさしの店内は明るく奥が広くて、話題の新刊、雑誌、コミック、生活、料理からノンフィクション 、文芸まで、主婦から勤め人までいろんなお客さんが想像できる幅広い品揃えです。きっと、昼間は近くの会社で働くサラリーマン、あるいは近所に住む主婦のお客さんが多いんじゃないかなと思います。深夜帯は、大塚で飲んでいた人や、近隣の家に帰る学生やサラリーマンがメインのお客さんでしょう。
深夜に小説を物色するサラリーマンにエールを
深夜にこの店によると、意外なことに小説のコーナーにいる男性サラリーマンが多いんですよ。歴史小説、経済小説、推理小説、恋愛小説が平積みされているところに、会社帰りと思われる男性が黙々と本を選ぶ姿をよく見かけるんです。もちろん、山下書店には、ビジネス書のコーナーもあって、その手の本も売れているのでしょう。でも、働く男の人が小説を読むのはすごく素敵だなといつもこの本屋で思うのです。
きっと、仕事でいろんな壁にぶつかったり、どうにもならないことがあったり、で、飲みに行ったりして。でも、その日のおわりに小説を選びに本屋に立ち寄るのは、とっても贅沢なことだし、心に余裕があるなあと感じるんです。おもわず、いいぞ、君はきっと大物になる!ってお客さんの背後から声をかけてしまいそうになります。
小説を読むことは、具体と抽象を行き来することだって僕は思っています。人間関係でも、恋愛でも、仕事でも目の前で起きている現実の出来事を抽象化できる人は、現場のヒリヒリした状況を距離をおいて客観視する視点をもっているから、自身も含めて人に対していろんなことが許容できる、ある意味うまく生きる術を身につけているわけです。小説をはじめとするフィクションはそういう鍛錬をしてくれる教科書なんですよね。
ジョブズをはじめ、海外のスーパービジネスパーソンの愛読書には学術書やノンフィクションの本に混じって必ずフィクションも混じっていますよね。特にSFが多いかな。ノンフィクションはビジネスの想像力を羽ばたかせるパワーも持っているはずです。
そんなわけで日本のビジネスマンはもっとフィクションを読んだ方がいいのにと日々思っていて、大塚で深夜に小説を物色するビジネスマンをみると、おもわず興奮してしまうのです。いいぞ、日本のビジネスパーソン、そしてそれを支える24時間営業の本屋さん! 絶滅危惧種になってしまった24時間営業の本屋だけれども、頑張ってほしいなあ。
ちなみに、大塚には深夜までおにぎりを販売するおにぎり専門店〈ぼんご〉があります。たらこ、うめといった基本の具から、うにくらげやピーナッツ味噌なんていうかわり種まで50種以上のおにぎりを売っています。僕は、具なし、海苔なしという、まあシンプルこのうえないいわゆる塩結びが好みです。深夜の読書のおともを選びに、山下書店の帰り道にはぜひ立ち寄ってみてください。
嶋 浩一郎
クリエイティブ・ディレクター。編集者。書店経営者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年、朝日新聞社に出向し若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクターを務める。2004年、本屋大賞の立ち上げに参画。現本屋大賞実行委員会理事。2012年にブックディレクター内沼晋太郎と東京下北沢にビールが飲める書店「本屋B&B」を開業。著書に『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』(松井剛と共著)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。ラジオNIKKEIで音楽家渋谷慶一郎と「ラジオ第二外国語 今すぐには役には立たない知識」を放送中。
連載一覧
- 第1回 本を「地産地消」で楽しむ
- 第2回 書店における魔の空間
- 第3回 待ち合わせは本屋さんで
- 第4回 絶滅危惧種、24時間営業書店を応援したい!
- 第5回 本屋の後はカレーかサンドイッチか それが問題だ!
- 第6回 あの書店のあのフェアがすごかった!
- 第7回 完全に振り切れた大阪の本屋、 波屋書房のすごさとは?
- 第8回 地野菜と外国文学の未知との遭遇
- 第9回 無人店舗で本を買う
- 第10回 「この本、読み忘れていませんか?」痒いところに手が届く盛岡の本屋さん
- 第11回 出張帰りにゴルゴに感情移入を
- 第12回 本は見るもの触るもの
- 第13回 座って本を売ってもいいですか?
- 第14回 本を読みながら飲む最高のビールに出会ってしまった話