血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。
保護犬たちの物語【第5話】みるくてぃ(1歳)
土曜日のとある公園。春はまだ浅いけれど、ベビーカーを押している笑顔の絶えない若いふたりには、午後の光がやわらかくふり注いでる。
ベビーカーの中からは、こげ茶とうす茶のツートンカラーの犬がちょこんと顔をのぞかせていて、二重まぶたのように見える愛らしい目で空を見上げたり、すれ違う人を見つめたりしている。
彼女の名前は、「みるくてぃ」。まだ成犬になりきっていない大きさである。
みるくてぃは、想一朗さん・まみさん夫妻の、自慢の「娘」だ。パパが休みの日は、こうしていろんな公園に連れてきてもらう。今日は、電車に乗ってこの公園にやってきた。
芝生の広場まで来ると、パパが車イスをみるくてぃちゃんの体にセットしてくれた。みるちゃんは、おおはしゃぎ。うれしいと、尻尾がブンブン揺れる。うれしすぎると、脚はバタバタ、お口がワニみたいにぱっくり開いてしまう。
どんなみるちゃんもキュートで、「かわいい~~!」をパパとママは連発している。
他の公園で、通りかかった子どもたちが取り囲み、「この子、歩けないの?」と聞いてきたことがあった。
「生まれたときから歩けなかったの。でも、今、一生懸命歩く練習をしているから、応援してあげてね」
ニコニコ笑顔でまみさんがそう言うと、子どもたちは「がんばれ!」と言って、ガッツポーズをとってくれた。
想一朗さんとまみさんは、1年ちょっと前に結婚したばかり。ふたりとも九州出身で、写真のサークルで知り合い、5年の付き合いだ。「誰よりも私のことをわかってくれる人」とまみさんは言う。何を大切にして生きるか、価値観も同じだ。
「保護犬を迎えたい」という、まみさんの結婚前からのずっとの夢もふたりで共有し、都内で開かれていた譲渡会に出かけた。
会場入り口に、一匹、ケージではなくクレートに入っている子犬がいるのが見えた。
2~3組の家族が「わあ、かわいい」と言ってのぞき込んでいるふうだったが、スタッフが「この子は障がいがあって……」と説明し始めると、みなスーッとその場を離れていった。
想一朗さんとまみさんは、みなが離れていった子犬のもとへ歩み寄る。
「かわいい!!」
まみさんは、初めての譲渡会で、最初に見たその子に一目ぼれしてしまった。
ミルクティ―のような柔らかな色。ちょっとはにかんだような二重まぶた。
もうこの子以外に考えられなかった。想一朗さんも異存なし。一生大事にする覚悟で迎えるのはもちろんで、障がいのあることはまるで気にならなかったという。
迎えた後、まみさんのお姉さんは「保護犬を迎えてくれてうれしい」と、泣いて喜んでくれた。
子犬は、野犬の巣穴から保護された5きょうだいの1匹だった。そのうち3匹が、首が定まらず歩けないという同じ障がいを持っていた。生まれつき小脳の働きがうまくいっていないためらしかった。
保護後の名前だった「ミルクティー」の名はそのままに、「みるくてぃ」とひらがなにした。愛称は「みるちゃん」だ。
みるちゃんは、自力では立てないし歩けないので、寝転がっての暮らしである。室内では赤ちゃん用のオムツを当てている。ウンチをしたときは「ワン!」と短く吠えて教えてくれる。一日数回車イスに乗って、ご飯を食べたり、歩く練習をしたりする。車イスが心地いいのか、ときどきスースー寝てしまう。
そんなみるちゃんの成長を共に見守ってもらえればと、迎えて数日たったころSNS発信を始めると、「みるちゃんかわいい!」「みるちゃん、歩く練習、がんばれ」と応援してくれる人が増えていった。
みるちゃんが幼い頃、犬用車イスのあることは知っていたが、成長期にまたたく間にサイズが合わなくなるので、注文できずにいた。すると、面識もないフォロワーのかたが「うちで使っていた車イスをみるちゃんに使ってください」と申し出てくれた。どんなにうれしかったことか。
子犬時代にその車イスをお借りして、みるちゃんの行動範囲はずいぶんと広がった。大きくなった今は、自分の車イスを持っている。
公園に行くと、いろんな犬種の飼い主さんと会話を交わし合う。犬が寄ってきて、会話が始まることが多い。みるちゃんはちょっぴりはにかみ屋さんだが、どんどん友だちが増えていく。今日も、フレンチブルくんやパピヨンちゃんや柴犬くんやサルーキちゃんたち、いろんな子が仲良くしてくれた。
「なんてかわいい目!」「かわいい子ねえ。すてきな色。ヨーロッパの女の子みたい」「歩く練習、がんばってるんだね」と、みるちゃんは大人気だ。
九州から上京、想一朗さんの就職によって知らない街で暮らし始めたふたりだが、みるちゃんのおかげで、たくさんの人と毎日笑顔で交流できている。ご近所のゴールデンレトリバーちゃんは、自分の毛布やおもちゃをくわえてきてくれるほど、みるちゃんを気にかけてくれている。
みるちゃんは、行く先々で笑顔の綿毛を飛ばし、あちこちでタンポポを咲かせているようだ。
獣医さんからは「たぶん一生歩けない」と言われている。でも、車イスを使い、パパとママに向かってうれしそうに歩いてこようとするみるちゃんを見る限り、「一歩でも自分の脚で歩けるようになるかもしれない」夢を応援し続けたい。
「みるちゃんを迎えた当初は、前向きにがんばっているみるちゃんのことを、私たちが支えていこうと思っていたんです。でも、気づいたら、私たちがみるちゃんのかわいい笑顔に支えられていました。みるちゃんと過ごす一日一日が楽しいです」と、ふたりは言う。
買い物やご飯の支度、トイレタイムなど、短い時間でも離れた後に戻っていくと、体じゅうで喜びを表すみるちゃんが、いとしくてたまらない。寒いときはふたりの間の布団にもぐって腕枕で、暑いときはふたりのどちらかの枕を横取りして気持ちよさそうに寝るみるちゃんが、いとしくてたまらない。
公園を通りかかった人が、みるちゃんを撫でながら言った。
「しあわせねえ」
まみさんは、勇んで「はい!」と答える。
その人は、みるちゃんに向かって言葉を続ける。
「こんなやさしいお父さんとお母さんにかわいがってもらって」
まみさんは、あわてて答える。
「いえ、しあわせなのは、私たちなんです。この子もしあわせと思っていてくれてたらうれしいですけれど」
みるちゃんのきょうだいたちも、それぞれの家族とともにしあわせに暮らしている。都合のつく家族同士では何度か会っているが、5家族揃ってはまだなので、近々の実現が楽しみだ。
2月14日は、生年月日不明のみるちゃんの誕生日とした日だ。
ふたりで、みるちゃんの前でこんな歌をうたってあげる。保護してくれた人、譲渡までを預かってくれた人、見守ってくれているたくさんの人への感謝を込めて。
「たんたんたんたん誕生日 きょうはみるちゃんの誕生日
生まれてくれて本当にありがとう きょうはみるちゃんの誕生日」
みるちゃんは、尻尾をブンブン振り、うれしさのあまり口をあんぐりするだろう。
佐竹茉莉子
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。
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