血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。
保護犬たちの物語【第16話】カンナ(10歳)
朝陽が遠くの山あいから上ってきた。
カンナは、茶色い瞳と白い毛を輝かせ、シッポをくるんと上げて、楽しげにいつもの道を行く。
「カンナちゃん、おはよう!」
「気持ちのいい朝だね~」
途中で合流する人たちから、声がかかる。みんな、カンナを見るなり目じりが下がる。カンナもうれしそうに笑顔を返す。
ここは、群馬県桐生市の水道山公園。町が見渡せる小高い山が市民の憩う公園となっていて、その中腹に、早朝ラジオ体操の仲間が集う広場があるのだ。
暑い日も寒い日も、風の日も小雨の日もカンナは、飼い主の大越さんとともに、ここに通う。カンナ自身が、ここへ通うのを楽しみにしているからでもあるが、カンナが来ないと仲間から一斉に「なんでカンナちゃんがいないの」とブーイングがおこるからである。
ラジオ体操は、毎朝6時半から始まる。
早朝の広場は仲間だけだから、ロングリードのカンナは、みんなの間を縫って自由に歩き回る。これが彼女の参加スタイルだ。
ラジオ体操が終わると、参加メンバーから「カンナちゃん、今朝も参加してくれてありがとう」とごほうびのおやつをもらう。
今日の参加者は、12名。大越さん以外はほとんどが70~80代の元気な高齢者だ。「使わないと足腰がすぐ弱っちゃうからね」と、会場への山道を毎朝上り下りするのを日課としている。その後押しをしているのが「行けばカンナちゃんに会える」楽しみだ。犬が苦手な人はいない。全員が「カンナちゃんファン」という和気あいあいのグループである。
おかげで、飼い主の大越さんも元気。仲間たちも元気。カンナちゃんも元気なのだ。
じつは、ここのラジオ体操に通う「カンナちゃん」は、2代目である。
メンバーのYさんに連れられてここに通ってきていた初代カンナちゃんは、黒い毛が混じった犬だった。
神無月生まれだったので「カンナ」の名がついた初代カンナも、温和でフレンドリーな犬で、大越さんがときどき預かることもあった。病を得てすっかり痩せてしまっても公園に行きたがり、最後まで通っていた。
その初代カンナが亡くなって、Yさんや大越さんはじめ、メンバーたちはすっかり気落ちしてしまった。
そんなときに、大越さんは、ゴミ出しに行った路地で、ご近所の方から「長いことアパートの前で繋がれっぱなしだった飼育放棄犬を、高崎市の保護団体の助けを借りてうちに迎えた」という話を聞く。その方は言った。「もしまた犬を迎えようと考えているのなら、その団体の譲渡会に行ってみたら?」
大越さんは、ラジオ体操の仲間宇佐美さんと連れ立って、紹介された団体「ドッグリライフ群馬」の次の譲渡会に行ってみた。
宇佐美さんは言う。
「会場に入るなり、1匹の白い犬がぼくたちのことをじーっと見つめてきたんです。気になって、ぼくはその子とずっと遊んでいました。ほんとうに温和ないい子だった」
大越さんも、その子がとても気に入った。2代目としてみんなに可愛がってもらうにはぴったりの子と思えた。
「ゆきな」という仮の名がついていたその子は、ドッグリライフ群馬の代表新井さんによって、県の愛護センターから引き出された犬だった。昨年2月の引き出し当時は、推定8~9歳とのことだった。
新井さんの家で、メンテナンスを済ませた後、預かりボラの高田さんのもとで過ごすことになった。ひもじい日々を経験したことがあるのだろう、やってきた当初は落ちつかない様子も見せたが、落ちついてからは「まるで手のかからない子」になった。
預かりの高田さんが「すごく適応力のある子」と太鼓判を押したゆきなは、2代目カンナとなった。昨年5月のことである。
トライアル中から参加していたラジオ体操広場では、みんなが大歓迎。たちまち人気者となる。センターから引き出されたときは、やせ型だったが、毎日しっかり歩くので、胸板も厚くなり、筋肉もついた。丸い目はますます丸く、思慮深さと温和さを増した。
ラジオ体操が終わり、カンナは大越さんと共に、譲渡会で自分を見出してくれた宇佐美さんの家へ。ここは、カンナの別宅である。フカフカの布団が敷いてあれば、その真ん中で寝るのがお気に入りだが、「カンナの座布団」もちゃんと用意されている。
宇佐美さんは、週に2~3回ゴルフの練習に通っているが、カンナはそのお供もする。車の助手席で飽かず景色を眺めているという。宇佐美さんがゴルフの練習中はフロントで待っていて、スタッフたちに可愛がられる。
初代カンナの飼い主で、高齢のため犬と暮らすのは諦めていた犬好きのYさんの家にも、しょっちゅうステイする。Yさんが裏の畑仕事に連れていくと、カンナは大喜びで、穴を掘って遊ぶ。
Yさんの家にも、カンナのベッドや座布団が置いてある。
地区の小学校の運動会に連れて行ってもらったときのこと。いろいろな人に声をかけてもらってご機嫌だったカンナだったが、競技で使う太鼓やピストルの音にびっくり仰天。それからは、音のする場所へのお出かけは気をつけてもらっている。
苦手なものは「大きな音」くらいなもので、好きなことはいっぱい。食べること、歩くこと、声をかけてもらうこと、車の助手席に乗ってお出かけすること。
ゴミ出しの時の立ち話がきっかけで、カンナ譲渡の縁を繋いでくれた方の保護犬「ラッキー」とのご対面も果たした。命救われた2匹の保護犬は鼻と鼻をちょんと突き合わせ、どんなことを伝えあったのだろうか。
ラッキーは、アパートの前に繋がれっぱなしのまま飼育放棄されていた過去を持つ。カンナがセンターに収容されるまでの半生はわからない。共にさびしい思いも不安な思いもしたであろうが、人間好きの穏やかな性格のままでいてくれた。
前半生のつらかったことすべてが帳消しになって余りあるほど、2匹の犬は地域コミュニティーに溶け込み、住民たちに慈しまれて、しあわせに暮らしている。
佐竹茉莉子
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。
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