血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。
保護犬たちの物語【第10話】まる・ひろ(13歳)
青い空の下、遠くの町まで一望できるガーデン席のあるマンション3階の天空カフェ「風時計」は、東京都東村山市にある。北海道出身のマスターと、共同経営者で千葉県出身の久恵さんの「吹く風を感じながらゆったりとした時間を過ごしてもらいたい」という思いが詰まったアットホームな店だ。久恵さんが飼っている2匹の犬と1匹の猫は、お客さんの要望などに応じ、隣の自宅からときどき店に出てきてみんなに可愛がられている。
犬たちの名は「まる」と「ひろ」。
おでこや背中が黒っぽいのがまる。
おでこに白い部分があるのがひろである。
つぶらな瞳やツヤツヤの鼻先、身を寄せ合うようなしぐさが愛らしく、まだ1~2歳の犬だと客に間違われることも多いが、13歳を超えたシニア犬だ。
白い猫の名は「りゅう」。12歳の悠々たる大猫である。
フレンドリーなりゅうは、客が連れてきた初対面の犬にも愛想がいい。ここは犬の同伴OKのカフェなのだ。
りゅうは同じ家に暮らすまるひろ兄弟と遊びたくてたまらないのだが、寄っていくと兄弟は身を寄せ合い、目を伏せてしまう。
まるは6キロ台、ひろは7キロ台の小ぶりの中型犬で、8キロ超えのりゅうの迫力にはふたりしてビビってしまうのだ。
「まるちゃんひろちゃんに会えますか」「りゅうくんいますか」と、お客さんに人気のまるひろ兄弟もりゅうも、捨てられていた過去を持つ者同士だ。
13年前の9月の連休のこと。当時会社員でアパートのひとり暮らしだった久恵さんは、帰省するため、のちに店を共同経営することになるマスターの車で千葉県の実家まで送ってもらっていた。途中、小さな道の駅で休憩。車内からぼんやりと夕暮れ風景を眺めていると、茂みに白い段ボール箱があるのに気づく。ざわっと胸が騒いだ。
「数日前に不思議な夢を見ていたんです。犬だか猫だかは不明なんですが、動物を飼うためにケージを用意している夢でした。動物はウサギしか飼ったことがなかった私なのに」
「あの箱の中をを見てきて」と頼むと、マスターは「誰かが捨てたゴミだと思うよ」と言いながら見に行ってくれたが、驚いて戻ってきた。
段ボール箱のふたは開いていて、中にはまだ生まれて間もない子犬が2匹入っていた。捨て犬だった。
道の駅のスタッフに聞くと、「朝から置いてあって、見たときは4匹いた」とのこと。スタッフで連れて帰れる人は誰もおらず、ミルクは与えたものの、どうしようと思案に暮れていたとのことだった。
いなくなった2匹が自力で箱から外に出るとは思えず、近くにも見当たらないので、立ち寄って見つけた客が1匹ずつ、または2匹一緒に連れ帰ったのかもしれなかった。
久恵さんに子犬を育てる経験も自信もない。しかも、2匹。だが、日が暮れるのにこのままにはしておけない。しばし悩んだ末、久恵さんたちはひとまず2匹を連れて実家に向かう。途中で、ホームセンターにより、ケージやミルク、シリンジなど子犬育てに必要な一式と、「子犬の飼い方」の本を3冊購入した。
実家に着くと、母は子犬を見るなり、笑いながらひやかした。
「いまどき、子犬を拾って帰ってくる娘って、どこのだあれ?」
寡黙な父も目を細めている。
「翌日、実家から電車でアパートに連れ帰ったときは、なんとか貰い手を探そうという気持ちでしたが、2匹とも自分で飼うことに決めたのは、いつだったかな」
思い出そうとする久恵さんに、マスターが言う。「すぐだったよ」
獣医さんの見立てでは、虫やダニもいないし、耳の中もきれいで健康状態もよかったので、「捨てられる直前まで大事にされていたのでは」ということだった。骨格からすると、牧羊犬と柴犬のミックスと思われた。
数時間おきの授乳が必要だったが、マスターが飼育を手伝ってくれたし、会社の女性上司は「会社に連れてくれば」と言ってくれて同伴出社もできた。職場のみんなが、久恵さんの初めての子犬育てを見守り、相談に乗ってくれた。
「ごはん代もオモチャ代も医療費も2匹分で、お財布には厳しかったけど、兄弟で仲良く遊んで留守番してくれるのでよかった。それでも、2匹がどんどん大きくなっちゃったらどうしようと、1年くらいはドキドキでした。程よい大きさでとどまってくれて、ホッとしました」
まるひろを保護した翌年に、小学生の甥っ子が千葉県内で拾ったガリガリの痩せた子猫が、りゅうである。久恵さんの実家に迎えられて可愛がられ、みるみる体格のいい猫となった。久恵さんと共に帰省するまるひろとは顔なじみの間柄となる。
マスターと久恵さんがカフェを共同で開くこととなり、実家の父亡き後は、久恵さんの兄と暮らしていたお母さんとりゅうが、久恵さんとまるひろの住むマンションに合流したのは、6年前。
りゅうよりまるひろ兄弟の方が1歳年長なのだが、りゅうには開店時に引き受けた「猫店長」の自負があるらしく、どうもイバリ気味である。りゅうは、いつも寄り添うまるひろの兄弟ならではの深い絆がうらやましいのかもしれない。
拾ったときは、まるの方が少し大きかった。性格もまるが活発で、おとなしいひろは後ろに隠れがちだった。そのため、まるが兄でひろが弟ということになっている。
だが、散歩中に大型犬に咬まれたりするケガや病気はまるの方ばかりで、開腹手術もしている。この頃では体格はひろが少し追い越した。それでも、ひろはいつだってお兄ちゃんをみならい慕っている。
「犬と暮らすのは初めての私が、不思議な縁で子犬を2匹も育てちゃいました。もちろん子犬時代の可愛らしさも存分に味わいましたが、年をとっていく犬猫の可愛さって、また格別ですね。手がかかったり、老いてスローペースになったり、耳が遠くなったり、そういったすべてをひっくるめて毎日がしみじみ愛しくて、ワクワク楽しいです」
久恵さんはやさしい笑顔でそう語る。
「ウサギを亡くしたときも父を見送ったときも、ものすごく落ち込んだんです。でも、そんな時、すぐそばに『自分が世話をしなければいけない、今を生きている小さな命』があることで、とても助けられました」
救った命だったが、日々たくさんのことをまるひろは気づかせ、折々に力づけてくれ、笑顔を増やしてくれた。
「自分にとって都合のいいことだけが楽しいことではない、都合のいいことも悪いことも楽しみにすることができるんだと、つくづく知りました」
風の吹き抜ける時間を、ここでは、人も犬も猫も共に過ごしている。
最後に、久恵さんがこんなことを話してくれた。
「ひそかに夢見ていることがあるんです。あの時いっしょに捨てられていた他の2匹も、どこかで元気に育って可愛がられていて、いつか、4きょうだいで再会できたらいいな、って。まるひろを拾う前に見た夢が現実になったから、叶うかもしれませんよね」
佐竹茉莉子
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。
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