血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。
保護犬たちの物語【第18話】福(推定2歳)
「福」という新しい名前をもらった黒茶の犬は、その名を呼ばれると、新しい家族のもとにうれしそうに駆け寄り、甘えて手を預けた。5月の風が吹き抜けていくその日は、福がここA家にやってきて1週間めだった。
茨城県の田畑が広がる町にある広い敷地内には、お父さんお母さんとふたりのお兄ちゃんが暮らす家、おじいちゃんおばあちゃんが暮らす家、親族一家が暮らす家がある。先住の老犬ゴローのほか、保護猫も10匹いる。霞ケ浦の釣り場でボロボロの子猫だった「麦」は、今ではゴージャスな長毛猫になっている。
そう、A家は、3代揃って動物が大好きで、犬猫をずっと家族としてきたのだった。
福は、毎日楽しくてたまらない。敷地内にある広いドッグランを自由に駆け回るのも楽しいけれど、お母さんやおばあちゃんが毎日近くの道を散歩に連れて行ってくれるのも、うれしい。下のお兄ちゃんが学校から帰ってくると遊んでくれるのもうれしい。
福は、今年ゴールデンウイーク中の5月3日、釣り師たちが利用する湖岸の休憩所に繋がれていた犬だ。
飼い主は、ドッグフードと水をそばに置いて、それきり犬のもとに戻ってこなかった。
それでも、犬は、飼い主が迎えに来てくれるのを、じっと待っていた。
たまたま、そこを通りかかったのが、地元で犬や猫の保護活動をしている早苗さんだった。早苗さんは、休憩所の木製椅子の脚に繋がれた犬のそばにドッグフードとお水が置いてあるのを見て、車で連れてこられて遺棄された犬と直感した。首輪は小型犬用の青い布製のもので、中型の犬にはきつそうで、鑑札も名札もなかった。椅子に繋いであるのも、細いロープ紐を2本繋ぎ合わせたものである。
人なつこく、「お手」もできたので、飼われていたことは間違いない。警察に通報すると、警官がすぐに来てくれた。だが、「何か事情があって、迎えに来るのが遅れているのかもしれない。ひと晩待ちましょう」ということになった。
だが、翌朝早く早苗さんが行くと、犬はそこで飼い主を待っていた。
警察の遺棄事件案件となったため、早苗さんは許可を得て犬を保護できることになったが、犬は頑としてその場を一歩も動かない。歩かせるのをあきらめ、抱っこして車に乗せるときに犬が抵抗しなかったのは、「飼い主はもう来ない」と分かっていたのかもしれなかった。
犬は、早苗さんの預かり犬となり、福が来るようにと「福」という仮の名をもらった。早苗さんの活動するグループのInstagramにのった「犬を保護しました」という写真を見て、「迎えたい」という申し込みがあったのは、なんと保護した翌日のことだ。
犬猫が保護された場合、3カ月間は、元の飼い主の所有物だ。3カ月たっても元の飼い主が現れなかった場合に正式譲渡となるのだが、それでもいいとのことだった。
迎えたいと言ってくれたA家では、偶然にも仮の名と同じ「福」という名を用意して待ってくれていた。
A家では、長いこと、犬を3頭飼っていたが、2頭を見送り、残る白犬ゴローもさびしげでかなり弱ってきていたところだった。そのため、一緒に暮らす時間は残り少ないだろうが仲間を迎えたいと思っていたのだった。
「待ってたんだよ、ずっと」が、お母さんが初めて会った福にかけた言葉だった。早苗さんは、この言葉と一家の笑顔に心から安心した。
福は、とまどいながらも、自分の新しい犬生を受け入れた。もしかしたら、子犬時代は可愛がられていたかもしれないが、遺棄される前は、毎日散歩したり遊んでもらう日常ではなかったのかもしれない。
お母さんは言う。
「来た頃の福は、警戒心が強いところも見受けられ、キャンキャン鳴く子でした。甘噛みやいたずらも好きなので、それで捨てられちゃったのかもしれませんね。うちでは、そんなこと、全部OKですが」
福がやってきてひと月後、弱っていたゴローが旅立った。福は自分を大目に見てくれるゴローになつきはじめたところだった。家族としては「最後の日々に仲間がいて、さびしい思いをさせなくてよかった」と、穏やかに見送ることができた。
1匹飼いとなった福のために、譲渡会に出ていた雌の黒い子犬が迎えられ、「りん」と名付けられた。
幼いりんは外への散歩はまだだが、一緒にドッグランを走り回ってはしゃぐのが、福のとりわけ楽しそうな時間だ。
動物は命あるのに拾得物扱いであるから、法的には、福は拾得後3カ月めの8月初めに保護主の所有に移行し、Aさんに正式譲渡となる。
「どうして、こんないい子が、捨てられちゃったのかねえ。早く正式譲渡の日が来るといいね。みんなで仲良く、ずっと一緒に暮らそうね」
そう話しかけると、福はじっと聞いていて、うれしそうに尻尾を揺らす。
りんが来てから、キャンキャン鳴きも甘噛みやいたずらもなくなってきた。推定1~2歳と思われるが、お兄ちゃん犬の風格も身についてきて、ミルクコーヒー色の革の首輪がよく似合っている。
動物の遺棄は犯罪である。福は棄てられたけれど、またとない巡り合わせを前脚で引き寄せたかのように、過去を振り返らず、名前にぴったりの新しい犬生を歩み始めている。
佐竹茉莉子
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。
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