血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。
保護犬たちの物語【第7話】才蔵(8歳)
ここは、房総半島の真ん中に位置する富津(ふっつ)市の山奥。
日没後には真っ暗闇となる、13軒しかない集落だ。
夕闇が迫るなか、白い犬がまだまだ遊び足りないかのようにご機嫌で広い前庭を走り回っている家がある。
前庭がひと原っぱの広さだ。
彼の名は「才蔵」。
5歳のときにこの集落に来て、3年がたつ。
白い狼ともいうべき体つきだが、「ホワイトシェパード」という、1970年代にアメリカからスイスに渡ったとされる種である。
ホワイトシェパードの性格は穏やかで友好的。
体力があって運動量を必要とするので、広い場所での飼育が適している。
ここなら、十分。
才蔵は木切れやボールを投げてもらって取りに走ったり、それを取り合いっこする遊びが大好きだ。
目の前に置かれたサッカーボールは、飼い主の両親が今年のお正月に遊びに来たとき、お年玉として彼にプレゼントしてくれたものである。
愛用のあまり、もはや原型をとどめていないが、一番のお気に入りだ。
才蔵の「今の」家族は、和志さんと、2匹の兄妹猫である。
3年前に、突然ここに連れてこられたときは戸惑いしかなかった。
その日初めてあった人が新しい飼い主になったことも、こんな山奥で暮らすことも。
5年前、まだ3歳だった才蔵は、最初の飼い主の病死により保健所収容となった。
彼を迎える環境にある親族がいなかったのだ。
保健所収容後も譲渡希望者は現れず、いったんブリーダー預かりとなった時期もあったが、再び保健所に戻された。
収容は足掛け2年におよび、「もう譲渡は無理だろう、殺処分やむなし」の方針となる。
保育士の和志さんと、知り合いの日本ウルフ協会の人との間に、こんなメールが交わされたのは、才蔵の殺処分ぎりぎりのときだった。
「番犬にもなる犬を探していまして」
「ちょうどいい犬が、いま保健所にいますよ」
和志さんは、すぐに保健所へ会いに行った。
そして、その日に連れ帰った。
「才蔵は5歳。たぶん見たこともなかっただろう山奥に連れてこられて、不安そうな面持ちで土の匂いを嗅ぎ回っていました」と、和志さんは振り返る。
当時、和志さんはこの地での暮らしを仲間と始めたばかりの25歳だった。
村内では牛もヤギも飼育されていて、山にはイノシシや鹿やサルが棲んでいる。
下には川が流れている。
たまたま縁があったこの自然豊かな集落で、町の子どもたちを招いての共同保育ができないものかと考えたのだった。
空き家はないかと集落の人に尋ねたところ、「ないよ。あ、そういえば」と、この家を教えてもらったというわけだ。
20年以上放置された荒れ果てた家で、家に続く坂道は土砂で埋まっていたし、庭には木が生い茂っていた。
持ち主を探しあて、ここを開墾し、家をリノベーションして活動の拠点とすることを定めたスタート段階で、才蔵を迎えたのだ。
だから、才蔵が来たときは、足場はぬかるみ、床もなく土台むき出しで、まだ「住む」環境ではなかった。
野宿のようなものである。
「最初の頃は才蔵の夜鳴きがひどく、僕も眠れない夜が続きました」と、和志さん。
それでも、「おいで」と呼べばやってくる素直な子だった。
才蔵を迎えたすぐ後に、保育士仲間が保護猫兄妹をもらってきて、にぎやかになった。
「才蔵を初めて川に連れて行ったときは、水に入ったものの自分で出られなくて、クーンクーンと情けない声を出しました。山に連れて行ったときは斜面を下りるのに難儀してました。少しずつ山暮らしに慣れていったものの、戸惑いがすっかりとれて、甘えたり我を出したりしてのびのび暮らし始めたのは2年くらいたってから」と和志さんは言う。
村の人たちをはじめ、いろいろな人たちの協力で、井戸を掘り、母屋に畳が入り、囲炉裏ができ、かまどや薪ストーブも置かれた。
庭には鶏小屋が建ち、ピザ焼き窯やすべり台もできた。
「ちんたら村」と名付けたこの場所にやってきた子どもたちは目を輝かせ、楽しそうに遊んだ。
その様子を、才蔵は猫たちと共にいつも眺め、ときに一緒になって遊んだ。
一日の終わり、母屋の上に作った2階で、遊び疲れた才蔵や猫は和志さんと眠りにつく。
ホワイトシェパード種は、寒さには強いが、暑さには弱い。
夏休みには、やってくる子供たちに混じって才蔵も川遊びを楽しむ。
川でも、ボールを投げてもらうのが大好きだ。
現在、一緒に開拓した仲間はこの地を離れ、和志さんはひとりで体験学習の事業を続けている。
今は13戸だが、これから戸数が減少していくだろうこの地で、何ができるだろうかを思案中だ。
「村で酪農を営む動物好きの一家には、犬や猫の育て方や野生動物との距離の取り方など、いろいろ教えてもらいました。犬猫にとっても良質な栄養のある牛の初乳を、才蔵たちにも分けてくださっています。街では見えない、水や食べ物はどこから来るのかなど、子どもたちと一緒に学びながら、村の文化や助け合いを伝えていけたらと思っています」
共に四季を楽しみ、共に街の子どもたちに山村文化を伝え、共にイノシシや鹿の肉を食して土に戻す。
和志さんにとって、才蔵や猫たちは、人生を共有するよき相棒だ。
飼い主との死別、保健所暮らしを経て、命救われ、思いもかけない第3の犬生を送ることになった才蔵。
その満面の笑顔を見れば、ここの暮らしがぴったり性に合ったようである。
佐竹茉莉子
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。
Instagram連載一覧
- 第1話 殺処分寸前で救い出された生後3ヶ月の子犬…今はまるで「大きな猫」|ハチ(9歳)
- 第2話 トイレはすぐに覚えて無駄吠えや争いもなし。「野犬の子たち」が愛情を注がれて巣立っていくまで|野犬5きょうだい
- 第3話 トラばさみの罠にかかって前脚先を切断 今は飼い主さんの愛に満たされ義足で大地を駆ける!|富士子
- 第4話 子犬や子猫たちに愛情をふり注ぎ、いつもうれしそうに笑っていた犬の穏やかな老境|ハッピー(19歳)
- 第5話 野犬の巣穴から保護されるも脳障がいで歩行困難 でもいつでも両脇にパパとママの笑顔があるから、しあわせいっぱい!|みるちゃん(今日で1歳)
- 第6話 自宅全焼でヤケド後も外にぽつんと繋がれっぱなしだった犬 新しい家族と出会い笑顔でお散歩の日々|くま(8歳)
- 第7話 飼い主を亡くし保健所で2年を過ごしたホワイトシェパード 殺処分寸前に引き出され自由な山奥暮らし|才蔵(8歳)
- 第8話 「置いていったら、死ぬ子です」福島第一原発警戒区域でボランティアの車に必死ですがった犬|ふく(19歳7ヶ月で大往生)
- 第9話 「歯茎とペロ」の応酬で烈しくじゃれ合う元野犬の寺犬たちが「仏性」を開くまで|こてつとなむ
- 第10話 生後間もなく段ボール箱で道の駅に捨てられていた兄弟 仲良く年をとってカフェの「箱入り息子」として愛される日々|まる・ひろ(13歳)
- 第11話 人間が怖くてたまらない「噛み犬」だったセンター収容の野犬の子 譲渡先で猫にも大歓迎され一歩一歩「怖いこと」を克服 |小春(8か月)
- 第12話 愛犬を亡くして息子たちは部屋にこもった 家の中を再び明るくしてくれたのは、前の犬と誕生日が同じ全盲の子|ゆめ(もうすぐ2歳)
- 第13話 「怖くてたまらなかったけど、人間ってやさしいのかな」 山中で保護された野犬の子、会社看板犬として楽しく修業中|ゆめ(3歳)
- 第14話 戸外に繋がれたまま放棄された老ピットブル 面倒を見続けた近所の母娘のもとに引き取られ、「可愛い」「大好き」の言葉を浴びて甘える日々|ラッキー(推定14歳)
- 第15話 土手の捨て犬は自分で幸せのシッポをつかんだ「散歩とお母さんの笑顔とおやつ」…これさえあればボクはご機嫌|龍(ロン・12歳)
- 第16話 動物愛護センターから引き出され、早朝のラジオ体操でみんなを癒やす地域のアイドルに|カンナ(10歳)
- 第17話「もう山に返したい」とまで飼い主を悩ませたやらかし放題の犬 弟もできて家族の笑顔の真ん中に|ジャック(3歳)
- 第18話 飼い主は戻ってこなかった…湖岸に遺棄され「拾得物」扱いになった犬が笑顔を取り戻すまで|福(推定2歳)