血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。
保護犬たちの物語【第6話】くま(8歳)
くまは、8歳のミックス犬。穏やかで優しい性格の彼女は、3度のご飯より散歩が好きだ。
拓也父さんも真穂母さんも、それぞれ在宅仕事がほとんどなので、くまは大好きな散歩に朝夕連れて行ってもらえる。きょうは、小学生の優也くんも学校から早く帰ってきたので、みんなして早めの夕方散歩に近くの公園まで出かけた。
くまと真穂さんとは7年の付き合いだが、犬と暮らしたことのなかった拓也さんと優也くん父子とは、去年家族になったばかりだ。
すれ違う人たちの誰が、このしあわせそうな家族を見て、去年家族になったばかりと思うだろうか。
そしてまた誰が、尻尾をふさふさ揺らしながら家族とうれしそうに歩くくまを見て、つらい過去のある犬だと思うだろうか。
よく見ると、くまの眉毛の上には丸い傷跡がある。これは、毛に隠されているけれど体にもいくつかあるヤケド痕の一つだ。
うれしさが極まると、くまは穴を掘る。今日もまた、夢中になって掘りに掘る。
3度目に暮らすこの町は、なかなかに掘り甲斐のあるフカフカの土があって、くまはご機嫌だ。
くまが最初に暮らしたのは、茨城県のとある町だった。
飲食店を近くで営む一家に飼われていたのだが、くまが1歳半くらいのとき、家は失火で全焼する。消防士が、外に繋がれっぱなしだったくまの綱を切って逃してくれたので、すんでのところで炎に包まれずにすんだ。2~3日、くまは行方不明だったが、帰ってきたときは顔面や体のあちこちにひどいヤケドを負っていた。
火事の後、一家は離散したが、主人は店を続け、くまは店裏の屋根もない場所に繋がれっぱなしとなった。散歩をさせてもらうこともなく、客の残飯をもらってひっそりと生きていた。
繋がれていたのがプロパンガスのボンベだったので、ボンベを引きずったくまが道路をうろうろしていたこともあった。くまは、けっこうな大きさの犬だったのだ。
隣接地に実家のある真穂さんは、関西の大学で学ぶため実家を離れていたが、休みに帰宅して、くまが置かれた飼育放棄の状況に心を痛めた。
卒業して、実家から都内の出版社に通勤することになると、どんなに夜遅くなろうとも、こっそりくまを散歩に連れ出した。くまは、控えめに尻尾を振って、ヒコーキ耳で真穂さんを待っていた。
残飯をドッグフードに差し替えたり、風呂に入れて洗ったり、ノミダニ予防の薬もつけてやった。夏の直射日光をよける日陰もないくまを、自宅庭先に引き入れてやったりもした。飼い主は、それを見ても「あ、どうも」と言うだけで、くまに関心のある様子もない。
近所で同じようにくまをかわいそうに思う人たちがいて、こっそりご飯ももらっていたようで、くまはふっくらとしてきた。
店が立ち行かなくなると、飼い主はくまを遺棄したまま、夜逃げしてしまった。
これでもう自分の犬にすると決めた真穂さんは、健康診断のために獣医さんにくまを連れていく。飼い主の飼育放棄により、獣医さんが登録移行の手続きをしてくれて、くまは真穂さんの家族になった。
真穂さんは茨城から行き帰り4時間かけての通勤を3年続けた。残業で帰宅が深夜になろうとも、くまとの散歩は欠かさなかった。
通勤が大変なため、都内に住まいを借りることを決心すると、「20キロの犬と暮らせる部屋」を求め、片っ端から不動産屋に電話をかけまくった。
「これから高齢になっていく家族構成の実家に残すことはできなかったし、そもそも私が責任を持った命でしたから」と、真穂さんは言う。
だが、ほとんどの不動産屋が、同居の犬は「8キロまで」「10キロまで」という条件だった。最後の最後に、「ものすごくおとなしい犬なんです。なんとか」と泣き落としに近い形で、やっとOKをもらえたのが、都内でも畑や疎水の残る郊外だった。
真穂さんが出勤中はひとりの留守番となったが、くまはここでの散歩を大いに気に入ったようだった。
そんなある日、突然、くまの平穏が破られる。3匹のやんちゃな子猫姉妹がやってきたのだ。
数日前、真穂さんの小学校時代からの友人がこんな電話をかけてきたのだった。
「ノラがうちの納屋で出産しちゃって子育てをしてる。おじいちゃんが保健所に連れていくと言ってる。助けて」と。
5匹の子猫のうち、友人が2匹を家の中に保護、3匹を真穂さんが預かって、譲渡先を探すことになった。
やってきたチャトラ2匹とキジトラ1匹の3姉妹を、くまは凝視した後、スッと目をそらした。一日たって「なんか、まだいるんですけど」と真穂さんに訴えにきた。
3匹に関しては「我関せず」を貫いたくまだったが、2匹のチャトラがもらわれていき、残ったキジトラがさびしくてくまに寄り添っていったのをすんなり受け入れた。
その光景を見て、真穂さんは、キジトラをそのまま迎えることに決める。「犬も猫もいる暮らし」の楽しさを思い知ったせいもあった。
「くま」に負けない強い名前ということで、キジトラは「とら」という名をもらう。くまととらは、同じ長座布団でくっついて留守番をする「相棒」となった。
食卓の上に置きっぱなしにしていた袋入り煮干しを、とらが床に落とし、くまが袋を食いちぎったと思われる「共謀事件」もしでかしている。
天真爛漫でグイグイ甘えるとらに刺激され、くまも「私も甘えたい」などの自分の感情を表す犬になっていった。
そんな暮らしが3年続いたころ、家に、一組の父子が遊びにきた。「おっきい!」とびっくりされたものの、ふたりを「動物好き」と見抜いたくまは、すぐに心を許した。
しばらくして、くまととらは新しい家に引っ越すことになり、家族が一挙にふたり増えた。
くまととらの生活は一変した。家族と過ごす時間がぐんと増えた。
朝は優也くんの登校準備に合わせ、くまも散歩の支度を始める。拓也さんと真穂さんとくまは、家の前で優也くんを見送り、そのまま散歩に行くのが毎朝の日課となった。
家に帰ってご飯を食べ、おとなたちが仕事中、くまととらは陽光が差し込むリビングでひなたぼっこを満喫する。優也くんが学校から戻ってきたときは玄関まで揃ってお出迎え。宿題の見守りも、すっかり板についてきた。
拓也さんと優也くんも、犬と猫のいる暮らしが楽しくてたまらない。
「最初はくまで、その次がとら、そして、夫と息子が同時にできて。本当に、出逢いって、縁って、不思議でおもしろい。家族になっていくって楽しいですねえ」
そう言って、真穂さんは微笑む。
「縁って不思議。家族になるって楽しい」……真穂さんのその思いは、拓也さんと優也くんはもちろん、くまととらも、まったく同感に違いない。
広くなった家を走り回ってご機嫌なとらは、優也くんのことを「自分の弟」認定して、ときに猫パンチを駆使し手なづけている最中だ。
くまは、一気ににぎやかになった暮らしに大満足で、「いつでもかまってくれていいんですよ」と、ふさふさ尻尾を揺らして笑顔で過ごしている。
佐竹茉莉子
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。
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