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「もう山に返したい」とまで飼い主を悩ませたやらかし放題の犬 弟もできて家族の笑顔の真ん中に|ジャック(3歳)

2024年5月28日

血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。

保護犬たちの物語【第17話】ジャック(3歳)

今日は休日。近くにある小さな森の中を、ジャックとルーニーは思う存分歩き回った。2頭は風のなか、草の上、自然の音や匂いが大好きだ。幼い頃に野犬ファミリーで過ごした山での記憶が体内に残っているのだろう。だから、あやさんは、勤めのある平日でも、早朝に1時間半、帰宅後に1時間半の散歩を欠かさない。
「お母さん、楽しいね」
ふと足を止めたジャックがうれしげにあやさんを見上げれば、ルーニーも同じように笑顔で見上げる。
愛しい子たち。この子たちを迎えて、ほんとうによかったとあやさんは思う。

毎日朝夕、計3時間の散歩

初めての犬、ジャックを迎えたあの日からあやさんの人生は一変した。出口の見えない真っ暗なトンネルの日々も通り過ぎた。この子たちと一緒に全身で感じる風はなんて心地よいのだろう。

「お母さん、散歩楽しいね」

あやさんは7年ほど前に人生設計を立てた。この先、楽しみを見つけながらひとりでも生きられるように。故郷の福島で再婚している母とは、長いこと離れて暮らしていた。さいわい、仕事は安定している。いろいろな国へ一人旅もした。いよいよ、小さい時からの念願だった「犬と暮らす」夢を実現しよう!
譲渡先募集のサイトに目を通し始めた。どこも「単身者不可」とあったが、ショップで命を購入するのは嫌だった。探し続けていると、「単身者可」のページで、黒い子犬の写真に目が吸い寄せられた。何かを訴えるような目をしていた。「この子だわ!」と思った。預かり主は、野犬の子たちを保護し譲渡に繋げている個人シェルターだった。すぐさま、メッセージ欄に、どれほど犬と暮らしたいか、どれほどその覚悟があるかを長文で熱く書き綴った。

センターから引き出された直後(紗由里さん提供)

センターでは、人間への強い恐怖のあまり「攻撃性のある噛み犬」とされていた野犬の子だった。引き出した紗由里さんのシェルターでは、先輩犬や猫たちに囲まれての合宿の中で一歩ずつ心を開いていた。野犬の子が、人と暮らすのは初めての怖いことだらけ。散歩に行けるようになるまで、どれほどの葛藤と勇気を必要としたことか。譲渡募集をかけると申し出が多かったが、綿々と綴られたあやさんのメッセージにほだされた紗由里さんは、お見合いを設定する。

初めましての日(紗由里さん提供)

あやさんが会いに行くと、その子は、シェルターの犬や猫たちとわらわらにぎやかに暮らしていたが、見知らぬ人間にビビッて、ソファーの下に隠れてしまった。そんな姿も、あやさんには愛おしくてたまらなかった。

子犬はあやさんの家族となり、「ジャック」と名付けられた。ジャックとの楽しき日々のために四輪駆動の車も買った。
だが、それは、「出口のないトンネル」「生き地獄」とまで思える日々の始まりだった。

勤めを終えて、ジャックの待つ家に帰るあやさんの心は、今日もどんより重かった。恐る恐るドアを開ける。ああ、今日もまたすさまじい光景が待ち受けている。

「見て見て、今日はこんなことしたよ!」(あやさん提供)

倒れた椅子。どこかから引っ張り出してきた衣類。咬みちぎられたマット。クッションの中身もズタズタ。コードまでがかじられている。いたるところに糞尿があり、その上を歩き回ったジャックの脚も糞尿にまみれている。当のジャックは「見て見て!今日はこんなことをしたよ」とばかり、尻尾を振って出迎える。
クラクラとしながら、2時間かけて部屋じゅうを大掃除する毎日が続く。その徒労感といったら。
「帰宅するのが嫌でした。でも、ジャックは可愛い。頭の中が混乱してノイローゼ状態でしたね」と、あやさんは言う。
紗由里さんは、いつでも親身に相談に乗ってくれた。「しでかしてから時間が経ったことを犬に叱っても意味なし」「今は、やんちゃが楽しくてたまらない子犬の時期」「犬をサークルで囲うのではなく、壊されたくないものを囲ってしまおう」と言うが、そんなふうにおおらかに見守れないほど、あやさんは追い詰められていった。ドアを開ける前に、犬の目線で飼い主へのお願いを綴った「犬の十戒」をそらんじてもみた。だが、どう防いでも破壊し尽くされる光景を間にするたび、暗たんたる気持ちになった。
「この子は山にこっそり返した方がいいのでは」という思いまで脳裏をかすめた。もちろんそんなことはできないし、シェルターに返す気持ちもない。家族に決めた子だし、可愛くてたまらないのだ。寝ているときは天使だった。
ジャックを連れて、あやさんは紗由里さんに相談に行った。
じっくり話を聞いた後、紗由里さんは「いつでも、うちで預かり直すことはできるよ」と言い、手離せないというあやさんにこう提案した。「もう1匹、飼うか」

「ああ、そうしようと、ストンと思いましたね。破壊が2倍になるという予想は、不思議になかった(笑)」と、あやさんは振り返る。
シェルターには、保護されて間もない幼い野犬兄弟のケロとルーニーがいた。

左から、ケロ、ルーニー、ジャック(紗由里さん提供)

ジャックにもあやさんにも、駆け寄ってあいさつしたのはケロだった。ルーニーは、おびえて固まっていた。ジャックは、一歩が踏み出せないルーニーのクレートに入って寄り添った。怖がりには、怖がりの気持ちがよくわかるのかもしれない。そして、紗由里さんがジャックの相棒にと勧めたのは、ルーニーのほうだった。
「ジャックの破壊は、お留守番がさびしいから気持ちを紛らわせていただけなので、元気なケロではなく、慎重派のルーニーを相棒とした方がバランスがとれるはず」と、紗由里さんは確信していた。

ジャックを迎えた3か月後の春に、ルーニーはやってきた。
「走らない、遊ばない、感情があまりない。ジャックに比べると、ないない尽くしの子犬に見えました」と、あやさんは振り返る。

散歩が怖いルーニーと、寄り添うジャック(あやさん提供)

ルーニーは、捕獲体験がよほどの恐怖だったのだろう。人工的な「音」に恐れおののいた。当然、町なかのいろいろな音が耳に入ってくる散歩も怖い。だが、ジャックお兄ちゃんのことが大好きなので、くっついていたくて、一歩一歩懸命に新しいことへのチャレンジに踏み出していく。ルーニーもソファーをかじったりしたが、ジャックに比べたら破壊度は大したことはなく、「子犬なら当然」と、あやさんは思えるようになっていた。
その頃には、ジャックの破壊は収まっていたし、ルーニーの表情もどんどん豊かになっていった。
5月に、福島から両親が遊びに来た。義父はしばらくして帰ったが、母は「もう1週間」「もう1週間」と、夏まで居残った。ジャックとルーニーが可愛くて離れがたくなったのだ。昔は保育園の先生だった母は、「可愛い可愛いジャックちゃん~~」「ルーちゃん、元気にシッポ振って~~」などと即興で犬たちに歌って聞かせている。母も犬たちもそれは楽しそうだ。
「ここは狭くて暑いから、家を買って、みんなで一緒に暮らそうか」という言葉が、自然にあやさんの口から出た。犬を迎える前には考えられない発想だった。

今では、ルーニーの方が少し大きくなった(あやさん提供)

いま、ジャックは3歳、ルーニーは2歳半になった。広いリビングのある新しい家は快適だ。
シェパードの風格を思わせるルーニーが、大きさではジャックを追い越してどっしりしているが、あやさんの母に言わせれば「ジャックと比べたら、まだまだお子ちゃま」だ。ジャックは穏やかで心優しく、人間の言葉をよく理解し、人間社会にかなり適応して暮らしている。ルーニーは、いまだ人間社会が怖いところがあって用心深く、動物としての野生や賢さが色濃い。

ジャックは言葉がよくわかる

まっすぐな眼差し

「今度の休みは、みんなでどこに行こうか」などと話していると、言葉のわかるジャックは、嬉しそうにシッポを振る。そう、お出かけは四輪駆動車でいつも家族全員一緒だ。行先は、犬OKで、犬たちが喜びそうなところだ。母の古希記念旅では、信州の犬OKのホテルに泊まった。男性が怖かったジャックたちも、穏やかな義父に少しずつ馴れてきたところだ。
あやさんが、会社に行く前と帰宅してから、それぞれ1時間半ずつ犬たちとの散歩の時間が持てるのも、母が家事全般を引き受けてくれているおかげだ。両親が家にいてくれるから、犬たちの気持ちも安定して楽しそうだ。
全てがまあるく収まった、今の暮らしである。
一歩踏み出すことで、人生の風景はガラッと変わっていく。あやさんも、両親も、そうした。ジャックだって、ルーニーだって、そうだった。あやさんにとって、両親もジャックとルーニーも、寄り添い合う「家族」であり、これからの暮らしを一緒に踏み固めていく楽しき「同志」である。

近くにある小さな森がお気に入り

今日も、散歩中に出会ったご近所さんから、「ほんとにいい子たちねえ」と言われた。「さんざんやらかした子」にはとうてい見えないらしい。あやさんは、笑顔で「はい!」と答える。あのやんちゃ時代も、この子たちの大事な成長過程。今となっては愛おしい。

佐竹茉莉子

フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。

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連載一覧

  • 第1話 殺処分寸前で救い出された生後3ヶ月の子犬…今はまるで「大きな猫」|ハチ(9歳)
  • 第2話 トイレはすぐに覚えて無駄吠えや争いもなし。「野犬の子たち」が愛情を注がれて巣立っていくまで|野犬5きょうだい
  • 第3話 トラばさみの罠にかかって前脚先を切断 今は飼い主さんの愛に満たされ義足で大地を駆ける!|富士子
  • 第4話 子犬や子猫たちに愛情をふり注ぎ、いつもうれしそうに笑っていた犬の穏やかな老境|ハッピー(19歳)
  • 第5話 野犬の巣穴から保護されるも脳障がいで歩行困難 でもいつでも両脇にパパとママの笑顔があるから、しあわせいっぱい!|みるちゃん(今日で1歳)
  • 第6話 自宅全焼でヤケド後も外にぽつんと繋がれっぱなしだった犬 新しい家族と出会い笑顔でお散歩の日々|くま(8歳)
  • 第7話 飼い主を亡くし保健所で2年を過ごしたホワイトシェパード 殺処分寸前に引き出され自由な山奥暮らし|才蔵(8歳)
  • 第8話 「置いていったら、死ぬ子です」福島第一原発警戒区域でボランティアの車に必死ですがった犬|ふく(19歳7ヶ月で大往生)
  • 第9話 「歯茎とペロ」の応酬で烈しくじゃれ合う元野犬の寺犬たちが「仏性」を開くまで|こてつとなむ
  • 第10話 生後間もなく段ボール箱で道の駅に捨てられていた兄弟 仲良く年をとってカフェの「箱入り息子」として愛される日々|まる・ひろ(13歳)
  • 第11話 人間が怖くてたまらない「噛み犬」だったセンター収容の野犬の子 譲渡先で猫にも大歓迎され一歩一歩「怖いこと」を克服 |小春(8か月)
  • 第12話 愛犬を亡くして息子たちは部屋にこもった 家の中を再び明るくしてくれたのは、前の犬と誕生日が同じ全盲の子|ゆめ(もうすぐ2歳)
  • 第13話 「怖くてたまらなかったけど、人間ってやさしいのかな」 山中で保護された野犬の子、会社看板犬として楽しく修業中|ゆめ(3歳)
  • 第14話 戸外に繋がれたまま放棄された老ピットブル 面倒を見続けた近所の母娘のもとに引き取られ、「可愛い」「大好き」の言葉を浴びて甘える日々|ラッキー(推定14歳)
  • 第15話 土手の捨て犬は自分で幸せのシッポをつかんだ「散歩とお母さんの笑顔とおやつ」…これさえあればボクはご機嫌|龍(ロン・12歳)
  • 第16話 動物愛護センターから引き出され、早朝のラジオ体操でみんなを癒やす地域のアイドルに|カンナ(10歳)
  • 第17話「もう山に返したい」とまで飼い主を悩ませたやらかし放題の犬 弟もできて家族の笑顔の真ん中に|ジャック(3歳)
  • 第18話 飼い主は戻ってこなかった…湖岸に遺棄され「拾得物」扱いになった犬が笑顔を取り戻すまで|福(推定2歳)
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