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「来んな。どっか行け」と棒で追い払われた。 だが、捨て犬はどこにも行かなかった|もち(推定5歳)

2025年7月25日

血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。

保護犬たちの物語【第20話】もち(推定5歳♂)

「犬が来てんだよ。ちっこいのが」

仕事仲間の河田さんから、尚子さんがそんな話を聞いたのは、5年前の寒い季節だった。

尚子さんは、都内の会社勤めから農業に転身し、成田市郊外でのひとり農家で生計を立てている。同じく有機野菜を育てている農家仲間と共同出荷場を持っていて、そこの大先輩である河田さんは、もう野菜作りは卒業して、出荷の点検や運送を担当している。

「えっ、どういうことですか」

尚子さんが聞くと、河田さんは言った。

「捨て犬だろうな。まだ半年にもなってない子犬なんだ。いつの間にか俺んちの庭にいた。『来んな』って棒切れ持って追い払っても追い払っても、出て行かねえんだ」

現れたときは、生後半年くらいでぐんぐん成長

 

河田さんは奥さんと二人暮らし。犬好きで、可愛がっていた飼い犬を数年前に見送っている。真夏にふらふらで出荷場に迷い込んできた猫チャーリーのことも、誰よりも気にかけている。

共同出荷場「おかげさま農場」の事務所猫チャーリー

 

事務所には「チャーリー基金」の缶が置いてあって、チャーリーの餌代や風邪をひいたときなどのための治療費に充てているのだが、河田さんはいつもお札をそっと入れてくれている。

河田さんの朝の仕事に立ち合うチャーリー

 

だから、チャーリーも、出荷作業のときは河田さんの助手よろしく、そばにいる。

無骨で口下手だけれど、そのやさしさは、猫までがよくわかっているのだ。そんな河田さんが、捨て犬を追い払う? 尚子さんは意外だった。

会うたびに犬のことを聞いた。

「行っちゃった」「まだいる」の繰り返しが数日続き、たまりかねて尚子さんは言った。

「まだいるようなら、その犬、私、飼います!」

すると、河田さんは、ちょっと照れたようにいうのだ。

「じつは、飼うことになった。だってよ、追っとばしてもどこも行かねえんだもん。名前は、もち。おもちのようだからって、孫がつけた」

あの日から5年が過ぎた今年の春、尚子さんが用があって河田家に行くと、足音を聞きつけたもちの力強く吠える声があたり一面の田んぼに響き渡った。

庭のど真ん中にドッグランがある

 

思いきり走り回れるように、大相撲の土俵より大きいくらいの河田さんお手製のドッグランが、前庭の真ん中にデンと作られていた。

もちは、どの訪問者にも吠えたてるそうで、立派に番犬をしていた。「家族以外は絶対に触らせねえんだ」という河田さんは、ちょっぴり嬉しそうだった。

河田さんにどこか甘えきれないもち

 

犬好きの河田さんが、どうして迷い込んできた犬を棒で追い払っていたのか、その真意を尚子さんは知った。

「だって、俺、もう70だもん。最後まで面倒見てやれねえかもしれない。『お願いだ、うちじゃないとこ行ってくれ。ちゃんと最後まで面倒見てもらえるとこ行け』って、棒を振り上げてた。蹴っ飛ばす真似もした。だけど、こいつはその場から逃げては庭のどこかに居続けてた。どっこも行くとこなかったんだなあ。まだ大人になってなくて、お腹すいてさびしくて、裏庭の茂みで一晩中クーンクーン鳴いてるのを、隣で住む娘一家が聞きつけて、『うちで飼う』って言ったんだ」

はつらつと一家のセキュリティを担当する

 

「そうはいっても、みな忙しい一家だから、お世話は俺になる。まあ、俺が飼ってるようなもんだな」

尚子さんは、ふと思った。河田さんは、忙しい娘一家に「飼ってくれ」とは言えず、娘さん一家が「飼う」と言い出すのを心のどこかで待っていたんじゃないかな、と。

尚子さんと河田さんが話をしていると、隣接の家の「ムコさん」が勤めから帰ってきた。

すると、もちは、河田さんには見せないデレデレの顔になって大歓迎するではないか。

 

「そうなんだ。もちは俺よりムコさんが大好きなんだ」

ちょっぴり拗ねたように言う河田さんの目の先には、身をよじらせて甘え放題のもちがいる。

 

「俺の前では、あんなふうにお腹出したりしない。やっぱり、棒切れで追い払われたこと、いつまでも忘れねえんだな。毎日毎日面倒を見てやってるのは、俺なのにな」

面倒見てくれる人はボクを追っ払ってた人

 

「もちは、俺のことは信用してねえんだな」

そういう河田さんに「でも、可愛いんでしょ」と尚子さんが言うと、「可愛くねえよ」と河田さんはぶっきらぼうに言うのだった。

そして、つい最近のこと。

尚子さんは、質問の角度を変えて、不意に聞いてみた。「ねえ、河田さん。もちのどんなとこが可愛いですか?」

「ええー、可愛いところ? たまに寄り添ったり、お腹出してゴロンと転がったりするんだよ」

「え、河田さんにですか?」

「うん、俺に。うふふ」

河田さんの無骨さの奥のやさしさが動物に伝わらないはずはない。またもちに会いに行こうと、尚子さんは思う。

佐竹茉莉子

フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。

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