血統書がなくても、ブランド犬種ではなくても、こんなにも魅力的で、愛あふれる犬たちがいます。
み~んな、花まる。佐竹茉莉子さんが出会った、犬と人の物語。
保護犬たちの物語【第15話】龍(ロン・12歳)
今日は風もなく、空が思いきり青い。ネギ畑が陽光に輝いている。
ロンは、尻尾をくるんと高く持ち上げて、ご機嫌でいつもの散歩道を歩く。「お母さん、楽しいね」とばかり、キャラメル色の瞳でお母さんの顔をうれしそうに見上げながら。
さっき、お友だちの黒ラブラドールちゃんと白ラブラドールくんが、散歩のお誘いに家まで寄ってくれたのだ。ロンのお母さんもちょうど手が空いたところだったので、2人と3匹で土手に向かっているところだ。黒ラブちゃんはロンが大好きで、一緒に散歩できるのがうれしくてたまらない。
ラブ2頭は、とある協会の所属犬で、介助犬を引退後にボランティア家庭に預けられている子たちなので、非常にお行儀がいい。ロンは、お母さんに言わせると「しっちゃかめっちゃか、なんでもやらかしてくれる子」だけど、お母さんはそんなロンをありのままに可愛がってくれている。
さあ、土手に着いた。
ここは、人だけでなく犬にも絶好の散歩コースだ。広々とした川岸風景を眺めながらどこまでも歩いていけるし、斜面で転がって遊ぶこともできるし、もう少したったら春の土手は柔らかい草が生えてきて座っているだけで気持ちいい。向かいは東京都だ。
「ロンは、ここに捨てられて、ガリガリでうろついていたんだよね」と、お母さんは言う。
「そんなこと、とっくに忘れました」という顔で、お母さんを見上げるロン。今がしあわせ。それがロンのすべてだから。
12年前の4月のある日。ロンは、あてどなく土手をさまよっていた。そんなロンと出遭ったのは、今日一緒に散歩に来ている白ラブ黒ラブの預かりお母さんだった。当時は、別の預かり犬を何頭か散歩させていたという。土手で犬たちを遊ばせていると、いつの間にやら首輪なしの茶色い見知らぬ犬が混じっていた。
「痩せてガリガリでした。近寄ってきたのは、『何かください』というより、「楽しそう。ボクも仲間に入れてください。お願いだから一緒におうちに連れてってください」といった風で、さびしくてたまらない印象でした」
預かりボラのお母さんは、そう振り返る。
迷い犬ということもありうるけれど、見るからの捨て犬。まだ、成犬になりきっていない。放っておけずに、預かりお母さんはなじみのトリマーさんに土手からスマホで連絡した。
飛んできたトリマーさんも捨て犬と見た。
「ねえ、犬、飼わない?」という知り合いのトリマーさんからの緊急問い合わせに、見もしないうちに「いいよ」と即答したのが、ロンの今のお母さんだった。
お母さんは、身寄りのない犬猫をこれまでもあちこちから何度も引き受けてきたきっぷのいい女性で、可愛がっていた犬を亡くしたところだった。
「最初は怖かったですよ。だって、どんな気性の子かわからないから。でも、すぐに性格のいい子とわかったの。お手もお座りも待ても判る子で、飼い犬だったことは間違いなかった。首輪はなかったけど、念のために迷い犬か調べてみて、該当する探し犬はいなかったので、うちの子にしたの」
「龍」と書いて「ロン」と呼ぶ名をもらったこの犬は、やんちゃを極めた。庭の芝生は全滅、敷石はごっそり剝がされ、気がつくと、庭で実っていた金柑の実も食べつくされていた。
保護後に、土手の近くに住む人が「この犬、ひと月くらいこの辺ををうろうろしていた」と言っていたので、畑の野菜や木の実などなんでも食べて飢えをしのいでいたのかもしれない。そのせいか、ロンは、今も野菜まるかじりが大好物だ。
「ロンはどうして捨てられちゃったのかねえ。大食いだからかな。敷石を剥がすからかな。でも、お母さんは、ロンちゃんが楽しければ、何してもかまわないよ」と、あっけらかんと笑うお母さん。
ロンは言葉がわかる犬である。だから、お父さんやお兄ちゃんの履物が玄関にずらり並ぶ中で、ロンが噛んでボロボロにするのは、お母さんの履物だけである。
雨の日も、風の日も、暑い日も寒い日も、朝からロンはお母さんとの散歩を待ちわびている。
そう、ロンの「大好き」は、3つ。散歩とお母さんが同列トップで、その次がおやつだ。
帰り道の途中で、お友だち2匹とバイバイしたロンは、「あっちの道行こう」とお母さんに目で訴えたり、石垣の隙間からよその庭をのぞいたり、草の匂いを嗅いでみたり、思う存分マイペースで散歩を楽しむ。
散歩の途中で出会うたいていの犬とはフレンドリーに接するロンだが、苦手な犬もいる。紀州犬の血が入った「車寅次郎」とはまったくそりが合わず、ケンカに負けてケガを負ったことが、唯一の入院歴である。
ロンの足取りが急にいそいそとなり、小道を曲がっていく。
可愛がってくれる農家さんの家がこの先にあるのだ。散歩で立ち寄るのが、ロンにも農家のご夫婦にも楽しみとなっていて、畑から穫れたてのカブをもらうとペロリとその場で平らげる。
「勝手知ったるおうち」とばかりロンが中庭にずんずん入っていくと、「おや、ロンちゃん、よく来たねぇ」と、おばさんがニコニコと大歓迎。今日は、カブではなくミートチップのおやつをくれた。おじさんも出てきて、目を細める。夏には、穫れたてキュウリやスイカもふるまってくれる。ロンの保護のいきさつはご町内でよく知られ、そんな「ロンちゃんお立ち寄り処」が、他にも何軒かある人気者のロンである。
「また来てね~」と見送られ、楽しいお散歩がすんで帰宅のロンには、またもやとっておきのおやつが待っている。リンゴの丸かじりだ。
「朝にも、一個食べてるの。銘柄は、信濃スイート。ロンちゃんの大食いのおかげで、お母さんは自分のものは何も買えない(笑)。でも、ロンちゃんがしあわせなら全然かまわないよ。おかげで元気でいられるし。ロンちゃん、大好きだよ。あっはっは」
あの日、土手に捨てられてさまよっていた犬は、必死で「ボクも連れてって」と通りかかりの犬の飼い主に訴え、自分で第2の犬生へのシッポをつかんだ。そして、こよなく自分を愛してくれる飼い主と巡り合い、ツヤツヤの真っ赤なリンゴをおやつにもらう楽しき毎日を手に入れたのだった。
佐竹茉莉子
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。おもに町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。保護猫の取材を通して出会った保護犬たちも多い。著書に『猫は奇跡』『猫との約束』『寄りそう猫』『里山の子、さっちゃん』(すべて辰巳出版)など。朝日新聞WEBサイトsippo「猫のいる風景」、フェリシモ猫部「道ばた猫日記」の連載のほか、猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)などで執筆多数。
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